第32話 開幕
場内に開始5分前のアナウンスが流れる。
『間もなく、ベイベックスター主催、公開新人歌手コンテスト関東地区予選を開始します。お手持ちの携帯電話、スマートフォン等は電源をお切りに……』
「いよいよだね、イヤー緊張するなー」
「確かに、こっちが緊張してどうするって話だけど、ドキドキしちゃうね」
「おっ、幕が開くぞ」
舞台を覆っていた幕が上がり、観客が一斉にザワつきだす。
きらびやかな舞台の中央には司会者らしき男性。向かって右側に出場者と思われる人が10人、ひな壇状の席に2列になり座っている。舞台の左側は審査員だろうか、テーブル席に5人の男性が座っている。
「あっ、ミッケがいるよ!ちゃんと座ってるよ」
チエが声を上げる。ミッケは2列目の丁度真ん中の席で、緊張した面持ちで座っている。
「いや、ミッケでもちゃんと座るでしょ。でも、さすがに表情が硬いね。隣の子とかは笑顔なのにね」
ミッケの右隣の子は笑顔で観客を見渡し、何だか余裕が感じられる。見た目もいやに垢抜けて、出場者の中で一番目立っている。
「あれ?あの子ナナミンじゃないの?」
チエがその子を指差す。
「エッ!?誰、ナナミンて?そういえばトイレでも、その名前言ってる人がいたな」
「リルはナナミンも知らないのか。ファッション誌のモデルだよ」
「イヤ、ファッション誌なんて見ないわ。チエもモデルなんてよく知ってるね」
「うん、最近CMとかも出てるからね。しかしリルは、変な知識は沢山あるのに、流行りのことは知らないよね」
「変なって言うな!まぁ、基本的に興味がある事しか知らないけどね」
しかし、そんな有名人まで出場するなんて、結構凄い大会だな。
「あれ!?あの人見てください!」
いきなりモノが声を上げた。私達が出場者を見ている中、モノは審査員席を見ていた。
「えっ?審査員にも有名人が出てる?」
「一番左端の人、私達の中では有名人です」
「オ、オイ!アイツってまさか」
カノンの表情が強張る。
「そうです、ホームページの写真とは少し印象が違いますが、プラットエージェントの社長です」
「何ィィィ!!」
まさか社長が審査員席にいるなんて。確かにホームページに載っていた人っぽい。しかし掲載している写真と違って、実際に見ると邪悪さが顔から滲み出てる。ホームページの写真は加工してるなこれは。
舞台では司会者から大会説明が行われ、そして審査員の紹介が始まる。
ベイベックスターのメディア企画部長、敏腕音楽プロデューサー、有名作曲家等、そして最後に紹介されたのが……。
『株式会社プラットエージェント社長 青柳築治郎』
「プラットエージェント社長って言った!やっぱ間違い無いね」
「クソッ、あの野郎……」
カノンは拳を握り立ち上がる。今にも駆け出していきそうだ。
「カノン落ち着いていこう!社長がいる事がわかったんだ。このチャンスを確実にものにしよう」
「あっ?あぁ、そうだな」
私の言葉で我に返ったカノンは、ドスンと腰を下ろす。
「これでミッケが優勝すれば、必ず社長に接近する機会があるはずだよ。その時までじっくり待とう」
「……わかった。ミッケが優勝したらっつーのが何とも言えないとこだけど、まずは戦局を見守ろう」
ザワザワした気持ちを何とか落ち着かせる。舞台ではマイクを持った一番手の出場者が中央に歩みを進める。いよいよコンテストのスタートだ。
出場者が紹介されると近くの応援席から声援が飛ぶ。
「うわ、応援も気合入ってるな」
「ミッケにとっては競争相手だからね、さてどんなもんか」
一番手の女性は緊張感があるものの、伸びのある声で歌い上げる。
「うーん、出場するだけあって、やっぱ上手いな」
「確かに上手だけどミッケの方が上手いんじゃない」
「それ、チエの贔屓目が入ってんじゃないの?」
「でも、負けてないと思いますよ」
「そうだよね。よし、ミッケの出番になったら思いっきり大きい声で声援してやろう」
一番目の出場者の歌唱が終わり席に戻ると、続いて隣の人が立ち、中央へ進む。
「あの席順で歌うのかな。そうするとミッケは8番目かな」
「うん、ナナミンの後って事かな。ナナミンて歌はどうなんだろうね?見た目は一番可愛いかもしれないけど」
「……何だか嫌な予感がします」
不意にモノが呟く。
「エッ!どうしたの?」
「あのナナミンという人、妙に余裕があるように見えます」
「モデルだから、こういう場所も慣れてるのかな」
「いえ、それだけじゃない様な……」
「オイ、心は読めないのかよ」
焦れったい物言いにカノンが口を出す。
「ここからじゃ、ちょっとわかりません。いえ、気のせいかもしれないし、惑わすような事言ってごめんなさい」
「イヤ、謝る事無いけどよ。オレもアイツは何となく気にくわないぜ。媚びた格好しやがってな」
まぁ、カノンのファッションセンスとは合わないだろうな。でもモノが気になるって言うんだから何かあるのかも。
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