第26話 みんなでカラオケ
目的のカラオケボックスは駅前にあり、ここからすぐ近くだ。昼過ぎなので空いているみたい。5人揃って受付に行くと、係のお姉さんに怪訝な顔をされてしまった。個性バラバラなこの集団は何なんだと思われたのだろう。友達同士には見えなかったに違いない。
各自ドリンクバーでジュースを注ぎ、カラオケボックスの個室に入る。初めての経験でドキドキしているのを見透かされないようにしていたが、タブレットで曲の一覧を見たらテンションが上がってしまった。
「スゴッ!アニソン大量にあるんじゃん!実は私も来るの初めてなんだ。こんなに揃ってるなんてね」
「おぉ、そうだよ。まぁ、リルも初めてだろうなとは思っていたけどね」
初めてなのをチエに見透かされていたとは、恥ずかしい。でも、興奮の方が上回っているので、次々とタブレットのページを捲る。
「リルがこの前言ってた深夜アニメのもあるんじゃないかな?」
「まさか?あんなマニアックなのが……あるわ!しかしこのハイテンションの曲はハードルが高いぞー」
「歌う気満々じゃん。リルから行っとくか?」
「イヤイヤ、トップはキツイよ。やっぱここはミッケでしょ」
いくらなんでも、一番は恥ずかしいので、ミッケに振る。
「そうだ、ミッケの歌唱を聴きに来たんだったよ」
「いや、みんな自由に歌ってね。でもまあ、取りあえず景気付けにボクから行こうか」
初めから歌う気満々だったミッケは、慣れた手付きで曲を選び、マイクを握る。
「これはね、一次審査で動画を送った時に歌った曲なんだ」
そう言いながら歌い出した曲は、私も知ってる最近のヒット曲、女性アーティストの軽快なポップスだ。ミッケは堂々と爽やかに歌い上げる。
これは上手いわ、ちゃんと聴くとやっぱり違うなぁ、声量があるのが強いね。下手すりゃ、本物にも負けないんじゃないかって言ったら言い過ぎかもしれないけど、予選通過するのも納得だ。チエはもちろん、モノもカノンも羨望の眼差しで歌うミッケを見ている。
「おぉ、ブラボー!ブラボー!」
歌い終わるとチエが大袈裟に褒め称える。ちょっと泣いてるんじゃないか?確かに凄かったけど。
興奮も冷めやらぬまま、次はチエが歌い出す。いつの間にか選曲していたようだ。
チエも最近よく聴く流行りの曲を歌う。歌唱力はというと、まぁ悪くは無い。素人なんだから、皆ミッケ並に上手かったら私が歌えなくなってしまう。
私も意を決して選曲する。ここは無難に歌いやすそうな曲―――でも好きなアニメの、何度も聞いたオープニングの曲を選び歌唱に挑む。
今更恥ずかしがってもしょうがない。音程はそこそこに、とにかくミッケみたいに大きな声で思いっきり歌う。アニメの名シーンを思い出し、感情も自然に入ってしまう。
楽しい……好きな歌を歌うのって、こんなに楽しい事なんだ。普段大きな声を出すことも無いので、思いっきり声を出すのも気持ちがいい。
私は初めてのカラオケに充実感を味わっていた。
「へー、結構上手いじゃんリル。聞いた事無い曲だったけど」
「エッ!?知らないの?結構有名なアニメの曲だよ(深夜だけど)」
チエの反応に愕然としたが、他の皆も同様だった。「でも、上手でしたよ」というモノのフォローが寂しい。カノンは目を逸らしている。
「いいんだよリル!自分が歌いたい歌を歌うのがカラオケだよ。登山家が何故山に登るのか問われた時、『そこに山があるから』と答えたように、目の前に歌いたい曲があるなら、それを歌えばいいのさ!」
「そ、そう?そうだよね」
ミッケから強引な例えの励ましをもらい、でも、気を取り直すことが出来た。
暫くはこの3人のローテーションで歌った。ミッケで凄く盛り上がり、引き続きチエで盛り上がりを保ち、私のアニソンでクールダウンするという流れだ。
初めて聞く曲だとなかなか盛り上がれないか?流行りの曲に比べたら癖も強めな傾向があるしな。ちょっと居た堪れなくなってきた。はたしてミッケのアドバイスは正しかったのだろうか?
「ちょっと慣れてきたでしょ、モノとカノンも歌ってみたら?」チエが振ると
「じゃあ、モノが歌ったら歌うよ」とカノンが答える。カノンめ、実は歌いたくなって来たんじゃあないか?
