第4話 動き出すものたち

「監視官、わらわは学校に行きたいです」

「……マジか。まぁ一応上には言っておくけど」


 ——ウラハが学校に行きたいと申し出た時、上層部ではそれなりに騒ぎになったらしい。一体怪獣が何を言っているのか。勉強して何になる。あんな移民にそこまでしてやる道理は無いと。そんな否定的な意見であふれたみたいだが、あることをきっかけに彼女の高校入学はとんとん拍子で決まった。——ウラハの熱エネルギーは資源になっていた。そう、彼女は蒸気タービンをどんどん回して電力を生み出している。マリオネが自力で花屋をやって生計を立てているように怪獣たちは保護されて国に養われているわけではない。彼女たちは働いて自分でちゃんと暮らしているのだ。……ドロアとかいう俺ん家の居候は除いてだが。


 ウラハがエネルギー資源として貢献してくれている以上、国としても高校くらいは……ということで、時期が秋だったこともあり、転入生というかたちで手続きが進んだ。しかも転入試験に関してはウラハが自力で合格したらしく、勉強熱心なところは関心に値する。そういえば初めて喫茶店に行った時も彼女は好奇心に突き動かされて俺に色々訊いてきた。ウラハはこの世界に対する探究心みたいなものが強いんだと思う。


 俺が任務として高校に潜入することになったのはつまるところウラハの転入に伴ってだ。万が一、彼女が学校でイジメられたりといったトラブルに巻き込まれたら、人権侵害だとみなさせれ都が火の海になるかもしれない。それを事前に防ぐのが俺の役目ってわけだ。


 こうして俺は高校にいる。白い夏服と黒い冬服がまばらに混じり、びっしりと揃った生徒たち。さながらオセロの盤みたいだなあと思いつつ、俺は隣の教室から聞こえる声を気にしていた。さすがのMAOも俺とウラハのクラスを同じには出来なかったらしい。


 俺はすでに転入の自己紹介を終えているから、あとは耳をそばだててウラハを待つ。ウラハがもし初めの自己紹介でミスったりして笑い物にされたらどうしようか。そんな心配が湧いてくる。時計を見れば午前八時五十分。そろそろウラハがやって来る時刻。


 ウラハの声だ——


「前に通っていた高校の名前は忘れましたが転入生の焔木ほむらぎウラハです。よろしくお願いいたします。

「じゃあそうだな、もし焔木さん何か質問ある人いたら挙手ー」


 そう言ってウラハを窮地に立たせる男性教師の声が聞こえた。ただえさえ経歴が作り物の彼女だ。色々突かれてボロが出たりしたらまずい。変な質問が飛んでこないようにと神に俺は祈るしかない。


「はいはいはーい!」


 陽気そうな女の声。おちゃらけて手を何度も上げ下げしている様子が安易に想像できる。


「なんでそんな目が紅いのー? カラコン?」


 おっと、これはなかなか際どい質問だ。怪獣少女三人は共通して紅い目をしている。おとぎ話に出てくる古城に棲まう吸血鬼のように特異だが、これは彼女らを人外とたらしめる外的な要素の一つ。紅い目は黒と茶の瞳がまみめるこの国ではよく目立つ。それはまるで宇宙で光る恒星のように。

 目のことで突っ込まれるのは致し方ないが、果たしてウラハ、どう切り抜ける。


「昨晩、緊張しすぎて目が充血してしまいました」


 隣のクラスからどっと笑い声が聞こえた。それは明るい色の良い笑い。

 ウラハは一回の返しでクラスの心を掴んだようだ。無理もない、誰も寄せつかないくらいに華がある美人がそんな冗談を言ってはもう無敵じゃないか。


 休み時間、俺は読書するふりをして周りの声に意識を集中させていた。転入生の俺についてヒソヒソ話しているのも聞こえるが、やっぱり話題を掻っさらっているのは隣のウラハの件だ。


「ねぇねぇ隣のクラスの転入生見た? やっばいくらい美人だよ。マジで外国人みたい」

「スタイルもレベルが違いすぎるよね。映画とかに出てきそうだもん。そうそうハリウッドハリウッド」

「いや〜あの子はさすがに可愛すぎて俺でも高嶺の花だわ。西村のやつが言うには話し方もお嬢様みたいで、何て言うの、奥ゆかしさってやつ?」


 まるで春が訪れたように、この学校にはすでにウラハの類い稀なる存在感が渦まいていた。俺もふと隣の教室を覗いてみると生徒たちに囲まれて談笑している彼女の姿があった。当の本人は摩天楼のように聳え立つ生徒たちに囲まれて、容赦無く飛び交う会話についていくのがやっとな様子だったけど、まぁそれもじきに慣れるだろう。 


 俺はあえて彼女にはあまり触れず、廊下ですれ違えばお互いにアイコンタクトをしたり、最低限の接触だけに留めていた。せっかく良いスタートを切ったのだから俺が邪魔をするのも申し訳ない。


 ただ、あまりにも接しないと監視官規定に反してしまうから、時々は誰の目にもつかない旧館とかの階段の踊り場で話すこともあった。


「どう、学校生活は」


 踊り場のステンドグラスから入る鮮やかな光。その中でウラハは腕を組んで、顎をさすりながらこの三日間を振り返って唸った。それは美味しいものを食べて満足しているかのような唸り方だった。


