第6話 魔法の練習に行きましょう。
約束した、魔法の練習の日を迎え、私は今、魔法の練習場所に向かっている。
マグノリア家の馬車にデュランと二人で、特に話すこともなく。
魔法の練習場所はデュランがマグノリア家の管轄領地を提供してくれた。アルベルトは義両親に気を使っているし、我がバーチ家は当主が不在だし、幼いティナを遠くまで連れ回すのと……という考えで、デュランとティナのマグノリア家管轄でというのはあっさり決まった。
私のところには、マグノリア家が迎えの馬車を出してくれると聞いていたが、来てみたらデュラン一人だった。
ティナもいるかと思ったが、ティナはローレル家で降ろして、そのままアルベルトと一緒に練習場所に向かったらしい。
まぁ、みんなで来ても仕方ないとは思うけど……。
ルナやマグノリア家の使用人は馬車が違うので、よく知らない人と二人の状況が出来上がってしまった。
とはいえ、特に無理に会話もしてない。
私はもともと会話がなくてもあまり気にしないし、話すこともないし。リンダとデュランってゲームで一緒にいることあったっけ……?
まぁ別に向こうも何か話さなきゃみたいな気まずい感じもないし、平気な人は平気なのよね。
そういえば前世の私、よく『一人でも楽しそうだしメンタルつよそう』みたいな扱いをされていたな。まぁ、そうなのよね。
両親も早くに亡くして、兄弟姉妹もいなくて、なんか生きることに必死になってたら友達も少ないし、彼氏も長年いなかったし。
……私が亡くなったことって、誰に届いたんだろう。職場かなぁ。職場にはちゃんと伝わってるといいな。
この世界でも、火事で死ぬのかな……一人で死ぬんだろうか。
でもアルベルトは気づいてくれてたよね? 他に友人とかいなかったんだろうか?
だいたいなんで婚約者もいない男女同士が、アルベルトと私が、婚約もせず仲良くいられたんだろう? 貴族の親同士だし、アルベルトの叔母様みたいにそういう話を出してきそうじゃない?
二人いる馬車の中で一人でぐるぐる考えていたら、もう一人に声をかけられた。
「そういえば、名乗ってませんでしたね、お互い。デュラン・マグノリアです」
「あ、挨拶が遅れましてすみません。リンダ・バーチと申します」
……。
…………。
デュランはそれだけ言うと、しばらく黙って私を見るでも見ないでもな微妙な視線の彷徨わせ方をして、そして、黙った。
うん、デュランらしい。
炎の剣の英雄の子孫である主人公のアルベルト・ローレルは主人公らしく明るく皆の中心にいるようなキャラクター。
水の槍の英雄の子孫のデュラン・マグノリアは寡黙で近寄りがたいというか……端的に言って、暗いのよね。
太陽と月というか、領土も南と北だし。対比関係って感じなのかな。
前世が日本人でシステム会社で仕事してたから、黒髪黒目の寡黙な感じはむしろ馴染みすらあるけど。
にしても、どうやったら仲良くなるんだろう? アルベルトと。
確かデュランは親愛度が上がらなくて苦労するキャラクターだった気はするなぁ……。
そんな事を考えていたら無意識に目線はデュランを見ていたらしく、不意に目が合ってしまった。
「先ほどから、考えごとですか?」
「あ、すみません。えっと、きれいな黒髪だなぁと思いまして」
「……はい?」
しまった。いくら見てしまったからとはいえ、これじゃ単なる怪しい人じゃない。十歳の子供相手に……事案じゃないか。
「あの、不躾にすみません……あの、私は、同じ黒髪でも、なんというかくすんでいるので……青みがかってきれいだなぁと……」
どうしよう事案を回避できない。
余計なこと言ったものだからデュラン見てるし。
「まだ頬の傷は残ってますね……怪我の話は、まだアレス伯爵には伝わってないのですか?」
「怪我? 私のですか?」
「もちろん」
伝わってないだろうか。私は特に言う気はなかったが、母は伝えているかも知れない。
というか多分、伝わっていたとしても、父はたいして興味がない気がする。
そうデュランに告げたが、少なくとも、自分は父になにも言われてない、という答えが返ってきた。
まったく知らなかったが、私の父、アレス・バーチとデュランの父であるマグノリア侯爵は仲が良いそうだ。
