第10話 過去:キト村の女の霊

 女はとある村の村長の一人娘で、名はリーンといった。


 その村は、といっても、その村に限った話ではないのだが、村長の座に就くものは男でなくてはならない、という風習があった。


 しかし、リーンの母親はリーンを産んですぐに亡くなってしまった。


 リーンの父親である村長は、亡き妻の忘れ形見であるリーンを大事に育てた。おかげでリーンは元気にすくすくと育ち、ついに15歳になり成人となった。


 成人になると結婚をすることができる。村長の娘であるリーンと結婚すると自分が村長の座に就くことができるので、村の若い男たちはもちろん近隣の村からも、リーンと婚約を結ぼうと大勢の男たちがやってきた。


 村長は、自分の大切な一人娘をどこの馬の骨とも知れん奴にやるのは心底嫌だったが、このまま自分の跡を継ぐ者がおらずに自分が死んでしまったら、それこそ大変なことになるだろうと考えた。


 村長は悩みに悩んだ末、リーンと昔から仲の良く、村一番の戦士だった男をリーンと結婚させることにした。


 リーンにこの結婚のことを言ってやると大層喜び、男にも説明したところ、こちらも大層喜んだ。


 そうして、リーンと男の、村をあげての結婚の儀式を執り行う。



 ◇◇◇◇◇◇



 「おめでとう!」「おめでとう!」「おめでとう!」


 「ありがとうございます!」


 私ことリーンは、心の底から幸せな気持ちでいっぱいだった。


 昔から仲が良くて好きだった人と結ばれて、それを村の人たちが祝ってくれて。


 そうして、幸せで溢れた私たちの結婚の儀式は終わり、今日から二人で住む、といっても私がもともと住んでいた家に入っていった。


 「今日から、よろしくね、リーン」


 「こちらこそ」


 そうして、私たちは体を寄せ合い、口づけを交わした。


 

 ◇◇◇◇◇◇



 約一年後、父さんが病で亡くなった。


 少しの間私は食べ物も喉を通らないほど落ち込んだが、村長の妻として、この村を守らければ、と自分を奮い立たせ、なんとか持ち直した。


 「リーン、これからは僕たち二人でこの村を守っていこう」


 「ええ、そうね。私も立派な子供を産めるように頑張るわ」


 

 ......しかし、それから三年の月日が経っても、私たちの間には子供は産まれなかった。


 村の人たちの視線も次第に冷たいものになってきて、私は焦った。


 そんなある日。


 「大丈夫?最近あんまり食欲がないようだけど......」


 「体は元気なんだけれど...明日、村医者に診てもらうことにするわ」


 「僕も一緒に行くよ」


 「ええ、お願い」


 そうやって二人で村医者に行く。


 「これは......」


 「あの、リーンは大丈夫なんでしょうか?」


 夫が不安そうに尋ねる。


 「おめでとうございます、妊娠していますよ」


 「...えっ?本当に?」


 「や、やったな、リーン!ついに、ついに子供が!」


 「ええ、本当に......!」


 そうして私たちは抱き合って、互いにこの喜びを分かち合った。


 

 それから約七か月。だいぶ大きくなった自分のお腹をさすりながら、夫と話す。


 「だいぶ大きくなってきたね」


 「ええ、もうすぐ生まれるだろうって。村の人たちで赤ちゃんを取り上げたことがある人たちが手伝ってくれるみたい」


 「男の子かな、女の子かな?」


 「どっちでも絶対可愛いわよ」


 「そうだね。頑張ってね、リーナ」


 「ええ、もちろん」


 

 そうして数日たったある日、ついに陣痛が来た。


 夫はすぐに村医者と赤ちゃんを取り上げてくれる人たちを呼び、出産は無事に済む......はずだった。


 「んんーーー!んんーー!」


 「大丈夫よ、ひっひっふー、ひっひっふー」


 「ひっひっふー」


 出産は私の予想をはるかに超え、気を失いそうになるほど痛く長く続いた。


 「なかなか出てこないわね」


 「あっ、少し出てきたわ......足?」


 なかなか出てこずに、やっと出てきたのは足だった。そう、リーンが宿していた赤ちゃんは逆子だったのだ。


 「ちょっと待って、足から出てくる赤ちゃんなんて取り上げたことないわよ!」


 「どうしたらいいの!」


 「うだうだ言ってないで、手を止めないで!やるしかないわ!」


 この場に逆子を取り上げたことがある者は一人もおらず、場は混乱を極めた。


 現代のように帝王切開するような技術などあるはずもなく、その場にいる者たちは、いままで自分たちが行った方法で赤ちゃんを取り上げようとする。


 ......それから数時間。


 「んーーーー!んんーーーー!」


 「大丈夫、大丈夫よ」


 「んんんーーー!んんーーー!」


 「このままじゃ母体が持たないわ!」


 「少しずつだけど赤ちゃんも出てきているから!もう少しの辛抱よ!」


 痛い、痛い、痛い...痛い......


 「んんーー、んー、ん......」


 「ちょっと、リーン様!まずい、息してないわ!」


 「赤ちゃんだけでも取り上げるわよ!」


 私は薄れゆくなる意識の中で、強く思う。


 (私はどうなってもいいから、赤ちゃんが、げ、んき、に......)


 そうして、私の意識はふっと消え、目の前が真っ暗になった。



 ◇◇◇◇◇◇



 (......ん。あ、あれ?私、どうなって...)


 ふと目を覚ますと、そこは私が出産をしていた家だった。


 しかし、どこか変だ。なぜか浮かんでいるような......さっきまであった痛みもないし......


 そうやって周りを見回すと、『私』が、村医者と赤ちゃんを取り上げる人たちに囲まれて倒れていた。


 (ああ、私、死んだんだな......)


 死んだことがわかっても、なぜかそこまで苦しくはなかった。夫や村のみんなは悲しむだろうけど、私は私の役目をきちんと果たした。赤ちゃんを産むという、立派な役目を......


 「リーン様、すみません、本当に......」


 周りの人たちが泣いて、死んでしまった私に向かって謝っている。私を死なせてしまったことを言っているのかな?私は大丈夫、後悔はしてないから......


 「リーン様を死なせてしまった挙句、赤ちゃんも、無事に取り上げることができず......」


 

 (...えっ?)


 そうして、私は慌てて自分が産んだはずの赤ちゃんを必死になって探す。


 (いた...)


 見つけた赤ちゃんは、すでに息をしていなかった。


 (なんで...)


 赤ちゃんに触れようと手を伸ばす。しかし、なぜか手は赤ちゃんをすり抜けしまう。


 (なんでぇ、なんでぇ......私はただ、子供を産みたかっただけなのにぃ...子供が欲しかっただけなのにぃ...なんでぇ...)


 悲しみに暮れる私の声は泣いているような、醜い声になっていく。流すことのできる涙なんてもうすでにないのに。


 (子供が欲しいぃ、子供が......守ってあげなきゃ、こんなことにならないように、子供が無事に育つようにぃ、私が守ってあげなきゃぁ!)


 そうしてリーンの中に、子供に対する異様で歪な愛情が生まれた。黒くなった。

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