子は授かりものと言いますが…

ayame

子は授かりものと言いますが…

 これは先日、1年ぶりに会った友人の叶子かなこの身に実際に起きたことだ。


 高校生の頃からのよき友人、叶子が1年前に結婚した。お相手はIT企業に勤めるプログラマーの男性。なんと叶子より10歳年下の30歳。恋愛ごとにあまり頓着しない叶子が突然結婚、しかも犯罪級の10歳も下がお相手とあって、友人一同は色めきたってあれやこれやと彼女を責め立てた。何せ全員40歳のおばさん。ほぼ既婚者で、色恋沙汰とは無縁の生活を長らく送っている。


 実家の家業を手伝っているという叶子は、時間の余裕もあるようで、旦那様とそれはそれはラブラブな生活を送っているのだとか。恋愛にはとんと疎かった彼女が結婚を決めた理由は旦那様からの猛アピールだったそう。なんでも仕事終わりには彼女のマンションにかかさず通い、外出先から戻ってきた彼女を出迎えていたらしい。それただのストーカーじゃんと突っ込んだ友人その1に、その場にいた全員が頷いた。大丈夫か、その旦那。心配はつきなかったが叶子が幸せそうなので、まぁいいかと祝福したものだ。


 そんな彼女からの久々のよびだし。何かあったかと、旦那も中学生の息子もほったくって駆けつけてみたら、目の前にはにっこり微笑む彼女。その口から飛び出したのは爆弾発言。


「旦那が浮気してね。相手の女に子どもができたんだって」


 ……あのぉ、叶子さん。そんな衝撃の事実を、なぜにそんな笑顔で言うかな? おかげで「ご愁傷様」というべきか「おめでとう」というべきか……ない頭を振り絞っても答えがでませんよ?






 ことの発端は1ヶ月ほど前。会社から戻ってきた旦那くんが叶子の前でいきなり土下座したそうな。


「ごめん! 俺、浮気しちゃったみたいだ」


 それを聞いた叶子はしばし沈黙した。しちゃった“みたい”ってなんだろう。


 それから床に頭を擦り付けたまま、叶子が何を言っても撫でても励ましても殴っても(殴ったんかい)頭を上げない旦那くんから聞き出した事実。


 端的に言うと「酔って会社の後輩とヤッちまった」らしい。


 飲み会の席で飲まされ前後不覚に陥った彼は何も覚えていなかったそうだが、気がつけばホテルの一室。隣には全裸の後輩ちゃん。そして自分も真っ裸。シーツやゴミ箱には何やらイタした跡。目を覚ました後輩ちゃんに「ごめん」とスライディング土下座して(土下座好きな旦那くんだな)、そのままシャワーも浴びず大慌てで着替えて逃げ出してきたらしい。


「その事実をね、隠してたの、あの人」


 幸か不幸か、その日叶子は家にはおらず、旦那くんは朝帰りを追求されることを免れた。


 だが、事態はそう簡単には終わらなかった。たった1回のこの浮気で、くだんの彼女は妊娠してしまったらしい。そして旦那くんに迫った。「あなたの子どもよ。私と結婚してくれるわよね」、と。


 旦那くんは涙ながらに断った。自分には愛する妻がいる、と。だがお相手は引かなかった。彼女いわく、旦那くんがかなり強引にホテルに連れ込んだ結果、あぁいうことになってしまった、もし結婚を拒むなら訴えてやる、と。それでも粘り強く説得を続けた旦那くん、最悪訴えられてもいい、会社をクビになってもいい、それでも妻と離婚はできない、と言い続けた結果、彼女はついに諦め、子どもを堕すことを承諾した。


「そしたらその後輩ちゃん、慰謝料を求めてきてね。1億円だってさ」

「1億!?」


 思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。叶子はというと、ミルクをかき混ぜながらくすくすと楽しそうに笑っている。


 自分ひとりではどうにも対処できなくなった旦那くんはついに叶子に土下座して「どうしたらいい?」と打ち明けた。叶子は元来おおらかな性格だ。これと決めたら全力で取り組む努力家でもある。つまりはおおらかだけどばっさりやるときはやる女だ。


