第6章 オンステージ

第27話 三度目のハンバーガー

 今日は7月23日の金曜日、1学期の最後の登校日だ。私の決して華やかとは言えない高校1年の数ヶ月はあっと言う間に過ぎ、終業式も何事も無くあっさり終わった。

 学校での出来事に特筆するべきことは無いのだけど、放課後は最近充実している。火曜日に初めてカラオケに行ったばかりだが、実は昨日もお昼の後、みんなでカラオケに行ってしまったのだ。

 すっかり歌う楽しさを知ってしまった。私のマニアックなアニソンも何度か歌うと「これ結構ハマるわ、いい曲に思えてきた」等と言って盛り上がってくれて、さらに楽しかったなぁ。

 何時間も一緒に過ごすと人見知りの私でも、結構打ち解けた感がある。カノンも見た目は強面だけど良い人だって分かった。友達になれるかもしれない。

 カラオケ中に、チエがちょいちょい写真を撮ったのだけど、歌っている時は、みんな思いがけない顔をしていて、見返すと笑ってしまう。チエは意外に写真を撮る才能があるのかもしれない。


 そんなわけで、今日、この駅前のハンバーガー屋に集まったのは三度目なのだ。

 今回集まった目的は遊びでは無い。そう、とうとう明日に迫った新人歌手コンテストに向けての作戦会議だ。


「いよいよ明日だ……」

 カノンが真剣な表情で話す。

「もっとも、社長の奴が来るかどうかは、分からないけどな。でも、もし来たら全力で因果応報をブチかます!来なかった場合は……また次の機会を探ればいいし。でも来た場合は全力で……」

 カノンは、ちょっと今から気合いが入りすぎているみたいだ。


「まあまあ、落ち着いてよ。会場に入ったら、まずはみんなで社長が来てるか探してみよう。それで開演時間は何時だっけ?」

 チエがポテトをつまみながら話す。しかし一週間に3回もハンバーガーは少し飽きるな。集まって話すには、ここが丁度いいんだけどね。


「15時から開演です。会場へは14時から入れるみたいですね」

 モノの正確な情報は助かる。


「出場者は1時間前までに集合なんだ。だからボクは13時30分には区民ホールに到着しようと思う」

 明日はミッケにとっても特別な日だ。上手く行けばアーティストとしてデビューなんて事もあり得るんだから。


「オレは少し早目に着いて会場の周りを偵察しようと思う」

「そしたら明日は各自で事前調査してから集まろう。で、13時30分に区民ホール前のモニュメントの所に集合しようよ。それからミッケを送り出そう」


 区民ホール前には、頭が鳥で身体が人間の奇妙なモニュメントが立っている。名前は忘れたが、そこそこ有名な芸術家が作ったそうで、人々からの評判はイマイチだが私は嫌いじゃない。


「ああ、そうしよう。まあ、ミッケはオレの事は気にせず、歌に集中してくれればいいからな」

「ありがとう。ボクが優勝することが社長に近付くきっかけになるかもしれないからね」

「おっ、優勝する気満々だね」

 チエがハンバーガーを頬張りながら茶々を入れる。

「もちろん、気持ちだけはね。こんなチャンスなかなか無いから全力を尽くすよ!」

 ミッケの瞳は輝いている。そうだよ、アーティストになるチャンスだもんね。凄いよ同い年なのに、将来の目標があるっていいなぁ。私の夢って何だろうと、ふと考えてしまった。


「そうだ!今のうちにサイン貰っとこう」

 チエがカバンをガサゴソやりだす。

「さすがに気が早いよ、明日のコンテストも関東地区予選だし、仮に優勝したとしても次は全国大会があるからね」

「そうだよね、まだ先はあるなぁ。じゃあ今日もカラオケ行っちゃおうか?」

 チエが調子に乗る。いや、カラオケは楽しいけど、週3は行き過ぎでは?


「うん、今日は止めておくよ。家でリラックスして、体調を整えようと思う」

「そうだよね、今日は早めに帰ろうか。みんなも体調に気を付けて、暑いからってお腹出して寝ないように!」

 「お前がな」と言う突っ込みをしつつ、この日はそれで解散になった。みんなはそれぞれの決意を胸に帰途についた。


 夜、いつものように机に向かい漫画を描きながら考える。

 ミッケの夢はアーティストか、なれたら凄いよね。でも、歌は本当に上手だからね、ミッケならなれそうな気がしちゃうな。作詞が独特過ぎるので、ミッケじゃない誰かに作ってもらえばいけるんじゃないかな。

 それにしても、もう高校生だからな、私も将来の事考えないとな。普通のOLなんてなりたく無いし、向いてない。やっぱ、ミッケみたいにやりたい事、夢のある事を職業にしたいなぁ。でも私の夢って何だろう。う〜ん、強いて言えばこれ、漫画だよね。


 今まで書き溜めたノートをパラパラとめくってみる。以前より上手くなったとはいえ、とても人に見せられるもんじゃない。

 やっぱ、漫画家なんて厳しいよねー。じゃあ逆に漫画雑誌の編集者とかどうだろう。シャドヴィの担当になったりして。

 何にしろ、私をここまで育ててくれた、漫画やアニメに関われたら幸せだなぁ。

 そんな事をぼんやり考えながら、ベッドに潜って、ふと思い出す。

 待てよ、ちょっと忘れてたけど隕石が墜ちたら、それどころじゃないな。私が忘れてるくらいだ、みんなも忘れてるだろう。

 未だに5人目の能力者は見つからないし、社長を探すついでに密かに能力者も探そうか。コンテストの出場者の中に能力者が……なんて展開もあり得るよね。

 私は都合の良い出来事を期待しながら眠りについた。

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