4話 コンコ「わたし の はじまり」前編

   △


 

 人のこどもは、どこか感覚が鋭いのだろう。

 時折、わたしを“視つける”子供がいる。その数は……数年に1人、いるかいないか、くらいだったと思う。

 わたしの姿を視ることができて、わたしの声を聴くことのできる子供が。


『コンねーちゃんっ』


 そして、この子も……。わたしを「コンねーちゃん」と呼ぶ、わたしより一回り背の低い この幼い男の子も、その1人。


 わたしを視つけた子供の反応は様々で。わたしと話したり、遊んでくれる子もいれば…… 人外じんがい化生けしょうが出た と、怯え逃げてく子とかもいたり。

 それで、この少年……『みぃ君』は前者。なにやら妙にわたしのことを……気に入って、くれたようで。


『見て、カブトムシ!でかいでしょ!』


『今日学校がっこーでさあ、すげー面白いことあって、』


『───わっっ!!!!! へっへ、おどろいた〜! ひゃあ、だって〜! コンねーちゃん、カッコわり〜!』

 

 

 わたしがった、山の中……毎日まいにち会いにきて、わたしに構ってくれていた。

 

  

 たぶん、100年以上……およそ200年くらい?小さな田舎町の、小さな山を入って少し。そこに……いつ建てられたのかもわからない、整備も掃除もされないままに、長いこと放置されてたであろうボロボロの、墓だか祠だか よくわからない『何か』のそばで。ただひたすらに、ただ『そこ』に在るだけの。ただ、『そこ』に在っただけの……おそらく、あやかしと呼ばれるもの。人ならざるモノ。それが わたし、ここのお コンコ。

 

 その地を離れようとすることもなく、やることといえば、ぼんやりと近場の人々の生活を眺めるくらい。ここ数十年……その眺めに行くことさえも あまりしなくなった わたしにとっては、“視える”人の子との関わりが……唯一、楽しみと呼べるものだった。

 

 だから、今までに出会った“視える”子供の中でも珍しいくらい わたしに懐いてて、頻繁に会いにきてくれる みぃ君と過ごす時間は……本当に、すごく、濃密で。1人の人間と、こんなにも多く関わることになったのも初めてで。

 嬉しくって、楽しかった。

 


『コンねーちゃんってさ、いつもここ……山の中にいるじゃん?ほら見て、いきもの図鑑。このクワガタ!コイツつかまえたいんだよ〜。どう、この辺で見たことない?』

『ええぇ、う〜ん……? どうだろ、見てたとしても……多分わたし、虫の違いとかが よくわからないから……ごめんね』

『ふーん、ちぇーっ……。まあいいや!探してみるからさ、手伝ってよ!』

 


