第4話 愛情

過去24回目の失敗から、わたしは一つの結論に至っていた。


(足りないのは、愛情だ)


これまでの人生で、様々な方法を試してきた。

厳格に、優しく、時に放任で、時に干渉を。

しかし結局、どれもルカの暴走を止めることはできなかった。


今度こそ──

今度こそ、心の底から愛されていると感じられるように。


★ ★ ★


「これからは、パパと呼んでくれていいんだよ」


村長との手続きを済ませ、ルカの手を握る。

周囲の村人たちの視線など、気にならない。もっと大切なものが、この手の中にある。


「……パパ?」

ルカが戸惑ったように呟いた。


「そう、パパだ」

わたしは満面の笑みを浮かべる。

「これからは、たくさん甘やかしてあげるからね」


ルカの表情が、困惑に染まる。

村人たちの間からは、噂話が漏れ聞こえてくる。


「化け物の子を、引き取るだと?」

「正気の沙汰じゃない」

「あんな子供を甘やかして──」


わたしは振り返り、杖を突きつけた。

もう手慣れた、演出のための魔術だ。


「わたしの息子を、化け物呼ばわりする者は許さん」


ルカが目を覚ますと、枕元には毎朝、新しい本が置いてあった。

魔術の本、歴史の本、物語の本。

欲しいと思ったものは、全て揃える。


「おはよう。よく眠れたかい?」

わたしは朝食の準備をしながら、にっこりと笑いかけた。

「今日の朝ごはんは、君の好きなパンケーキだよ」


「……ありがとう」

ルカは、まだぎこちない様子で席に着く。


「遠慮することはないんだ」

わたしは山盛りの料理を、次々と並べていく。

「パパの愛情たっぷりの朝ごはんだよ」


ルカは困ったように微笑む。

24回の人生で見てきた彼の表情の中で、最も柔らかいものかもしれない。


★ ★ ★


「新しい服はどうだい?」

「でも、こんなに高い物を……」

「いいんだよ。君に似合うものなら、どんなものでも」


市場で買い物をするわたしたちを、村人たちが驚いた目で見つめている。

最強の魔術師が、化け物の子を溺愛している──噂は瞬く間に広がった。


「パパ、みんなが見てる……」

「気にすることはない」

わたしはルカの肩を抱く。

「君はわたしの大切な息子だ。誰が何と言おうと関係ない」


その時、ルカの瞳に涙が浮かんだ。

嬉しさなのか、困惑なのか。

それとも──


「先生、いや、パパ」

修行の合間の休憩時間。

ルカが、おずおずと切り出す。


「なあに?」

「僕、魔術の練習は……しなくていいの?」


「ああ、好きなようにすればいい」

わたしは頷く。

「君が楽しいと思うことを、好きなだけ」


「でも、魔力が暴走したら……」

「大丈夫。パパが守ってあげる」


ルカは黙り込む。

その表情には、何かが欠けているような違和感があった。


それは、些細な出来事から始まった。


市場での買い物の帰り道、すれ違った子供が、わたしたちを指さして笑う。

「ほらほら、化け物の子だよ。大魔術師に拾われた」


またか、と思う。ルカと暮らし始めて数年が経っているが、この手の中傷はまだ止まない。

少し説教しておくか、と振り返るより早く、視界の端でなにかが動いた。


ルカだった。片手を挙げたその先で、馴染みのある波動を感じる。魔術だ。


わたしが制止するより早く、ルカの魔術が発動していた。

波動が、子供たちを押し倒す。

それほど強くはない。でも、意図的な攻撃だ。


子供たちは地面に転がり、唖然とした様子でこちらを見ている。市場はしんと静まり返った。


「パパ、僕が悪いの?」

ルカはわたしを見上げる。

その目は、どこか挑戦的だった。


「まあ、あの子たちが悪かったんだ」

わたしはルカの頭を撫でる。

「君は何も間違っていない」


子供たちが逃げていく。わたしたちの前を、人が避けていく。

視線だけが、粘つくように絡みつく。


これで、いいのだろうか?


そ似たような出来事は、その後も続いた。

他の子供たちへの意地悪。

店主への小さな報復。

そして、それを正当化するような視線を、ルカはわたしに向けるようになった。


「パパが言ってくれたでしょう?」

「僕は特別な存在なんだって」

「だから、これくらい、いいよね?」


気がつけば、ルカの周りには誰もいなくなっていた。

わたし以外の大人たちは恐れ、子供たちは遠ざかる。陰口すら聞こえない。

残されたのは、わたしとルカだけだ。


ある日、ルカが尋ねてきた。

「パパ、僕って、本当は化け物なの?」


「もちろん違う」

即座に答える。

「君はわたしの大切な息子だ」


「でも、みんなが──」

「みんなの言うことなど気にすることはない」


ルカは黙り込む。

その瞳の奥で、何かが歪んでいく。


事態が決定的に変わったのは、その日の午後だった。


市場の通りで、ルカが老人とぶつかる。

「この化け物が!」

咄嗟に放たれた言葉に、ルカの表情が凍る。


「パパ」

ルカが振り返る。

その目には、もう迷いがない。

「僕が正しいんでしょう?」


嫌な予感が、した。


魔力の気配が渦巻く。

強力な波動に、老人が宙に浮かび上がる。

殺意を感じる。

これまでとは明らかに違う。


殺す気だ。


「やめろ!」

わたしの声が響く。

初めての叱責だった。

だが、もう遅かった。


「どうして止めるの?」

ルカの声が氷のように冷たい。

「パパは僕の味方でしょ」


老人は地面に投げ出される。

血だまりが周囲に広がる。投げ出された四肢は、ピクリと動かない。

悲鳴が上がった。


「僕は、パパが言った通りにしたよ」

ルカの瞳が潤む。

「僕は特別な存在なんでしょう?」

「だから、僕が何をしても、それは正しいんでしょう?」


その時、わたしは理解した。

過剰な愛情が、何を育てたのかを。


ルカは続ける。

「この世界は僕を理解しない」

「でも、それでいい」

「だって僕には──」


その言葉は、途中で途切れた。

ルカの目に、傲慢な自信が浮かぶ。

「……パパがいるからね」


渦巻く魔力が、街を覆い尽くす。

氷の結晶が、建物を、道を、人々を包み込んでいく。


ダメだ。

そうじゃない。

わたしは、また――。


「次だ」

ルカの高笑いが響く中、わたしは懐に手を伸ばした。

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