「だとしても、遠征中のうちの父がわざわざマグノリア侯爵に連絡はしないと思いますよ」
「よくリンダ嬢の話をしてると聞いたもので」
「それはお恥ずかしい限りですが……」
何話してるんだ? 正直、父は仕事仕事でいないことが多いし、前世は両親を早くに亡くしたし、結婚してないし、娘の話をする父親の想像がつかない。
それに、目の前のデュランが少し心配そうにしているのも、理由の想像がつかない。
「あの……もし何か心配でしたら、私から父に何か言っておきましょうか? 何ともないとか、デュラン様は悪くないとか」
「いえ……大丈夫です」
そういって目も合わせずにつぶやくデュランは、強がっているようにしか見えない。
目が合わないのは、デュランの目線が私の頬にあるからだろう。もう擦り傷の跡もだいぶ薄くなっているはずなのに。
「あの、デュラン様?」
「はい」
「私ならケガのことは気にしてませんし、傷をつけた代わりに婚約を迫ったりもしませんよ?」
デュランは私の言葉に少し笑みを浮かべた。まぁ、失笑でも、笑ってくれるならそれはそれで。
「俺はそんなことは考えてませんよ、ティナは考えていますが」
「ティナ様は何を考えているのですか……」
「俺と婚約してほしいそうですよ、アルベルト様を取られたくないそうです」
「はぁ?!」
極端すぎる。発想が悪役令嬢なんだよなぁティナ……伝わらないから言わないけど。
「あの! アルベルト様を取るつもりはまったくありませんわ、考えたこともありません」
「……意外ですね」
「あ、だからって傷の代わりにデュラン様に婚約を迫ったりもしませんよ? もしかして心配されてます?」
直球でそんな事を言ったせいか、デュランに笑われた。隠したりごまかしたりせず直球で笑われた。笑ったあと、少しさみしそうな顔をして小声でつぶやいた。
「俺は今、リンダ様からお断りをされたんですかね?」
「や、いや、その、そういうことではありません!」
必死に否定したが……あれ? 笑ってる……?
「からかってます……?」
「あぁ、いえ、失礼」
いや絶対からかってたじゃん……。そう抗議しようかと思ったが、不意にデュランは寂しそうに目を伏せた。
「リンダ様が無事でよかったです。……自分のせいで、目の前で人が傷つくのはもう……」
「え?」
「いえ、聞こえなかったならいいんです」
聞こえてはいた。
まだ十歳のデュランが自分のせいで誰かを傷つけたことがあるの? 単純な疑問の、え? だった。
だけどデュランはどこか辛そうで、モブみたいな自分が追求するのはどうなんだろうと口を閉ざした。
「あ、リンダ様、もう着きますよ」
そのうちに、馬車は目的地に着いてしまったのだった。
広い広い草原だった。遠くには湖。木は草原を縁取るように遠くに生い茂っている。自然豊かな絵に描いたような避暑地。
前世でも行ったことないけど、これはまごうことなき避暑地。
馬車から降りると先に到着していたアルベルトとティナが駆け寄ってきた。
「リンダ、怪我は大丈夫?」
「あ、はい。まったく問題ありませんわ、アルベルト様。ティナ様ごきげんよう。本日はお付き合いいただきましてありがとうございます」
ここはマグノリア家の領地なのでティナにもしっかりと礼をしておく。
「ここなら安心して魔法の練習ができそうです。デュラン様、ティナ様、ありがとうございます」
「気に入ったらいつでもいらしてください! アルベルト様と一緒に!」
広い広い草原で、アルベルトのそばから離れようとしないティナは、元気にそう告げた。
うん。かわいらしい。これはこれでとても子供らしくてかわいらしい。
まぁいい、ティナが子供らしいのはなにより。
それより、いよいよだ。
前半の学園パートにしか登場しないリンダ。
後半の戦略シミュレーションには一切登場しないのはもちろん、学園で行われる戦闘訓練にも姿がないリンダ。そもそもステータスが見られないリンダ。体力も魔力も力も命中率も回避率も防御力も魔法防御力も運も何も見られない、もちろん魔法属性も。
そんなリンダの魔法属性が、今日これからわかるのだ。
魔法……!
ときめきしかない……!
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