『ん?……なんか地面に描いてある』

『あっ、あはは……それね、コンが石を使って描いてた……落書き?っていうのかな。そっか、みぃ君には“視える”んだね』

『……? どーゆーこと?』

わたしが描いたものだから。その絵……普通の人には視えないの。見えてても、わからないんだよ』

『ふーん……? おれには分かるよ!これは…………いぬ!』

『………………それ、か、かぶとむし……』

『コンねーちゃん、絵ぇヘタだな〜』

『え嘘だあ!?ちょっと待って!ちゃんと見て!?』



『みぃ君……わたしは昨日、言われた通りに ちゃんと待ってましたよ?』

『ごめんっ!ほんとーにゴメン!急にさ、妹のおみまい行くことになって……!』

『あれっ、妹さん……いたんだ?』

『ん……ビョーキだから、たまにしか会えないんだけど。昨日は、メンカイできるって』

『そっか…………わたしも会ってみたいな。みぃ君の、妹さん』

『あいつにも……みえるの?コンねーちゃんのこと』

『う、それは…… どう、だろ』

『……でも、みえなくても、連れてくるよ。タイインしたら、たくさん遊んでやんないと』

『ふふっ。お兄ちゃんだ』



『ボスつれてきた!さんぽのついで!』

『ぼす……?』

『この犬の名前!かわいーっしょ』

『か、かわいい……♡』

『もうおじいちゃん犬なんだけど、ちょー元気』

『へええ……こんな小さいのに、ぼす』

『撫でてもいーよ!噛まないし』

『あはは……ありがとお。でもわたし、生物いきものにはさわれないから……』

『あ…………そっか。もったいないな〜、こんなにフワフワなのに。ほらボス〜!わしゃしゃわしゃ!』

『ふ、ふわふわ……! わしゃわしゃあ……いいなぁ。。』



『このスキマの奥、あやしい!クワガタいそうだけど……見えないっ、コンねーちゃん ここ火で照らしてみて!』

『いいけど……なにか、飛び出してきたりはしないよね……?』

『火にビックリして出てきたりするかも』

『じゃ、じゃあ嫌っ!みぃ君わたし、こないだの事まだ怒ってるからね!?』

『あー、あの、タマゴつっついてブワーッて』

『ぎゃあーーーーー!!!言わないでええ!!!』

 


『みぃ君がいつも遊びに来てくれて……その、コンコお姉ちゃんはね? うん……もちろん、嬉しいんだけど……。えっと、ほかのお友達と遊んだり……とか。……しなくて、いいのかなって』

『いーの!さいきんみんな、いっつもゲームばっかりでさ! ……おれ持ってないから、遊べないんだ。最新のやつは』

『げーむ……。あの、ぴこぴこだっけ?お父さんお母さんに お願いしてみたら?』

『いーんだ。うち、お金……、っその。なんてゆーか、ワガママいいづらい……から』

『…………そっか。 じゃあ……うん! そのぶんコンコお姉ちゃんと、たくさんたくさん!遊ぼうね!よぅし、今日は なにしよっか!』

『な……あっ、べっ、べつにっ! おれは……っ、 ………………へへ。』


 

 すごく、すごく、楽しかった。

 だけど……。

 

 

   △

 

  

『あ……! その口元のホクロ!もしかして◯◯ちゃん!? ひさしぶり……!わたしだよ、コンコだよ!うわぁ……! また、会いにきてくれたんだっ? 大きく、なったね……!』 

『ここ、前に来たことあったと思うんだけど……何しに来てたんだっけな〜?』

『えっ、あれっ……? あのっ、◯◯、ちゃん? わたしだよっ、ねえ? コンのこと……』

『まあ小っちゃい時の話だしなぁ……あの頃は、遊ぶ友達も居なかったし。うっかり迷い込んじゃったとかだろーな……ふう。よし、帰ろっと』

『…………!!?』


  

『………………視えて、ない。憶えて、ない……?』



   △ 


 

『あー、懐かしいわこれ。この……墓?祠?みたいなやつ。憶えてる憶えてる』

『ふいぃ……こんなとこに何の用があんだよ。疲れたし、早よ帰りてーんだが』

『いや〜、昔さ、俺ここに時々来てたみたいなんだよな。ただ、その理由とか思い出せねんだけど……』


『……きみは確か、わたしのことを「幽霊だー!」って叫んで、転びながら走って逃げてっちゃった子だね。……それでも、わたしのことが気になってたのか、あっちの大きな木の陰に隠れながら……時々、こっちの様子を伺ってたね。わたしは……わたしの方は、憶えてるよ?』


『まあいいや、見ても何も思い出さないし、帰るか。いこーぜ』

『ンだよそれ!?結局なんもねーのかよ!?こんな山ン中まで付き合わせやがって、ったくよ〜……』


『………………』



   △



 そう、きっと、視えざるモノが視えるのは……人が『子』である間だけ。

 心が成長し、身体も一回り大きくなる頃、いつしか わたしが視えなくなって……わたしとの記憶、わたしとの思い出、そんなのは、初めからぜんぶ無かったみたいに。初めから視えてなかったみたいに。

 ……消えて失くなって、しまうんだ。

 

 だから、みぃ君がくれる この退屈のない ひとときだって……いずれは終わりが来るのだと。

 その終わりが来るのはきっと。そう、遠くはないのだろうと……、



 思ってた。

 

 なのに───、



『コンねーちゃーん? ……いないの? ちぇっ、めずらしーな。あーあ!どこに行っちゃったんだよっ。もー』

『え……』



 みぃ君が、わたしを呼ぶ。辺りを見回して、わたしの姿を探してる。わたしを見つけられなくて……ため息ついて、愚痴ってる。

 さびれたお墓のような、祠の残骸のような……そんな『何か』を前にして。──そう、

 