 いったい彼女がどう対処したのか、続きを待っていると、彼女はすっきりした顔でにこっと笑った。


「1億あれば子どもひとり育てられるでしょう? だから私言ったの。産んでもらいましょうって」

「はい?」


 なんだその返事。産んでもらいましょうって、そんな犬猫の子どもじゃあるまいし。


 驚く私をよそに、実に真剣だった彼女は計画を旦那くんに提案した。1億の慰謝料で子どもを中絶するより、1億払って育ててもらった方がずっと有意義だと。少子化に悩むお国を救うことにもなるじゃない、と。


 そして彼女は涙目の旦那くんの尻を叩き、なんとくだんの後輩ちゃんと対峙してその提案をした。提案を受けた彼女もまた目が点になったという。そりゃそうだろう。お相手が突然嫁を連れてきたことでも大騒動なのに、その嫁から「ぜひ産んで」とせがまれたのだから。


 驚く後輩ちゃんに彼女は言い放った。


「だって私、もう40じゃない? 今更子どもも望めないと思って。でもこの人はまだ若いから、子どもをつくるチャンスあるのになって思っていたの。ほら、実際にそれを証明してくれたわけだし? この人の子どもなら絶対かわいいと思うのよね。男でも女でも優秀な子に育ちそうだし」


 ちなみに旦那くんは国立大の工学部を大学院まで修めている優秀な人だ。英語もぺらぺららしい。見てくれもすこぶるイケメンだから、叶子の言う通り理想的な子に育つ可能性はある。まぁ、相手の女のスペック次第だけど。


 彼女の言い分を聞いた後輩ちゃんはぽかんとしたものの、叶子をキッと睨みつけた。


「私、彼と結婚したいんです! 子どもを産むなら、彼と結婚することが条件です。そんな、子どもだけ寄越せだなんて、ひどすぎる……!」

「あら、子どもを寄越せなんて言ってないわ。あなたが育ててくれて構わないのよ。私が育てる義理はないもの。でも、もしあなたが困っているなら手伝ってあげようかなと思っただけなのよ。実はうちの実家、産婦人科なの。“コウノトリ・ウィメンズクリニック”っていうんだけど、知らない?」

「え? それってもしかして、歌手のChiakiとかモデルのリリーが出産した、芸能人御用達の?」

「そうそう、彼女たち、よくインスタでうちのリトミッククラスの話とかポストしてくれるのよね。アフターケアの定期検診も通ってくれてるし。私は医者にはならなかったけど、従兄弟が産婦人科医になって継いでくれたのよ。だからあなたが産むときは最優先で対応させるわよ? なんといっても大事な旦那くんの子どもを産んでくれる人だもの。もちろん出産後のケアもばっちり。Chiakiやリリーが顔を出しているベィビークラスにも参加できるよう、取り計らうわよ」

「でも……私、産むなら望まれた状態で産みたいんです。婚外子なんて……」

「大丈夫よ。彼と結婚すればいいわ」


 言い放つ叶子の隣で、旦那が悲壮感漂う表情をし「俺は叶子と別れないぞ!」と叫んだそうだ。そんな彼を指先一本で黙らせ(何か秘孔を突いたらしい)、叶子は「心配ないわ」と述べた。


「南米の奥地に重婚が可能な部族がいるの。彼にはそこの国籍を取ってもらうわ。昔留学してたときにそこの出身の人と友達になってね。今回相談したら二つ返事で了解してくれたわ。既に話は進んでいるのよ。ほら」


 そう言って叶子が後輩ちゃんに見せたのはスマホの画面。そこには見たこともない文字で綴られた書類が添付されていた。


「あ、◯σ×*$|語ってわかる? わからない? なら訳すわね。ほらここ、彼の国籍取得の準備が整った、あとはこの書類にサインしてくれればかまわないって書いてあるわ。さらにこの国の結婚証明書が2枚。第一夫人が私で、あなたが第二夫人ね」

「そ、そ、そんな……、国籍なんて、そんな簡単に手に入るはずないわ!?」

「えぇ、簡単ではなかったけれど、不可能じゃないわ。少々お高くついたけれどね。ほんの3億円」

「さ、3億!?」

「旦那くんとあなたとおなかの赤ちゃんの幸せのためなら安いものよ。ついでに私も旦那くんの子どもが見られてハッピーだし。何震えてるの? あ、第二夫人が嫌だった? 第一夫人がいいとか? 別にどっちでもいいわよ、私、寛大だから」

