第10話 ポニーテール

 3人で来た道を戻り、駅ビルを迂回して駅の裏口に回る。裏口と言っても、そこそこ人は多い。

 その近くにちょっとした公園がある。公園と言っても遊具がある訳ではなく、噴水やベンチ、木々と遊歩道が整備されている。そこそこの広さがあり、人々の癒しの場所となっているのだ。

 公園を横切れば近道になるので、私たちはその中を歩いて行った。緑の中を歩くのは、なかなか気持ちがいい。


「あれ、何か声がするよ?」

 見ると大きな木の下でギターを弾きながら歌っている女の子がいる。

 たまに少し距離を置いて立ち止まる人はいるが、皆長くは留まらないようだ。


「弾き語り?路上ライブって奴?ちょっと行ってみようよ!」


 そう言うと、チエはピューと走り出してしまった。

 私とモノはやれやれと顔を見合わせ、仕方なく付いて行く。歌っている人の目の前まで行く勇気は無いので、良く聴こえるぐらいの距離まで近づき様子をうかがう。


 歌っている子は、まだ若いようだ。10代だろうか、もしかして高校生かもしれない。ポニーテールが良く似合う活発そうな子だ。

 Tシャツの袖を肩まで捲り、ギターを掻き鳴らすスタイルは、ちょっと前世紀感がある。

 私の偏見だけど、こんな公共の場で、知らない人たちに向かって歌を歌うという自信や度胸を持った人は、私と違い過ぎてちょっと友達にはなれそうに無い。


「うおーカッコイイィィ!」


 冷めている私の横でチエは興奮して目を輝かせている。

 まあ、結構な声量があり、そこそこ様にはなっている。よく聴くと何やらオリジナルソングを歌っているようだ。


『僕の乗る列車はぁ〜光を浴びてぇー君の駅に停車するよぉー

 ohーそしたら君は1号車ぁー僕は2号車ぁ〜二人合わせて夢列車ぁ〜』


 ダ、ダセェ、何だこの歌詞は、これを堂々と歌える精神って一体。歌はまだ続くようだ。


『合流地点で僕らはーホームに降りてぇ〜Yeah!

 ほらぁ皆んな窓から覗いてるよー微笑んでーるーールララ〜』


 どんな状況だか訳わからないな。それに途中の「Yeah!」がイラッとした。


『だーかーらー……乗ろうよ一緒にぃーあの列車へーーもちろんチャージも忘れずに〜

 始まるのさ〜僕らのフリーダムストーリー』


 あ〜、人々が留まらない理由が分かった。これは聴いてられない。モノも苦笑いをしている。


「チエ行こっか……?」

 チエに早くお昼を食べに行こうと声をかけたが、あろう事か目を輝かせ、ポカーンと口を半開きにして見とれている。私の声は届いていないようだ。


 『僕らのフリーダムストーリー』というフレーズを3回ほど繰り返した後、「ジャカジャーン!」とギターを鳴らして曲は終わった。すると、チエは感極まったように頭の上で拍手をして叫んだ。


「カッコイイ!!ブラボー!!」

「チエ?!!」


 もちろん、他に拍手をしている人などいない。


「チエ、ちょっと目立ってるよ。恥ずかしいよ……」

 居たたまれなくなって、チエの服の裾を引っ張ると、興奮したチエがこちらを振り向く。


「リル!」

「な、何だい?」

「見つかったよ!」

「エッ?」


 チエは焦れったいように、私に話しかけるが、ちょっと何を言ってるか分からない。


「見つかったよ、能力者だよ!」

「エッ?!何が……」

「歌上手い能力だよ!」

「何だそりゃぁ!ちょっと落ち着こうか?」

「そうでなければ、シンガーソング能力かな?何にしろ、何らかの能力者である事は間違い無いね」


 まさか、この歌にハマるとは。チエのセンスがイマイチなのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。しかも能力者とか言い出すし。


「ちょっとチエ!ハマったからってねぇ、うちの高校の生徒っていう条件もあるんだからね!モノも何か言ってやりなよ……」


 ふとモノを見ると、真剣な顔で、歌っていたポニーテールの女の子を見ている。


「リル……あの人、うちの生徒かもしれない」

「何ぃ!!」

「何となく学校で見た事がある気がします」

「本当かい?もしそうだとしても、能力があるかどうかだし……何か苦手なタイプだし」

「オイオイ!なに人見知り発揮してんだい?しょうがない、ちょっとアタシが話してくるよ!」


 思わず本音が出てしまったが、チエは誘う気満々だ。

 歌い終わったポニーテールの女の子は、近くで何やら言い合っている3人組に当然気付いていて、こちらの様子が気になってソワソワしているように見える。

 チエは低い姿勢でポニーテールにジワジワと歩み寄る。


「あの〜、歌とても良かったです!オリジナルですか?」


 ポニーテールは、今気付いたような振りをしてニコニコしながら応える。


「ありがとう!さっき拍手してくれた子だよね?これはボクが作ったオリジナルソングなんだ!」


 でしょうね、あんな曲が公共の電波で流れているわけがない。しかも、ボクっ娘かよ。


「タイトルは何ていうんですか?」

 オイ、チエ!聞いてどうする?


「タイトルはね、『僕らの夢列車』っていうんだ!」


 ダサー、しかも自信有りげに……。


「とっても素敵です!……ところで、高校生ですか?」

「うん、そうだよ」

「つくし台高校ですか?」

「えっ!?そうだけど……」


 ポニーテールは、驚いてビクッとしながら答える。


「そうなんですね!アタシたちもつくし台なんです」

「あっ、そうなんだ!いやー、同じ学校の子に会ってしまうとは……」


 ポニーテールはバツが悪そうにしている。いや、つくし台から一番近い繁華街が池葉原なんだから会うこともあるだろうに。

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