第29話 鳥人間
「車ならこのホールで停められるのは地下駐車場だけだ。その入口に行ってみよう」
私達は、ホールをほぼ一周して表側にある地下駐車場入口に辿り着く。見ると小柄な眼鏡の女の子が入口を覗き込んでいる。
「あっ、モノだ!」
チエの声に気付いたモノは、振り向くとビクッとして表情が強張る。カノンの格好を見たら、まぁそうなるよね。
でも、すぐにカノンだとわかったようで、笑顔を見せる。
「ようモノ!何か成果はあったかい?そういうオレたちは特に無いんだけどね」
カノンが話しかけると、モノは困った顔をして答える。
「成果と言う程ではないのですが、後部座席の窓を黒いフィルムで覆った高級車が3台ほど駐車場へ入って行くのを見ました。おそらく重役が乗っているのだと思いますが、その中に社長が含まれているかはわかりません」
「マジか?それだけ確認出来ただけでもスゲーよ!可能性ありって事だ。駐車場に潜り込んでみようか?」
「いえ、どうやら駐車場の中は一般と関係者で停める場所が別れているようです。ここから見えるのですが、少し入った所に警備員がいて、身分証のような物を確認して誘導しています」
「なるほど、関係者の方に行くなんて難しいってわけか。でも、社長が来てる可能性が出てきたからな、気合い入ってきたぜ」
カノンが拳を握る。見た目は喧嘩上等だけど、これで暴力は嫌いだなんてね。それにしても、モノの調査は的確だな。私とチエなんて、区民ホールの外周を一周して、ジュースを飲んだだけだ。
「もうそろそろ1時半だな、ミッケが待ってるかもしれない。モニュメントに行くか」
私達は屋外での調査はここまでにして、ミッケと合流する為、区民ホール前にある鳥人間のモニュメントに行く事にした。ホールに入る為の観覧車用チケットもミッケが持って来る予定だ。
少し歩くとモニュメントに着いた。鳥人間は頭だけ鳥で身体は人間だ。翼なんて無いのに羽ばたいて空へ飛び立とうとするポーズをしている。相変わらず奇妙だ。それにしても、ミッケはまだ来ていないみたいだな。
「あっ、あれミッケじゃない!」
私達は一斉にチエが指差した方を見る。そこにはギターを背負い、颯爽と歩いてくるミッケの姿があった。
普段よりも精悍な顔つきで、瞳が輝いている。それでいて爽やかさを感じさせる、風になびくポニーテール。清潔感のある白いシャツとタイトなパンツも似合っている。
その姿は太陽に照らされて、何だか輝いて見える。漫画だったら背景に「バーン」と擬音が入るだろう。
「Oh!ミッケ〜、カッコいいよ!」
「主役の登場って感じだな」
「ハハッ、ありがとう。待たせちゃったかな」
ミッケは今日の為に大分仕上げて来たのだろう、普段のミッケと別人かって位のオーラを感じる。
「ミッケ、背中のギターはどうしたのですか?コンテストで使うのでしょうか」
「あっ、いや、コンテストは、既にある曲を歌うのでカラオケなんだけど、もしかしたらオリジナルを歌う機会があるかもとか思ってね。念の為持ってきたんだ」
う〜ん、そんな機会は無いといいなぁ。
前言撤回、やっぱいつものミッケのようだ。
「ところで社長が来てるかどうかはわかったかい?」
「いや、おエライサンは何人か来てるみたいだけど、社長が来てるかはわからない。まぁ、入ってからだな」
「そうか、ボクも出場者側から探ってみるよ」
「あぁ、でも余裕があったらでいいぞ。ミッケは自分の事を第一優先でな」
「わかった、お互い健闘しよう。あと、これね、ボクの出番の時は応援よろしく頼むよ!」
ミッケはパンツの後ろポケットから人数分の招待状を取り出す。お尻の下敷きになってたであろうその紙は、折れ曲がってシワになっている。
「ありがとう、ホールに入って受付に渡せばいいのかな」
「うん、それでいいはずだよ」
「席から応援するからな、実力を見せつけてやれよ!」
「ありがとう!精一杯やってくるよ」
ミッケが笑顔で立ち去ろうとした時、チエが声をかける。
「ちょっと待って、写真撮ろうよ。未来のアーティストはここから始まるんだってね」
「そうですね、いい記念になると思います」
「よーし、じゃあ鳥人間をバックに撮ろう。ボクたちは誰しも鳥人間、空へ飛び立つんだ」
誰しもって……ミッケはこの奇妙な鳥人間を随分好意的に取ってるんだね。確かにミッケの書く詩とセンスが合ってるかも。
私達は鳥人間をバックに、ミッケを中心として写真を撮った。
「それじゃあ、今度こそ行ってくるよ」
手を振って笑顔でミッケを送り出す。ホールの入り口で係の人らしき女性に誘導されて中に入って行く。
「あれ、何か並んでない?」
ふと、横を見ると入口近くに列が出来ている。20人位は並んでいるだろうか。
「観客かな?開場までまだ30分位あるのに並んでるよ」
「まさか、席は早いもの順じゃないだろうな」
ミッケからもらった招待状には何も書かれていない。
「一応アタシ達も並ぼうか。外でやる事も無いし」
私達は列の最後尾に並び、開場を待つ。私達の後もポツポツと人が集まりだし、かなり長い列が出来て行く。
若い女の子が多いが、中には出場者の家族だろうか、親世代の夫婦やお婆ちゃんなんかの姿も見える。
「かなり集まってきたね。区民ホールって何人入れるんだっけ?」
「会場になるAホールの客席は全部で1,200名ほど入れるようです。今回は満席まで人を入れるわけでは無いと思いますが」
「えっ、そんなに入るんだ。しかしモノの情報力は大したもんだね」
「いえいえ、ホームページに乗っている情報ですから」
「事前に調べてきてるのがエライよね。ねぇチエ」
「おっ、何だ!私が役に立って無いって言いたいの?」
「いや、そんな事言ってないでしょ」
チエはまだ役に立って無いとか気にしているみたいだ。
「よーし、わかった。ホールの中に入ったら、速攻社長見つけてやる。端から端まで中を駆けずり回ってやる」
「あまり、暴れると退場させられちゃいますよ」
「そうだな、もし来てたとしても観客席側なんかにいないだろうからさ、落ち着いて行こうぜ」
そう言うと、カノンは掛けていたサングラスを外してスカートのポケットに入れた。冷静を装っているが、眼光は鋭く、気持ちを抑えているのがわかる。
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