「いえ、あの、私、やっぱり、奥様がいる方の子どもを産むなんて、気が引けるというか……あの、お金さえいただければ、なかったことにできますし」

「ええぇ! もったいない。産んで欲しいわ。旦那くんの子どもなら、実家の病院譲ってもいいなと思ってるのよ? 両親が経営してた頃は閑古鳥の鳴く潰れかけた病院だったけど、今じゃすっかり蘇って年商20億のグループ法人に成長したのよ? だけど跡を継ぐ人がいなくて……あ、産婦人科医の従兄弟はゲイだから、俺に後継は期待するなって言うの。彼もうちでがっつり稼いだあと、同性婚を認めてくれる国の市民権買って恋人と移住したいんですって。そんなわけで年商20億を継ぐ人がいないから、その子が継いでくれたらちょうどいいなって思ったんだけど」

「この子が、年商20億……」


 後輩ちゃんがごくりと唾を飲む。彼女が望んだ1億など、年商20億に比べれば安いものだ。


「私、産みます! 産んで、この子を病院の跡取りにしてみせます!」

「まぁうれしい!」


 叶子はぽん、と手を打った。そのまま手を伸ばして後輩ちゃんと握手する。


「そうと決まればさっそく病院で診断を受けた方がいいわね。保険証は持っているかしら? 母子手帳はまだ申請してない? それは大変。従兄弟に連絡するから見てもらいましょう。あと、出産にかかる費用は気にしないでね。それから、気を悪くされないでほしいのだけど、仕事は辞めてもらえるかしら? 通勤するのも大変だと思うし、おなかの子どもに何かあったら困るし」

「はい、わかりました! 私、派遣なのですぐに辞められます!」

「そう。よかったわ。善は急げと言うし、今すぐ雇い元に連絡してくれる? 派遣先の会社は今日はお休みだろうから、月曜にでも伝えてちょうだい」

「わかりました」


 そして後輩ちゃんは言われたとおり、派遣会社に連絡をした。電話先で何やら言われたようだが、「派遣先の社員の子どもを妊娠したので辞める」と告げると、あっさり通ったらしい。


 彼女が電話を切ったタイミングで、叶子はスマホを手にした。


「あぁ、従兄弟から返事がきたわ。残念、今日は予約でいっぱいなんですって。次回でもいいかしら?」

「大丈夫です」

「じゃあ、今後の予定の確認ね。私は産婦人科の予約を入れる、あなたは今の派遣先の会社に退職の意を伝える。予約がとれたら彼から連絡させるわ。そうだ、あなたの住まいはどこ? ……アパート、一人暮らしなの? えぇっ、セキュリティシステムどころかオートロックすらないなんて! しかも駅から徒歩20分!? そんなところに年商20億のうちの会社の跡取りを住まわせるわけにはいかないわ。待ってて、知り合いにタワーマンションを用意させるから。都心の一等地、家具付きだから今日からでも住めるわよ。古臭いアパートなんてさっさと解約してしまいなさい。明日引っ越し業者を手配するわ。今日中に本当に必要な物だけ荷物をまとめておいて。いらない荷物は置いていけばいいわ、こちらで処分するから。そうと決まればあなたのとこの不動産屋にも退去の連絡ね」


 後輩ちゃんは言われるがままにアパートの解約手続きまでとったそうな。そこまで手配した叶子は、秘孔を突かれたままだった旦那くんを叩き起こし、タクシーを捕まえさせ、運転士さんにお金を払って彼女を自宅まで送るよう手配した。


 自分が寝ている間に何が起きたのかわからず、狐に摘まれたような様子の旦那くんの尻を叩いて、自分たちもその日は帰途についた。帰りながら、離婚や結婚の話が宙に浮いていることに旦那くんは気づいたそうだが、賢明な彼はそれを黙っていたという。


 翌日、後輩ちゃんのすべての手配方(退職願の受理とアパートの解約手続き)が終わっていることを確認した叶子は、仕事終わりの彼女を連れ、手配したタワマンに連れ帰った。引っ越し業者が彼女の数少ない荷物を運び入れたことを確認し、後輩ちゃんの夕食のために一流ホテルのケータリングサービスまでプレゼントしてやるなど、手厚いもてなしをした。


