5話 コンコ「わたし の はじまり」後編

 ひびく泣き声、嘆き声……。

 

 つらさ、かなしさ重なる日々が。いったいどれだけ続いただろう。


 

『その日』は……雨が、降っていた。


 

 重たい雲が覆う雨天の空。普段より薄暗い森の中へ、俯きがちに傘を差してやってきた みぃくんは、表情こそ隠れてて窺えなかったけど……雰囲気が、それまでとは また違ってて。

 …………なんだろう、イヤな予感がしたんだよ。

 

 降りしきる雨の中、きみは水たまりを避けることもせず歩いてくる。

 100年以上前……いつしか わたしがった時から、無意識のうちに わたしが定位置のように腰掛けている、その……墓だか、祠だか わからない『何か』の方へと。みぃ君はゆっくり近づいてくる。

 今はもう視えなくなってしまった……でもだ確かにそこに存る、

 わたしの───ここのお コンコのもとに。

 

 真っ直ぐに。この日は呼びかけも、嘆きも、謝罪もなく。ただただ黙って歩みを進め……、『何か』の目の前、『わたし』の目の前まで来て、ひたり。かたく静かに……立ち止まった。

 

 そこでようやく、俯きがちだった傘と同時にあげたきみの眼差しは……視えてないはずのわたしとも、視線がまっすぐ交わったみたい。

 

 寂寥。諦観。

 

 そのとき感じたものを上手く言葉に出来るほど、わたしは語彙に富んでなかった。

 ただ……、何か。決定的な何かが。なんだか、すごく……イヤな、予感が……。



『コンねーちゃん……どこかで元気、してるかな』

『……ッ、』


 視えては、いない。みぃ君のそれは、きっと、ただの、独り言。独白。

 でも、わたしはここにいる。君の、目の前にいるのに───!


『おれ……今日は、お別れを言いにきたんだ』

『えっ……!!?』


 

 胸の奥。あやかしの……そこに無いはずの心臓が、ビクリと跳ね上がった気がした。

 うすら感じていた不吉な予感。それを体現したかのような言葉を聞かされて狼狽する。

 おわかれ?? お別れ……!?  



『妹のしゅじゅつで、トウキョーにお引っ越しなんだ。ここから、すげー遠いんだってさ…… だから……』

『そんな……!』

『4月になったら行かないとなんだ。……もういないから、いみ ないけど……。それでも、言っておきたくて。   ……………………それと、おれ、』


 4月……!?って、ええと人の暦で、確か今日は……!? そんな!!もう、あと


 

『コンねーちゃん…………が、 すき。 だ。』

  

『 え 』


 


 すき?



 

 すき………………、  って?



 『…………ずっと遊んでくれて、ありがとう。イヤなことして、ごめんなさい。 おれ……、 コンねーちゃんのことが、すき でした』



『ぁ…………え、っ、』


 どくん、 って。

 

 なに? これは、なに? いったい、これは…………!?

 焦り。動揺。ぱくぱく、口が……うまく言葉が出てこない。からだ、固まったみたいに動かない。思考の回路をブン殴られて、わたしは壊れてしまったの?

 なのに、胸の奥は……、ふつふつ、ぐらぐら。ばちばち、どくどく。暴れ回って、うるさくて。


『………………それじゃ。』

『あっ……!?』


 言うべきを言った、と、少しだけ穏やかな顔を取り戻して……みぃ君がその場から背を向ける。向けてしまう。

 傘を片手に、来たとき同様。脇目も振らずに森の外へと歩いてく。いってしまう。


 たぶん、これが最後。そう考えて……だからこその、告白。そして、

 君はきっと、もうここには────


『っっ!!! 待って!!!!!!』


 叫んだ。弾かれたように からだが動く。腰を下ろしていた『何か』から飛び降りて、君へと向けて、まっすぐに。



『 みー君!!!!!! すきっ!!!!!!! 』



 この感情を、なんと呼ぶ?語彙ごいに わたしはとぼしかった。

 こんな感情、なんて呼ぶ。こいを わたしは知らなかった。

 でも……。

 気づけば『すき』が、わたしの口から飛び出していた。

 そのまま、吼える。ちからの限り。


『すき、わたしもっ……!!!!! みぃ君のこと、だいすきだよ!!!?? だからっっっ…………!!!!!?』


 これで、お別れ?これで、お終い?

 もう…………会えない?


 次から次へあふれ出ようとする想いとともに、目からは涙が ぼろぼろと。止まない雨に、溶け込むように。

 いやだ。そんなの。そんなことって。

 なんで? どうして! 今、わたしは!?

