シナリオキラー

タカハシU太

シナリオキラー

【第一稿】


 喫茶店の店内で、若い脚本家が緊張して座っていた。ちょうど、打ち合わせが始まったところ。年配のプロデューサーが原稿を開いたまま、さわやかな笑顔を向けてきた。

「先生、このシナリオ、これはこれでありなんですが、全体をもっとブラッシュアップしていただけませんか?」

「はい……具体的には、どこを修正すれば……」

「そこは先生にお任せします。自由に直していただき、傑作に仕上げてください」

 プロデューサーが帰り支度を始めた。まだ数分しか経っていない。

「これから次の打ち合わせがあるので、これで失礼します。先生はゆっくりなさってください」

 プロデューサーは去っていった。伝票はテーブルの上に残ったままだった。



【第百稿】


 うな垂れている脚本家の顔面に原稿が飛んできてぶち当たった。向かいにいるプロデューサーの凄んだ形相。

「何だよ、このホンは! 舐めてんのか!」

 脚本家はちらっと周りを見た。店内には、客も従業員もいない。

「ったく、一年もかかって、毎回毎回、ロクなもんを書いてこねえ。キャストから、いつホンができるのか聞かれまくってるし、出演を辞退した奴だっているんだ」

「……」

「やる気あんのか?」

「……はい」

「じゃあ、才能がねえんだよ! 脚本家なんか、やめちまえ!」

「あの……これまで書いた分のギャラは……?」

「そんなの、あるわけねえだろ! 不良品を渡されて、お代が払えるか?」

 脚本家は仕方なく立ち上がり、帰ろうとした。プロデューサーが引き止めて、胸ぐらをつかんできた。

「逃げるな」

「だって、やめろっておっしゃったじゃないですか……」

「放り投げるのか? 最後まで責任を持ってやりとおすのが、脚本家ってもんだろ? お前はプロデューサーに言われたからって、簡単にやめるのか?」

 揺すぶられ続けて、脚本家は逃れようとした。

「こういうのはよくないです。今、問題になっているじゃないですか」

 プロデューサーが脚本家を突き飛ばすように手を放した。バランスを崩して、脚本家は後方に倒れた。プロデューサーが足裏でストンピングを繰り返してきた。うめく脚本家。だが、頭に血がのぼったプロデューサーの攻撃は止まらない。

「ハラスメント? ふざけるな! 何がコンプラだ! 何がポリコレだ! 最近の連中は文句ばかり垂れて、根性がねえんだよ!」

「やめてください!」

 脚本家は泣きながら床を転げ回った。

「訴えるなら訴えてみろ! こっちは最強の弁護士たちと組んで、散々、裁判やってきたんだ! 負けたって、払えねえものは払えねえ! それにな、プロデューサーは顔を出さなきゃ、名前を変えて、活動を続けられるんだよ!」

 ようやく足蹴りが止まった。

「お前は脚本を書きたいのか? 書きたくないのか?」

 脚本家は丸まって震えたままだ。

「お前の本心を聞かせろ!」

 また蹴りが入った。

「……やりたいです」

「俺が強制したからか?」

「違います! 本当にやりたいんです!」

「少しは根性があるみたいだな」

 脚本家は起き上がれない。

「……でも、どう直していいか分からないんです……ハードボイルドだとかノワールだとか、イメージだけしかおっしゃらないし、具体的に指摘していただかないと……」

「はあ? お前は言われたとおりにしか書かないのか? 脚本家だろ? 自分で考えろよ!」

「だったら、いっそのこと、一から新たに作り直したほうがいいんじゃないですか……」

「一年、ホン作りに費やしてきた時間が無駄になるじゃねえか! お前はちょっとダメだからって、すぐに投げ出すのか? 命がけでとことん突きつめろよ!」

 もう一蹴りして、ようやくプロデューサーは腰を下ろした。

「いつまでそうしてるんだ! さっさと直してこい!」

 脚本家は涙と鼻水をぬぐいながら立ち上がった。

「やれるよな?」

「……」

「やれるよな!」

「……はい」

「声が小さい!」

「はい!」

「いい子だ。期待してるぞ」

 プロデューサーはそう言い残して、店から出ていった。伝票はテーブルの上に残ったままだった。



【第千稿】


 今日の喫茶店内には、従業員や客たちがいる。

 テーブル席で、憎たらしい笑みを浮かべたプロデューサーが原稿をかざした。向かいには視点の定まらない脚本家が座っている。

 プロデューサーは台本の一枚をびりびりと破き出す。見せつけるように、また一枚、また一枚と破って……。

 その瞬間、銃声が連発し、プロデューサーの胸に着弾していった。血が噴き出し、ガクッと息絶えた。

 無表情の脚本家が拳銃を向けていた。銃口からは煙が上がっている。

 従業員や客たちは驚いて見返したり、身を隠したりしていた。店内が騒然とする中、脚本家は平然と店から出ていった。伝票はテーブルの上に残ったままだった。


                 (了)

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