 そうして1ヶ月。彼女が無事雇い元と派遣会社を退職した日、タワマンを訪れた叶子は「おめでとう」と後輩ちゃんに告げた。


「あの、ありがとうございます。叶子さんにはこんなによくしていただいて……。私、頑張って跡取りを産みますね」

「まぁ、頼もしいわ」

「そうだ、あの、“コウノトリ・ウィメンズクリニック”の予約って取れたんでしょうか」

「そうそう、伝えるのを忘れていたわ。明日はどうかしら」

「はい、大丈夫です」

「ごめんなさいね、本当は早く予約を入れてあげたかったんだけど、跡取りをお迎えする準備に手間取っちゃったみたいで」

「よかった、そろそろ2ヶ月になるから、一度見てもらいたかったんです。でも、跡取りを迎える準備って、まだこの子やっと2ヶ月ですよ?」

「あら、とても大事なことよ。遺伝子チェックを疎かにはできないでしょう?」

「いでんし……チェック?」

「えぇそうよ。おなかの子どもの遺伝子チェック」

「あの、それってなんですか? あ、出生前診断ってやつ?」

「それもあるけど、うちの検査は“本当に親子かどうか”もチェックできるのよ。だって困るでしょう? おなかの子どもが本当の父親の子どもじゃなかったら。もし奥さんが浮気して、その相手の子どもだった、なんてことになったら、大きな家では大問題よ。だから生まれる前にチェックができるような体制をうちは整えているの」

「……そんな」

「だってうちの会社は、あなたとも旦那くんともなんの縁もないのよ? 私の実家だから。それを、旦那くんの子どもなら譲ってあげてもいいかな、って思っただけで。だから、旦那くんが本当の父親かどうか確かめさせてもらうのは必須じゃない?」

「……私を信じてないんですか!?」

「まさか。信じてるわよ? だからこそこんな素敵なお部屋を紹介したのだし。まさかこの後に及んで、旦那くんの子どもじゃない、なんて言わないでしょうね」

「信じてるなら、そんな検査で試すようなことしないはずです! 信じてもらえないなんて、おなかの子がかわいそうだと思わないんですか!?」

「それは思わないわね。だって、私とはなんのつながりもないんだし。そもそも旦那くんの血が入っていたとしても、私にとっては赤の他人よ。……そうね、赤の他人なのよね、なのになんで私こんなに一生懸命になっているのかしら。なんだか馬鹿らしくなってきたわ」

「それは……この子は会社の跡を継いでくれる存在だから、赤の他人なんかじゃありません!」

「別にその子でなくても会社は継げるわ。従兄弟は産婦人科医の彼だけじゃないし」

「そんな! 今更ひどいです!」

「そうね、私取り乱しちゃったわ。ごめんなさい」

「え?」

「旦那くんの子どもだからかわいがろうって決めたのに。いやだ、私もマタニティブルーになっちゃったのかしら」

「……」

「ところで、念のために確認するけれど、その子、旦那くんの子どもよね?」

「も、もちろんです」

「まぁ、明日になればわかるわ。うちの検査は優秀なの。信頼度100パーセント。期待してね?」


 そして叶子は意気揚々とタワマンを後にした。





 その後どうなったかというと。


「後輩ちゃんの行方? 知らないわ。予約の時間になっても病院に現れなかったの」


カップに口をつけた彼女はにっこりと微笑む。住んでいたタワマンからもいつの間にか姿を消していたそうだ。2ヶ月分の家賃を未払いのまま。


「タワマンを準備するとは言ったけど家賃を払ってやるとは言ってないから」


 後輩ちゃんに月100万の家賃が払えるとは思えない。住んでいたアパートも自ら解約し(ということになっている)、派遣先も派遣元も自ら退職した(こちらもそういうことになっている)彼女がどうやって生きているのか、おなかの子どもがどうなったのか、誰も知らない。ちなみに後輩ちゃんが家賃を踏み倒したタワマンは、「知り合いの不動産屋に迷惑をかけてしまったから」と、その後叶子が買い取ったそうだ。さっそく賃貸で貸し出しているのですぐに元もとれるだろうとのこと。


 叶子と旦那くんが住まう超高級マンションはセキュリティも万全、コンシェルジュもいるというから、ただの元派遣社員が手を出すのは厳しいだろう。また実家の産婦人科病院も芸能人御用達というだけあって、普段から監視カメラに警備員がずらりと揃った要塞のような造りだ。一般人が予約をとることも忍び入ることも不可能。こちらも手を出すことはできないときている。つまり、完全に後輩ちゃんの敗北というわけだ。