モノは少し躊躇していたが、「じゃあ、一曲だけ」と言って了承してくれた。
モノのが選んだ曲は落ち着いたバラードだ。結構昔の曲だけど聞いた事がある。
モノの声は小さいけれど、澄んだ声で曲調と相まって心に染みるようだった。
「モノ良かったよ!良い声だね、曲も良かった」
「ありがとうございます。この曲はお父さんが好きで、家族で車で出掛けるときに、良く流している曲なんです……あっ!ごめんなさい」
思わず父親の事を話してしまい、カノンを気遣ったようだ。
「いや、謝ることなんて無いよ、いい話じゃん。正直羨ましいとは思うけど、オレには縁が無かった。それだけの事さ」
カノンは強いと思う。お父さんの意識は未だ戻っていないんだ。私達に出来ることは、お父さんに悪因を積ませた元凶である社長に、因果応報を食らわせてやる事。それで少しでもカノンの気が済めば……もしかして、それでお父さんの容体が良くなったりして。いや、さすがにそこまで都合良くはいかないか。期待してそうならなかったら余計悲しいよね。
「よーし、モノが歌ったから、約束通りオレも歌うかなー!」
「よっ、待ってました!」
チエの掛け声と共に、みんなが拍手で迎える。カノンが曲を入れると、スピーカーから激しくビートを刻んだ音楽が流れ出す。
私も知ってる実力派のハードロックバンドの曲だ。カノンは荒削りながらも、堂々と歌いこなす。途中で軽くシャウトも入れてきた。
「カノン凄いじゃん!カッコいーよ!」
「良かったよ、初めてとは思えないな!」
「ま、まあな、このバンド好きで良く聴いてるんだ」
カノンは少し照れているが嬉しそうだ。
普段から家で歌ってるんじゃないかってぐらい様になってたな。
カノンの髪が黄色いのはヤンキーじゃなくてバンドの影響かもしれないと思った。
その後、カノンも含めたローテーションで歌った。一曲だけと言っていたモノも、結局数曲歌っていた。
なお、アニメの中にはメジャーなバンドやアイドルがタイアップで曲を提供する事がある。それを歌った時は私の番でも盛り上がった。
「あ、これアニメで使われてる曲だったんだ?カッコイイよね」等と言い合っている。
なんだ、こういう系ね。私はこういうレパートリーも持ってるんだから……良かった、私の番だけブレイクタイムにならないで。
そんな事で、結局4時間位、みんなで歌って過ごした。
そろそろ上がろうかと言う所でチエが
「じゃあ最後にさ、ミッケにオリジナルを歌ってもらおうよ」と言い出した。
マジかチエよ!折角いい雰囲気で終わるとこだったのに。
「そうだなー、でもギターがないから、伴奏無しになっちゃうからなぁ」
「そうだよね、急にそんな事言われても困る……」
「でも、友達の期待に応えないのは、無慈悲だよね。わかった、伴奏無しでも何とか歌ってみせるよ!」
食い気味で翻意してきたよ、何だ無慈悲って?歌いたいだけでしょ。
「それじゃあ、カノンの事を考えて作った曲があるんだ、この前はサワリしか歌えなかったから……」
「あー、あれか駐車場で初めて話した時に歌い出しやがった奴か、あれはもうイイヨ。他のにしてくれ」
「えっ、そうかい?だったらその後にカノンを思い出して作った曲にしようか。聴いてください『君は1人じゃないーForever』」
「あーっ!あーっ!ストップ、ストップ!タイトルを聞いただけで恥ずかしい。ちょっとオレに関係無いのにしてくれないかな?」
カノンが全力で止めに入る。まぁ気持ちは分かるよ。
「えー、意外と恥ずかしがり屋さんだなぁ。あとは、前に作った『未来へのペーパープレーン』とか『動物たちのブルース』とか……」
「その動物のなんとかって奴にしよう。楽しそうだ」
「『動物たちのブルース』かい?楽しい曲じゃ無いけどね、ブルースだからね。でも、折角リクエストしてくれたんだ、今回はこれにしよう。伴奏が無い分、手拍子でもしてもらおうかな」
手拍子をさせられる私達。ミッケのステージが始まる。
『世界には〜沢山の動物が暮らしているー
ライオン達やーゾウ達やキリン達ーそしてぇ鹿達さ〜
でも僕らの一番近くにいるのは〜そう、ネコ達とイヌ達さ〜』
私達は半笑いを浮かべながら手拍子を続けた。声は良いんだけどなー。でも例の如くチエだけは感動でもしているのか、本気でジーンと来てるような表情を浮かべている。
そうして5分強のフルコーラスをようやく聴き終えた。
「イヤー、良かったよ!この曲もイイね!」
「ありがとう、チエ!ボクもこの曲を披露できて嬉しいよ」
「やっぱネコ可愛いよねー」
「ん?この曲は、動物を喩えとした世界平和の曲だよ」
「……あーっ、だよね!わかるわー」
絶対分かってない。もちろん私も分からないけど。
でも、今日はみんなでカラオケに来て良かった。意外と盛り上がるもんだね、カノンもモノも楽しんでそうで安心した。いや〜、歌っていいね!
部屋を出る前にチエのスマホで記念に写真を撮った。またこのメンバーで来てもいいなと思った。
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