 聞こえてない!伝わってない!そんなのって───!


『いやだよ……!!? ねぇ!!!!まって!!!!!』


 すかっ。


『………………!!!!』


 無我夢中になり駆け寄って、その後ろ姿を引き止めようと。必死に伸ばした わたしの手は……当然、何にれるでなく。その背中を素通りし、ただ、むなしく空を切った。

 

 わたしの手は…………君のことも、“視える”子にさえ、れる事が……かなわない。

 わかってた。そんなこと。

 そんなことは、いまさらで。わかってた、のに───。

 ちからが、抜けて。崩れるように、膝をついた。


『待っ………………』


 

 ああ、届かない。


 

『……………………………………』


 傘を差した後ろ姿を、呆然と見つめる。去り行く君を止められない。だって、この手どころか…… わたしの姿も、わたしの声も、もう、君には届かない。

 止む気配のないこの雨も、わたしの体を素通りしてく。濡らすことなく地面に沈む。君と違って傘は差さない。だってわたしはあやかしだから。雨に打たれもしないんだ。

 その今更いまさらな事実さえ、君との距離を殊更ことさらとおく。

 そうして、なんにも言えなくなって。

 あとは涙だけが、頬を伝ってしずかに流れ続けた。

 

 いやだ、こんなの。ねえ、待ってよ行かないで。



  

 ─── でも……。

 とめられたとしても、とどまってくれたとしても、どうするんだ。

 

 わたしは在ると。ここにいる、と。気づいてすらも もらえないなら、君には ずっと……つらい思いをさせるだけ。涙を流して謝罪をこぼし、ただただ悲嘆に暮れるだけ……。

 そんなの、わたしは求めない。もう君に、そんなことしてほしくない。


 それに……。


 

 

『もう“足りない”。わたしは』



  

 伸ばして、君を掴み損ねた手。それは今、わたしに芽生えた なにか を逃して手放すまいと。気付けば無意識に固く握りしめられていた。

 君に触れられず空を切った、その手に強い ちからが こもる。

 もう一方の手は、胸元に。自らの裡で狂おしく暴れ続けてる、この生まれたての衝動を。確かなものだと感じるために。

 

 もしも。ふと以前のように認識してもらえるようになったとしても。みぃ君がまた、“視える”ようになったとしても……。

 

 “視える”だけ、“話せる”だけ、じゃ…………もう、足りない。


 この気持ちを、知ったから。


に、れてみたい…………』


 ひと と あやかし

 今のままでは、かなわない。



 それでも。



『わたしが。変わるんだ』



 何度も何度も呼びかけてくれた。 

 視えてなくても。返事がなくても。 

 だったら、わたしは応えなきゃ。

 なにはなくとも。なにがなんでも。


『っ!』


 ぐい、と。涙をぬぐって立ち上がる。

 そして…………君に、背を向けた。


『変えるんだ。……かなえるんだ。わたしが』


 君にまた見つめてほしい。

 君とまた語り合いたい。

 でも。それだけじゃ、もう足りない。


『だから…………』


 踏み出す。歩き出す。わたしが…… ここのおコンコが特に理由もなく寄り添い続けた、墓のような、祠のような『何か』を そっ、と、ひと撫でする。確か昔これには、文字のようなものが刻まれていた気がするけれど……風化して、ひび割れて、苔むして、今となっては何も判別できやしない。そんな『何か』へ、小さく胸裡で別れを告げた。わたし、いくよ。そうだね、いこう。


 

 いつのまにか、だいすきになってた。

 だから……

 


 あなたにれたい。わたしに……れてほしい。



 ひと と あやかし。あなた と わたし。

 一緒にいたい。一緒になりたい。


 だから───。




『待っててね。』




 少年ひと少女あやかし。お互いそれぞれ、正反対の方向へ。どちらも、振り返ることはしなかった。


『あれ……? 雨ふってるのに、雲が………………晴れ、てる……』


 そう、ぽつり こぼした少年の小さな呟きも、既に届かないほど遠く。歩みを止めるつもりはない。

 それは、届かせるため。またいつか、届くことを願って。

 未だ小雨を降らせながらも……気づけば きれいに青が広がった空を見上げ、進み続けることを誓った。

 

 やがて森を抜け、視界に広がる知らない景色。

 気合いを入れよう。ここからだ、絶対に諦めない。この気持ちを───。


 

 ───『恋物語』あらたな わたしを、始めよう。


  

 わたしは、きっと。

 可能かなえてみせる。

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