 1億請求されたが、叶子は当然払っていない。彼女が払ったのはタクシー代とケータリングサービス代、引っ越し代金のみ。ちなみに後輩ちゃんのいらなくなった荷物はリサイクルショップに持ち込んでいるので多少のタシにはなったとか。国籍の話は当然ハッタリ。しつこい虫をわずかな金で追い払ったことになる。


「よく後輩ちゃんの嘘だって見抜けたよね」

「だってうちの旦那、私のこと溺愛してるし?」

「ごちそうさま」

「そんな生温い目で見ないでよ。それに、旦那くんが浮気なんかできないって知ってるから」

「えらい信頼度」

「そうじゃないの。あの人、酔っぱらうとすぐに寝ちゃうの。そのまま朝までぐっすり。だから酔った勢いでイタすなんてこと絶対無理なのよ」


 叶子いわく、旦那くんはお酒にはめっぽう弱く、すぐに眠ってしまい、叩いても水を被せても(被せたんかい)咥えても(おい)乗っかっても(……。)反応すらしないのだとか。だから後輩ちゃんと何かあったとは思えず、したがって妊娠は嘘、もし本当にしているならそれは別の男の子どもということだ、と。


「ところで、本当なの? 信頼度100パーセントの遺伝子検査って」

「そんなの開発できたら年商20億にとどまっちゃいないわよ」

「だろうね」


 昔からはったりがうまい子でもあった。でもすべてがはったりではない。


「私、絶対にこの病院を再建してみせる!」


 潰れかけた実家の病院を立て直すために、彼女は敢えて医師ではなく経営コンサルタントの道に進んだ。高校卒業間際のことだ。それから苦学を重ね、奨学金をとって留学し、海外でMBAを取得、外資系コンサル会社に入社してマネージャーまで上り詰めるほど努力し、ついに独立。同時に実家の再建を始めた。死に物狂いで働いてきた彼女もふと気づけば40歳。恋愛やおしゃれを楽しむ暇もなく突っ走ってきた彼女が唯一心を穏やかにできる趣味、それを通じて旦那くんと知り合った。努力家の彼女の一面に惹かれたという旦那くんが、托卵を企む若さだけが取り柄のアホな後輩に靡くとは私も到底信じられなかった。そしてこの結果だ。


「で、旦那くんのことは許してあげたの?」

「まぁね。酔っ払ってお持ち帰りされちゃっただけだし。でも今後は外では禁酒かな」


 旦那くんは優秀なプログラマーでイケメン、また叶子のプレゼントをいつも身につけているだけあってセンスもよく、一見金回りもよさそうに見える。それを例の後輩ちゃんはかぎとって目をつけたのだろう。奥さんが40すぎのババァというのもいい材料だと思ったのかもしれない。


 だが、どう考えても相手が悪かった。叶子はこういう女だ。


「でも、私、ちょっと反省してるの。後輩ちゃんに対して」

「へぇ。どんなふうに?」

「妊娠2ヶ月目でネタバラシしちゃったでしょう? あと1ヶ月待ってやればよかったと思って。そうすれば中絶できない時期だしね。産むっていう選択肢しかとれないじゃない? 誰の子か知らないけど」


 そう、叶子はこういう女。絶対に敵に回してはいけない。能力のある女が権力も金も手にしたのだ。これ以上強い者が世の中にあるだろうか。


「でも、これでよかったのよね。変に禍根を残してこの子に何かあったら困るし」


 言いながらお腹に手を当てて微笑む。


「この子が跡を継いでも、そうじゃなくても、どうでもいいわ。ただ幸せになってくれたら、それだけで」

「あなたの子なら大丈夫よ」


 きっと強い子に育つだろう。叶子の鉄の意志と実行力を受け継いだイケメンか美人ちゃんを想像する。旦那くんは今から名前を決めるために唸りすぎて睡眠不足なのだとか。


「高齢出産だから、体には気をつけてね」

「わかってる、ありがとう」


 子は授かりものと言いますが、こうして幸せに迎えられる命、本当に尊い。どうかどの子も溢れるような幸せのもとに生まれてきますように。











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