   △


 

『コンねーちゃーん!おーい! ……えぇ〜、今日もいないのかよー……? おーい!おぉーーーい!!? コーンーねーえーちゃーーーん!!!』

『っ…………!!!』



 この子みぃ君は、忘れなかった。



『今日も、いない……。 ずっといない…… なんで……? っ、おーい!!! おぉーーーい!!! コンねーちゃーんっっ!!!あそびに、きたよーーーっっっ!!!??』

『みぃ、君…………』


 視えていない。わたしのこと、もう、視えてない。視えて、ないのに……。

 

 わたしのことを、忘れていない。


『ちがうトコにいんのかな……もー、今日はほんとに話したいコトがあるんだ!探して、ぜったい見つけてやる! おーーい!! コンねーちゃーーーんっ!!!』

『みぃ君っ……!』


  

『コンねーちゃん!コンねーちゃんっ!なんでさ、出てきてよ……!なんだよ、どっかに隠れてるの!? ……ねえ!どこ行っちゃったんだよ! コンねーちゃんっ!!』

『みぃ君!みー君っ!コンはここだよ!ここにいるよ!? ……ねえ!お願い、わたしをみて……! みぃ君っ!!』


 

 こんなことは初めてだった。

 呼ばれて応えるわたしの声も、きみにはもう、聴こえていない。わたしの姿も、わたしの声も、届くことは なくなって。

 なのに、それでも……

 

 きみは わたしを、忘れなかった。


 

『どこにも、いないの? なんで、どこにも…… コンねーちゃん……? なんで、どうして……』


 

 『………………いない……今日も。 会えないの……? もう、会えないの……? …………っっ、』


 

 誰も居ない。何も応えない。それでも毎日、山の中まで足を運んで。声をあげ、あちこち探し、わたしを呼ぶのをやめないきみ

 わたしだって……。地面を削り掘るようにして、そこら中たくさん絵なんか描いてみた。君が好きだった、カブトムシ。君が飼ってる、かわいいイヌ。わたしの方に差し向けた、おおきなおおきな矢印も。でも、いくら描いても何を描いても、前みたいには気づいてくれない。

 間違いなく、“視える”子供じゃなくなったんだ。なのに、どうして? 記憶の中から、消えてない。

 

 届かないとわかっていても……わたしもきみに、呼びかけた。どうにか応えようとした。声を、叫びを、力の限りに張り上げた。きみが居るとき居ないとき、心の底から願い続けた。気づいて、って。ここにいるよ、って。

 当然わたしの、そんな願いも届かない。毎日、毎日、暗くなるころ帰路につく、その小さく寂しげな背中を、ただ……見送ることしかできなくて。

 そんな日を経てゆくにつれ、気の毒なほどに不安を滲ませてゆく きみの声には……、


『ヒッ、ク、ぐす……っ、ぅ。 コンねーちゃん……おれの、こと……っ、キライになっちゃったの……? だから、いなくなっちゃったの……?』


 気づけば、嗚咽が混じるようになり。


『なんで、どうして……っ、なにも言って、くれないの……!! なんにも、言って!!くれなかったんだよ……っ!!? う゛ぅ……っ!ずび! っう゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーっ………………』

『…………っ!!!』




『あのとき……? あの時、おれが……おどかしたり、したから? それとも、あのとき……おれが、おれの方が悪かったのに、どなって、怒ったから? ごめん……っ。 ……イヤなことして、ごめん。いじわるして、ごめん。……っ! ごめん、なさい……っっ!!!』




 いつしか、呼び声だった それは……、

 嘆きと懺悔に変わってしまって。


 


『ごめんなさい……。いたずらしてごめんなさい、素直になれなくて、ごめんなさい。おれが……おれが……っ』

『ちがう……!!!』



『ごめんなさい……っ、あやまるから……でてきてよ、もどってきてよ あいたいよ……コンねーちゃん…………』

『ちがうの……ごめん、ごめんね。 みぃ君は何も悪くないのに………… わたしのせいで、こんなっ……ごめん、なさい……っっ』

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