第2話 正義の巨人マゼランマン
奇襲を
「おい、まだ飛ばないのか」
「だから急かすんじゃねぇよ」
青年は下を覗いては頭を引っ込める、これを繰り返して、コートの男は呆れて肩をすくめた。
「あの“正義の巨人マゼランマン”がこんなにビビりとはな」
「うるせぇな。色々と心の準備ってのがあんだよ」
青年の言い訳にコートの男はつまらなそうに紫煙を吐いた。地上は粒みたいな人間たちがこんな夜でも忙しなく働いて、人類というのはつくづく文明の奴隷だなと鼻で笑う。
「でもいいのかお前、襲ってるところを人間に見られて」
コートの男にそう言われて、青年はこの男と出会ってまだ数日しか経っていないことを思い出した。こいつはまだ知らないんだ。どうやってオレが人間にバレないよう食事を済ませているのか——青年は得意げな顔をして、
「まぁ見てろって」
この男に見せつけてやりたい。披露して度肝を抜かせてやりたい。そんな対抗心みたいなものが沸き立って、唐突にやる気がでてきた。青年はシャツの中に隠していたペンダントを露わにさせる。月夜に煌めく角張った水晶——
刺々しい青の塊を胸に押しつける。強引に、血が染みるくらい皮膚に肉にねじ込んで、侵食は覚醒を掘り起こすのだ。
そして青年は宙に身を投じた。
ラピスラズリのような青が夜の闇に溶けていき、深海の色をした不気味な閃光がクジラのように青年を飲み込んだ。空間に内包されていたかのように銀の光が溢れ出て、次第にそれは大きな腕の形を成していく。コートの男は思わず仰け反って口からぽろりと煙草を落とした。久々に慄然とするものを心に感じていた。
「これにやられたら一瞬だな……」
男はしばらく開いた口が塞がらない。
そして電車の車両一台分はある巨大な銀の腕が夜天を突き、光と混ざり合った青年の声が幽霊のように聞こえてきた。
「簡単だぜ。堂々と暴れてやればいいんだ。目撃者をすぐさま殺す。一人残らず全員な。——口封じってわけさぁ!」
◇
子供のころ、夕方になると俺はテレビにかじりついてニュース番組に釘付けになっていた。なぜなら怪獣とマゼランマンが戦っている映像が流れるからだ。画面上に繰り広げられる作り物ではない現実はどんな映画よりも臨場感があって、どんなアニメよりもワクワクした。マゼランマンは人間では対処しきれなかった怪獣と戦う正義のヒーロー。いつも俺はハラハラドキドキのなかで大決闘に熱中していたのを覚えている。
マゼランマンはたしかにかっこいい。宇宙の大マゼラン星雲からやってきた銀色の巨人は抽象芸術の彫刻のような顔をして、怪獣の尻尾を掴んでぶん回し、最後はトドメの光線“マゼランビーム”で敵をやっつける。そしてお礼を求めることもなく空へと帰っていく。その姿はまさに孤高でさすらいだ。それでも、子供ながら俺は怪獣の方が好きだった。何に惹かれたのかははっきり覚えていないけれど、多分俺は絶対的な勝利の権化であるマゼランマンに無邪気に立ち向かう怪獣が好きだったのかもしれない。幼稚園の休み時間、マゼランマンごっこをしたときに好んで怪獣役をやるのは俺くらいだっただろう。
——そんな怪獣に対する熱い思いをMAOの採用面接の時に俺は語っていた。面接の記録を掘り出されて、怪獣生活課日常哨戒監視官には俺が適していると、そんな判断が上層部で下されたみたいだ。
そういえば俺は採用面接の時、こんなことも訊かれた——
「君の怪獣の知識には驚いたよ。我々にも君ほど詳しい者は中々いない。ただ……君は怪獣に対する愛もまた強く抱いているようだが、我々はその名の通り“Monster,Attac,Organ”。怪獣を殺すための機関だ。君の愛情は些か我々の理念とは反しているようにも思えるが」
面接官はまさに検閲するような目で問うたが、俺は正直に思いの丈を言ってやるまでだった。
「実家がですね、それはもうドがつくほどの貧乏でして、台風の日なんかは家が飛んでいかないかいつも心配になるくらいボロいトタンの家だったんですよ。そんな家庭でしたからね、特に姉は貧乏から抜け出してたいって言って、めちゃくちゃ勉強頑張って、遂に天文学者にまで登り詰めたんですよね。それで俺も何か自分の得意なことで良い給料が貰えたら最高だなーって思って、それで志望しました。正直、給料貰う身で愛とかどーとか言ってられないです。俺は仕事のためなら怪獣だって全然殺しますよ」
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