第2話 現実世界へ

 目を開く。

 白い知らない天井が目の前に広がっていた。


 ……ここは一体、どこなのだろうか?


 死んだのか? いや、そうではない。だって、僕はさっき閻魔様との会話していたからだ。

 閻魔様は僕に加護を与えてくれた。生き返るようにしてくれたはずだ。

 と、僕はぼやけた思考と共に上半身を動かす。


「っつ! 頭が痛い……」


 頭痛を感じたので、僕はそう呟く。

 目線を前の方に送ると、そこには綺麗な看護師が立っていた。

 彼女は奇跡を目あたりにしたように驚いている。


「伊藤さん! 目を覚ましたのですね!」


 綺麗な声がそう響くと、僕は思わず、あ、はい、と答える。


「すぐに先生をお呼びしますので、少々お待ちください!」


 看護師はそういうと、パタパタと慌てるように退出した。

 一体、僕はどうなったのだろうか? 僕は何日間眠っていたのだろうか? あのおばあちゃんは無事なのだろうか? 僕は同じ世界にいるのだろうか?

 ぐるぐると、考えがまとまらない。

 同じことを考えてしまうこともしばしばあった。

 しばらくしてから、メガネをかけた白衣を着た医者がやってくる。

 彼は僕のベッドの隣に腰掛けると、にっこりと笑みを浮かべる。


「やあ、目覚めたのだね。伊藤くん。自分のことは覚えているかな?」

「はい。僕の名前は伊藤哲也。16歳。千観高等学校2年生」

「うん。上的だ。どうやら、記憶障害まではいかないようだね。よかったよかった」


 医者はにんまりと笑うと、僕の方を眺める。

 その優しい目はどこか温もりを感じた。僕はこの人を安心していいと思うようになる。

 そんなことを考えていると、医者は剣幕を立ててから、僕に事実を伝える。


「で、君には落ち着いて聞いてほしいことがある」

「はい。なんでしょうか、先生」

「君はね、一ヶ月間、昏睡状態になっていたんだ」

「と言うことは、今日は?」

「九月一日だよ。夏休みは終わってしまった」


 ガーン。と僕は顔を青ざめる。

 だって、僕が眠っている間に、楽しい夏休みが終わってしまったのだ。

 夏休みの宿題もやっていないし、何もやっていない。

 これでは、一ヶ月間の間僕は損をしたんじゃないか。

 そんな凹んでいる僕を見破ったのか、先生はカラカラと笑い出す。


「別に、そんなに気にすることではない。昏睡状態の患者で目覚めるのは、滅多にないことだ。君は植物人間になりかけるところだった。でも、奇跡が起きて、君は目覚めた。神に感謝すべきなんだ」

「はい。でも、僕の夏休みが……」

「ははは。そうだね、君の夏休みはもう終わったね」


 医者は笑い出すが、すぐに真剣な表情にもなる。


「でもね、さっきも言った通り。昏睡状態の病人が目覚めることは滅多にない出来ことなんだ。君には奇跡を起こしたんだ。だから、その命を大切にしなさい」

「はい。ありがとうございます。先生」


 そんな事実を聞くと、僕は頭を下げることしかできなかった。


 ……そうか、閻魔様の加護があって、僕は目覚めたのか。


 本来なら地獄にいてもおかしくないのか。

 と、僕はそう考えると、ふと何かが目につく。

 それは綺麗な紫陽花の花だ。花瓶に入っていて、先生の隣にある机に置いてあった。

 こんな綺麗な花。誰が手入れしているのだろうか?

 僕はそんな素朴な問いを考えると、医者は目線を花瓶の方に向ける。


「ん? この紫陽花が気になるのかい?」

「はい。看護師さんが手入れしているのですか?」

「違うよ。君の知り合いだよ」

「僕の知り合い?」


 僕がそう尋ねると、医者は僕に事実を伝える。


「そう。確か名前は清子。君と同じくらいの子かな?」


 名前を聞くと、僕は大きな瞳を開ける。

 僕の唯一の幼馴染の清子。彼女が僕に面会しているのか?


「彼女に感謝するんだぞ? こんな綺麗な花を毎回手入れしているんだもの」

「はい。彼女は僕の誇れる幼馴染です」

「口が達者だね。君」


 先生が笑うと、僕も自然に笑った。

 でも、僕は嘘偽りを言っていない。僕の幼馴染はすごい人なんだ。

 綺麗だし、可愛いし、みんなにモテている人だ。

 そんな彼女が僕を面会してくれるだなんて、幸福を感じる。


「じゃあ、私は君の家に連絡するよ。すぐ退院できると思うよ」

「ありがとうございます。先生」

「今日は病院でゆっくりしなさい。退院したら、毎日忙しくなるぞ?」


 先生は冗談を交わしてから、退室していった。


 ……そうだ。退院したら僕には普通の生活が待っている。


 いつもの退屈な学校があり、いつもの勉強がある。

 僕は頭が良くない。だから、学校に行ったら、勉強をしないといけない。


「さてと、テレビでも見よう」


 と、僕はそう思ってテレビをつける。

 いつものようにニュースが流れる。本日も世界は平和でした。

 僕はそんなほっこりしたニュースを眺めていた。


「あれ? そういえば、閻魔様は僕に加護を与えたんだよね?」


 閻魔様の会話を思い出す。

 僕はラブコメ主人公のような生活を送りたいと言ったはずだ。

 でも、蓋を開けてみれば、僕は普通の生活が待っている。

 ラブコメの主人公になっていない。僕は普通な人間だった。

 加護とは一体なんのことだろうか?


「まあ、生き返っただけよしとしよう」


 僕はそういうと、ニュースに目線を移す。

 ニュースは本日のアスリート特集だ。

 アメリカに渡っている、野球選手の話題である。彼は野球界を今でも活躍していた。

 そんなニュースを見ていると、僕の心がうずうずする。

 

 ……僕も久々に体を動かそうかな?

 

 

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死んだ俺は閻魔様の加護を受けて、ラブコメ主人公に生き返った件について ウイング神風 @WimgKamikaze

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