「う〜ん思っていたよりも学校というのは楽しいところですね」


 俺は一先ず胸をなでおろす。学校だなんて社会の縮図に自ら飛び込んで、トラブルに巻き込まれた挙句『人権侵害だ!』なんて騒がれたらたまったもんじゃないからな。


「わらわは戦争の業から生まれた化身ですから意外でしたね。人間というのは混ざり合えばイデオロギーをぶつけ合い争う生物。この学校という箱庭はもっと殺伐とした場所かと思っておりましたが、人は互いに歩み寄り、まるで争いの微かな芽すらも摘んでいく、そんな几帳面な生活を送っていることがわかりました。これは大変興味深いことです」

「そう、まぁなんか楽しそうだな」

「この世界に生まれ落ち、最初の挨拶として軍艦から砲弾を喰らった身ですから、ああいった寄り添いを頂けるのは感銘を受けますよ」

「あははは……」


 人類代表として、それに関しては頭をかいて誤魔化したり笑うしかない。

 とはいえ、このままウラハが順調に学校生活を送ってくれれば、監視官の俺としては申し分ない出来だ。まぁ願わくばもっと青春してもらって、人間って素晴らしい! みたいな方向性になると上層部からの俺の評価も上がるだろう。その調子だ。頑張れウラハ!


 ——そんな中、この学校では一人、ウラハの転入を面白くないと思っている女子生徒もいた。



 


 筑前ラブリは二年生。三年生のハンドボール部エースの彼氏を持ち、愛嬌のある容姿、物怖じしない言い草で一年から三年生まで幅広く生徒たちから一目を置かれている存在。いわばスクールカーストの頂点に君臨する少女だ。それも異物がこの学校に入り込んでくるまではの話だが。ネイルで煌びやかになった爪を噛んで、筑前は憎しみを果実のように育んでいた。


 玉座が脅かされている。脅威を排除しなければ。


 無論、ウラハはスクールカーストの概念みたいなものはまだ知る余地はなく、高校という箱庭が時に人間を喰らうなんてことは、この時は思いもよらなかっただろう。







 風が閑静な商店街の下を刺すように吹き抜けて、コートをひらりとさせた男は英国紳士な風貌とは裏腹にその心は熱泉のようにたぎっていた。この街には惑星のように質量を孕んだ憎悪が浮遊していて、もはやこの世界の均衡を揺るがしかねない状態となっていた。現行世界の破滅を望んでいる男——キューブ・ゼロにとってこの街は玩具のジェンガに見えた。少し弄ってしまえばいともたやすく崩れていき、そしてその連鎖は世界へ及ぶほどの力を持っている。


「三つほども、ひしめきあっているな」


 煙草に火をつけて紫煙が尾のように流れていくと、商店街を自転車で突き抜けていた老人が急ブレーキをかけて、キューブ・ゼロの前に立ちはだかった。夜明けが闇を溶かし始めた時刻、人の気配は他にない。


「おいあんた、歩き煙草は禁止禁止。消せ消せ」

「下位種よ身の程を弁えろ」


 キューブ・ゼロは右手の袖をめくると水面の光のような銀の煌めきが弾けた。老人は光に包まれて、その光がテレビで見たことのある色をしていたことに気が付いたが、それが何の光だったのかはもう思い出せない。そして、とうとう肉体が腐敗してしまった。食欲を司る脳と運動器官だけが現世に留まり、骨と肉が剥き出しとなって、肉体はキューブ・ゼロの意のままに動く傀儡と化した。


——では探さなければな。五百人以上が一斉に会する密閉空間を。





 白く雄大な山脈のパノラマが広がり、太陽が出ているというのに吐く息が凍てつく高原のど真ん中、巨人の瞳のように巨大なパラボラアンテナが空を見つめている。ここはアマテラス天文台基地。平沢藍ひらさわあい博士は登山家のような格好で山の寒さを凌ぎ、テントを建てて肉を焼いていた。勤務中にも関わらずウイスキーの瓶を空にしているが、これは嗜んでいるわけではなく、体を温めるために飲んでいる——なんて、ここではそんな戯言が通じた。なぜなら基地には彼女しかいないのだから。


 十五年前のマゼランマン来訪による宇宙人ブームに乗っかって、勢いでだけで建設されはこの基地は“マゼランマンに次ぐ友好的な宇宙人の探索と交信”を目的とした国立天文台。設立当時は世界最高水準の電波傍受機器を搭載し、五十人もの研究員を導入していたが、結局今では国の負の遺産と化し、最小限の研究資金で運営されている。人件費削減のために日神大学の天文学教授、平沢藍博士が二十九歳の若さで孤独なる所長を務めているが、やることといえば何か電波でも拾っていないかモニターを確認するだけだった。


 しかしそんな退屈な日常も二週間前から終わりを告げている。


「酔っ払ってもいないと、正気でいられないわよ、こんなの」


 パラボラアンテナが拾ったデータを印刷した一枚の用紙。肉を焼いてる火にでも焚べてしまおうか、それとも大学に報告しようか……平沢藍はもう二週間も悩んでいた。傍受した電波を電針が描いたデータ。扇状の線が乱暴に記されているが、これは太陽フレアが発生した時よりも膨大で凶暴な数値だった。しかし太陽フレアの影響で起きうるような通信障害もGPSのエラーも人工衛星の故障も世界では起きていない。

 電波は明らかに法則的なパターンを帯びており、が発しているのは確実だった。そしてなにより芹沢藍の頭を抱えさせたのは、この謎の電波は宇宙から発せられたものではなく、


 ——この基地の真下、地中四百キロメートルから放射状に発せられた電波であるということだった。


 もしこの電波が解読されたとして、一体地殻に潜む“存在”は何を伝えようとしているのだろうか。平沢藍の中では好奇心よりも、身の毛のよだつ畏怖の方が勝ってしまっていた。


 

 

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