第9話 キト村の霊 2

 「...エリック?」


 トーナは、さっきまで隣にいたエリックが突然消えたことにすぐさま気づいて周りを見渡す。


 「...おかしい、あの石の魔力が、見えない...まさか」


 何かに感づいたトーナは下を見る。すると、地面の下から、リーナがエリックに渡した赤い石の魔力が見えた。位置にして約3~4mほど下である。


 「ふんっ」


 トーナはエリックのいる場所に気が付くと、自身の腕に身体強化魔法をかける。


 そして、手の指を揃えてナイフのようにして振り上げたと思うと、その手を地面に向かって思い切りふるう。すると、地面が一気に抉れてしまった。


 「...もう少し」


 トーナはもう一回手を振り上げ地面を抉る。すると、地面の下にあるはずのない白い床のようなものが姿を現す。


 「...この下に、エリックが...」


 そうして、次は拳を作りその白い床を砕こうと試みる。しかし、それは予想以上に固く、少しひびが入っただけだった。


 「...もう少し、身体強化、かけよう」


 トーナは腕にさらに身体強化魔法をかけ、もう一度白い床を殴る。すると、破壊音とともに白い床は崩れていく。


 「っ、危ない」


 トーナは床が崩れたことで少しバランスを崩したが、慌てずにしっかりと着地をする。


 「...ここは?」


 周りを見回すと、女の霊が黒い眼を見開いてこちらを見ており、そのすぐそばには人一人入りそうな白い箱があった。その中からは、赤い石の魔力の反応もあった。


 「お前、誰だぁ?ここは私たちの家だぞぉ!勝手に入ってくんなぁ!」


 「...邪魔、どいて」


 トーナは全身に魔力を纏い、さらに全身に身体強化魔法をかけた。


 そうすると、トーナは女の霊との間にあった5mほどの差をたった一歩で一気に詰める。


 「がっ!」


 女の霊が驚くのと同時に、トーナは拳を振り上げ女の霊の腹を思い切り殴る。


 「うぐぅっ!」


 女の霊はそんな醜い呻き声をあげて、向かいの壁まで吹き飛ぶ。


 「ふんっ」


 霊を吹き飛ばしたトーナは、エリックがいるであろう白い箱を拳で砕く。


 白い箱が砕け散ると、中からは意識はあるようだがぐったりとしているエリックが出てきた。



 ◇◇◇◇◇◇



 「ト、トーナさん......」


 「大丈夫?だいぶ、ぐったりしてるけど...」


 トーナさんが助けてくれたのか?


 「女の霊に魔力を吸われたみたいで......だいぶ体がだるいです」


 「...ん、悪いけど、少し離れてて。動けそう?」


 「はい、大丈夫です......」


 そうして僕は壁の方に移動してトーナさんから距離を取る。


 「うがぁぁぁぁ!」


 すると、 向かい側の壁の方からあの女の霊の叫び声が聞こえてくる。


 「許ざないぃぃぃ!出ていけぇぇ!」


 「子供たちを、助けて、お前を、狩ったら、出ていく」


 トーナさんがそう言うと、女の霊は長すぎるぼさぼさの白い髪を掻きむしる。


 「がぁぁぁぁ!私から、子供たちを奪うなぁぁぁぁ!」


 そうして女の霊は手を振り上げる。この動作は......!


 「トーナさんっ、危ないっ!」


 僕がそう言うと同時に、トーナさんがいたところに白い箱が現れる。


 「捕まえたぁ!」


 女の霊は真っ赤な口を大きく開き、にたぁっと口を歪ませる。


 「あなたは大人だけどぉ、特別に可愛がってあげましょうねぇ!」


 そうして、女の霊がトーナさんが閉じ込められている白い箱へと向かう。


 (くっ、!体が重くて動かない!このままじゃ、トーナさんが...)


 バガァァン!


