第2話 吸血鬼の眷属になった件


 気がつくと、俺は自宅のベッドで眠っていた。


 学校に近いアパート。二階しかないプレハブ小屋みたいなやつだ。

 広さはワンルーム。部屋が一つにキッチンがついている。


 一人暮らしならばギリギリ問題ない程度の広さ。

 

 カーテンからは朝日。

 昨日、深夜徘徊してからの記憶がない。


 俺はたしか優香を寝取られて──。

 それ以降、どうしたんだっけかな。


 う~~~ん、とりあえず起きるか。

 学校どうしようかな、今日はサボるか……?


 ……などと考え、起き上がろうとすると。


「ふぎゅっ」


 なにか柔らかいものを掴んでしまった。

 ベッドの中にいるようだ。


 もしかして猫でも連れて帰ってきてしまったのか?

 このアパート、ペット禁止なんだけど。


 そう思いつつ、布団を恐る恐るめくってみると──。

 裸の少女が眠そうにこちらを睨んでいた。


 せっかく寝ていたのに起こしやがって、と言わんばかりだ。

 その白雪のような銀髪と、ルビーみたいな赤い瞳は見覚えがある。

 

「お、おまえは昨日俺に噛みついてきた銀髪女!?」


 びっくりしてベッドから飛び去る。

 銀髪女は瞼を擦ると、ふわぁっ……とあくびをして体を伸ばした。


「やだなぁ、御主人様に向かってどんな口の聞き方だい」

「ご、御主人様!?」

「そう、君はもう僕に逆らえないんだよ」


 そう言って、ベッドの端に座ると偉そうに足を組んできた。

 危ういところがチラチラ見えている。


 俺は思わず顔を背けてしまった。

 なんだかよくわからないが、絶対に訳アリだ。

 警察にでも突き出さないと……!!


「と、とにかく!! ここから出ていけよな!」

「ふぅん、嫌だと言ったら?」

「警察に突き出す!!」


 そう言って俺はポケットに入っていたスマートフォンを取り出すが……。


「待て」


 その一言で、金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。

 にやり、と銀髪女が怪しげな笑みを見せる。


「言っただろ? 君はもう僕に逆らえないと」

「な、なんで……!?」

「吸血鬼って知ってるかな?」


 吸血鬼──もちろん知っている。

 アニメや漫画で引っ張りだこの怪異。人の血を吸う美しき怪物。

 血を吸われたものは、何でも言うことを聞く眷属になってしまうとかなんとか。

 

 つまり……。


「俺は血を吸われたから眷属になってしまったってことか!?」

「そ。まぁ正式なものじゃあないけどね~~」

「くそっ……! 俺をどうするつもりだ……!!」


 そう問いかけると、ふぅむ……と悩ましく首を傾げる銀髪女。

 まさか考えてなかったのか? 負傷してとっさに血を吸った!?


「とりあえず、僕をここに匿ってほしい」

「……匿ってほしいってのは?」

「追われてるんだよ、いわゆる吸血鬼ハンターってやつに」


 吸血鬼ハンター。まるで伝奇小説の世界だ。

 どうして俺がこんな事に巻き込まれてるんだ?

 俺はただ幼馴染を寝取られただけの高校生なんだが。


「それっていつまでだよ!?」

「う~~ん、僕の傷が治るまで? 数カ月はいさせてもらう」


 まじまじと銀髪女の裸を見てみる。

 昨日あったはずの肩口から胸にかけての傷は見事に無くなっていた。


「何の傷もないが!?」

「いやん、えっち」


 裸なのはおまえだろ、と言いたくなる。

 だが俺が眼福なだけなので、黙っておくことにした。

 しかし美少女の裸が見れたぐらいでそんな怪しい案件に首を突っ込みたくない。


「俺にメリットとかは……」

「メリットを語れる立場なのかな」


 裸のまま、少女が立ち上がる。

 そのままこちらに近づいてきて──。

 俺に抱きつくと、耳元で囁いてきた。


「まぁ、僕みたいな美少女といっしょに暮らせるってのはあるかもね?」

「くっ……アリだな……」

「アリなのか……」

「うるせぇな、こちとら幼馴染が寝取られた直後なんだよ!!」


 そう言われると、同情したらしい。

 ベッドに座りぽんぽんと布団を叩いた。


 どうやら座れと言っているみたいだ。

 気がつくと体の硬直も解けていく。


 緊張しつつ、隣に座る。

 するとこちらの太ももを撫ですさりながらまた耳元で囁いてきた。


「復讐してみるかい? 僕の力ならなんとでもしてあげられるよ」


 復讐。甘美な響きだ。

 どちらかというと怒りよりショックが大きいんだけど。

 でも復讐って言われるとたしかにちょっとやってみたくなる。


 ただ……今の立場でそれをするのってすごく情けなくないか?

 幼馴染を寝取られ、復讐を決意する。うん、情けない。


 どっちかっていうと幼馴染のことを忘れてぇな。

 この吸血鬼と一緒にいれば、忘れられるか……?

 少なくとも干渉に浸る暇はなさそうだ。


「いや……いいよ、復讐とかは」

「へぇ、意外だね。君のこと少しは見直したかも」


「暗に俺のこと、ろくでなしのカスみたいだって言った?」

「そこまでは言ってない。言ったかも……」


 言ったのかよ。

 だがくすくす笑われては怒る気力もなくなってしまう。


 しかしまるで芸術のような裸だ。

 これで乳がデカかったら理性が持たなかった。

 まぁエロさより芸術性を感じる体形なのが救いだが。


 まじまじと見ていると、また「いやん」とかわざとらしく言って布団に体を隠した。

 くそっ……! 舐めやがって……!! ちょっと興奮してきた!!

 話をなんとか逸らさないと!!


「…………あんた、名前は?」

「君から名乗りなよ」


「相澤相馬。童貞だ」

「童貞かどうかは聞いてないよ」


「必要な情報かと思って……」

「全然必要じゃないよ」


 ちょっと呆れ顔になる銀髪女。

 そうなのか、童貞かどうかは吸血鬼に重要って聞いたことあるが。

 まぁ必要ないなら必要ないでいいんだけど。


「アルシュカ・ルイン・ロウハート。吸血鬼で、これから君の御主人様だ」

「よろしく頼むぜ、御主人様」

「こちらこそ」


 ぱちん、とウィンクしてみせるアルシュカ。

 う~~~ん、可愛い。


 こんな娘と同棲できるなんてひょっとして俺は幸運なんじゃないか?

 幼馴染を寝取られたところだけど……。

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