第31話 モノの苦悩

 暫く二人で観察を続けていたが、特に収穫は無く、つくし台の人も見あたらない。まぁ、つくし台生の顔を全員知ってるわけじゃないから、いた可能性も無くはないけど。


「もうすぐ時間ですね」

「そうだね、収穫無しだけど、そろそろ戻るか……その前に、ちょっとトイレ行ってくるね、せっかくだから」

「せっかくだから?」

「こういうとこのトイレってお洒落で綺麗だったりするからね。一度は使っとこうと思って。モノも行く?」

「いえ、私はここで待っています」

 モノには共感を得られなかったようだ。私はモノを待たせてトイレに入る。


 用を済ませて手を洗っていると、隣で若い女の子の会話が聞こえてくる。

「今日の出場者にさぁ、ナナミンいるんでしょ

?」

「そうそう、生ナナミン見れるよー」

 何だナナミンって、芸能人か何か出場するのかな?ちょっと気になる情報だぞ。モノは知ってるかな?


「おまたせモノ……」

 トイレから戻ると壁際でモノがうずくまっている。

「ど、どうした!具合悪い?」

「えぇ、ちょっと……」

 モノは壁に手を付きながらヨロヨロと立ち上がる。

「無理しないでね」

「えぇ、大丈夫です……実は、リルがトイレに行ってる間……多分出場者の母親だと思うんですけど、一緒に来たママ友らしき人達に娘の自慢をしてたんです。その後に母親だけ先に戻ったのですが、残ったママ友はその人の悪口を言い出して、受かるわけ無いとか、見た目がどうとか……」

「あぁ、応援には来てるけど、裏では悪口言うとかありそうだね」

「そういう、自慢された事への軽蔑とか嫉妬とか、悪意を感じてしまったもので、ちょっと気分が悪くなってしまったんです」

 自分に向けられたわけじゃないのに、醜い心に触れて気分が悪くなってしまうのか。


「ちょっと人気のないとこ行って休もうか?付き合うよ」

「いえ、リルが戻って来てくれて、だいぶ良くなりました。心配かけてごめんなさい。リルの気持ちを感じて、すごく回復しました。リル達と一緒にいる時は、他の人達の事、あまり気にならないのですが……一人じゃまだまだ駄目ですね、情けないです」

 そう言うと、モノはうつむいて目を伏せた。少し肩が震えている。


「モノが良ければ、私はずっと付いてるからさ、もうモノは一人じゃないよ、チエ達だっているしさ」

 モノは黙って頷いている。

「私はモノに出会えてとても良かったと思ってる。だから、隕石の件が解決したとしても、これからも一緒に遊ぼうよ!」

 モノは顔を上げ、瞳を潤ませる。

「ありがとう、こちらこそ是非お願いします……私、頑張ります。まずはカノンの事、その後は隕石を止めて地球を救いましょう」

「そうだね、力を合わせて地球を救おう!」

 大袈裟なもの言いに思わず二人で笑ってしまった。モノにも笑顔が戻る。

「でも、私これでも以前よりはだいぶ強くなったんです。リルに誘われて今まで行ったことが無い場所に行って、人込みも段々慣れてきて、リルには本当に感謝しています」

「そんな大袈裟だな、アニメの店や、カラオケとかぐらいだと思うけど」

「ええ、それだけでも大きな事です。今まで外食さえほとんどした事がありませんでしたから。お母さんも驚いて……すごく喜んでます」

「そうなんだ、だったら良かったな、うん、良かった……」

 モノは本当に、今まで人が集まる所に行けなかったんだな。結果的にだけど、私やチエが強くなるキッカケを作る事ができたんだね。


 二人で会場に戻ろうと通路を歩いていると、丁度カノンが向こうからやって来た。

「カノン!何かあったかい?こっちは残念ながら成果無しなんだけどね。2階への階段塞がれてるしさ」

「あぁ、やっぱそうか。こっちも塞がれてたから、無理矢理くぐって行ったら、怒られちまったよ」

「ワー!何やってんの!?追い出されたらどうすんのさ!」

「だよな、ちょっとやり過ぎた。大丈夫、ちゃんと、すいませぇんって言って戻ったから」

 何が大丈夫なのか分からないけど、取り敢えず大事にはならなかったみたいで良かった。


 席に戻り、待っていてくれたチエと合流する。なんか、暇そうにスマホを弄ってるけど……。

「おー、帰ってきた!どうだった?」

「イヤ、2階に行けないようになっててなー、成果無しだ。もしかして開演してからなら潜り込めるかな?」

 カノンが、不穏な事を言い出す。

「危ない行為は止めときなって〜。それでこっちは何かあった?」

「うんにゃ、無風だったわ。怪しい人もこっから見る限りはいなかったね。まぁ、お陰でほぼスマホを弄って過ごしてたんだけどね」

 う〜ん、そんなうまい事、関係者とかに出会ったりしないか。

 でも、チエはしっかり席取りの任務は果たしたようだな、応援席なんてほとんど埋まっているので、いい場所が確保出来て良かった。

 

 席に着いて周囲を見回す。一般席もかなり埋まっているようだ。8から9割位は埋まっているみたいだから、ざっと千人以上はいるのだろうか。この大観衆の前で歌を歌うなんて、あぁ恐ろしい。

 私達の列とその後ろの列は出場者の応援席なので、特に何だか熱気が感じられる。

 よく見ると、垂れ幕やら装飾したうちわを持参しているグループもいる。

 私達はグッズとかは用意してこなかったけど、ミッケが登場したら、精一杯応援してやろうと、4人で気持ちを新たにした。

 結局、開演前に社長については何もわからなかった。ここからはミッケの応援に切り替えだ。

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