 「えっ?」


 強烈な破壊音とともに、トーナさんが閉じ込められていた白い箱が内側から砕け散る。


 「閉じ込めるなら、もっと、固くした方がいい...」


 砕け散った箱の中から、傷一つないトーナさんが出てきた。


 「な、なんで出てこれたぁ!」


 ガシガシと髪を掻いて取り乱す女の霊。もう一度トーナさんを閉じ込めようと、手を振り上げようとする。


 「させない」


 しかし、女の霊が手を振り上げるよりも早く、トーナさんが一気に間合いを詰めて思い切り殴る。


 「うぐぅぅぅ!」


 またも女の霊が壁に叩きつけられる。トーナさんは間髪入れずに女の霊を殴り続ける。


 ボコッ!ガコッ!


 「やめろぉ!」


 ガキッ!ベキッ!


 「や、やめ...」


 ベキョッ!ゴキャッ!


 「だ、助けて...」


 (こ、怖い...)


 女の霊じゃなく、トーナさんが。


 トーナさんが女の霊を殴る音はただ人を殴るような音から、次第に骨が折れるような聞くに堪えない音へと変化していく。


 最終的に女の霊は助けを求めてた。


 「助けて?子供を攫いその魔力を吸って殺しかけておいて、助けて?」


 トーナさんはいつもより流暢に話しており、僕が見ても相当怒っていることがわかる。


 「ち、違うぅ!私は子供を守って、可愛がっていただけぇ!」


 「言い訳はいい。あっ、一つ聞いておきたいことがある」


 トーナさんはいったん女の霊を殴るのをやめて、尋ねる。


 「白い男の霊を、見たことはある?圧倒的なオーラを纏っていて、全身白い服で身を包んだ、男の霊を」


 白い、男の霊?トーナさん、いきなり何を......


 「何ぃ!何の話ぃ......」


 「そう、知らないならいい」


 そうしてトーナさんはまた女の霊を殴り続ける。


 「や、やめぇ......」


 「......」


 女の霊の言葉を無視して、殴り続ける。


 ゴキッ!


 ついに女の霊の頭蓋を砕き、その攻撃を最後に女の霊は灰となって消えていく。


 「わ、私はぁ、ただ、子供が、欲し、かったぁ、だ、けな、の...に......」


 その言葉が女の霊の最後の言葉となった。その言葉からは悪意など少しも感じず、しかし、その願いは叶わずに、女の霊は消えていった。


 

 ◇◇◇◇◇◇


 

 僕は今回の一部始終を見て、ただただ呆然としていた。


 僕が本気で挑んでも敵わなかった女の霊。それさえも圧倒するトーナさん。


 (格が違う...)


 才能があるなんて言われて浮かれていた。多少の強さの霊なら僕でも狩ることができると勘違いをしていた。


 これが現実だ。これが僕の実力だ。


 (こんなんで本当に良いのか?)


 いや、良いはずがない。このままで良いはずがない。


 もっとだ。もっと努力して、みんなの足手まといにならないように、みんなに追いつけるようにならないと。


 でも、どうすればいい?みんなに追いつくには。みんなはトーナさんと同じくらい強いだろう。トーナさんに追いつく?だめだ、イメージができない。


 だけど、まずは追いつくんじゃなくて、足手まといにならないようになるのは?大丈夫、まだぎりぎりイメージができる。


 足手まといにならないためには、実力をつける他ない。まずは僕の強みである魔法がもっと威力が上がるよう努力しないと......


 「...エリック?」


 「あっ、はいっ!何ですか?」


 いろいろと頭の中で考えていて、トーナさんが近づいていたことに気が付かなかった。


 「エリックは、村の人、ここまで、呼んで?私は、倒れてる、子供たちの、容体、見てるから...」


 「はっ、はいっ、わかりました!」


 そうして外に出ようとする。しかし、天井が高くてトーナさんが壊したところからも出れそうにない。


 「あ、あの、天井が高くてここから出れそうにないんですが......」


 「...ちょっと、失礼...」


 すると、トーナさんはいきなり僕のことを抱きかかえたと思うと、そのまま天井に空いた穴に向かって跳びあがり、外に出る。


 「...はい。これで、村行ける...」


 「あっ、ありがとうございます」


 そうして僕は、村の方に向かって走り出した。

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