第5話 魔法属性が知りたいです。
「ねぇルナ。私、ベッドから出て挨拶した方がいいのかしら?」
「同じテーブルについてお茶を囲みますか? まだ今日でしたら、ベッドの中から出ないのもありかと」
「……ベッドから出ないことにするわ」
公爵令息と侯爵令息と侯爵令嬢。伯爵令嬢が同じ卓に着くのは荷が重い。
ベッドから出ないことを決め、歴史本はベッドサイドのデスクに置いたところで、ドアがノックされた。
「リンダお嬢様、よろしいでしょうか。アルベルト様デュラン様、ティナ様がお見えです」
「どうぞ入って」
メイドが三人を連れて入室し、ティーセットも運び込まれた。
お茶を待たず、席に着くこともせず、部屋に入ってくるなり、アルベルトは私の方に向かってきた。
「リンダ、大丈夫? ……本当にごめん。僕がかばえば良かった」
「アルベルト様にかばわれるのは絶対に嫌ですわ。私がどうなろうと、ご自身を守ってくださいませ。あなたの代わりはいないのですから。それと、私は大丈夫です」
大丈夫だと言ったのに、アルベルトは申し訳なさそうな目で私を見る。本当に大丈夫だからこっちが申し訳ない。
「アルベルト様が謝ることはありません。三人とも、ご心配とご迷惑をおかけしました。ベッドの中から挨拶するご無礼をお許しください」
私がそう言うと、黒髪の少年、デュランが私の方に歩いてきて、アルベルトの隣に並んだ。
金髪碧眼の炎の剣の英雄の子孫のアルベルト。
黒髪、黒い瞳の、水の槍の英雄の子孫のデュラン。
もちろんデュランもメインキャラクターだ。
私が今年で九歳だから、アルベルトは同じ年で、デュランは一つ上の十歳のはず。背も少しデュランのが高い。
「少し、傷がありますね……」
デュランがまじまじと私の顔を見て言う。令嬢の顔に傷がついたのを気にしているのかもしれないけど、まじまじと見られる方が困る。大したものでもないし。ご自身の顔面偏差値を理解して欲しい。
「木の枝が擦れたのは俺のせいです。申し訳ありません」
「あ、いえ、どかしてくださったんでしょう? ありがとうございました」
「リンダ様がうなっておられたので……早くどかした方がいいのかと。擦らないように気をつけたのですが……」
「結果なんともありませんし、ありがとうございます」
うなってたのか私。どんな木の枝だったんだろう……。そんな事を考えていると、アルベルトとデュランの後ろのソファでボフッと音がした。
見るとティナが不機嫌そうにソファに座り込んでいる。
「ティナ。謝罪は」
うん。その態度普通に良くないね?
しかしティナは態度を変えない。部屋の入り口の方を見て、私の方を見ようともしない。
うーん……。
「あの……」
そっと呼びかけたつもりだったが、静かになっていたせいで予想以上に皆が反応した。そんなに見なくていい。ティナは相変わらずこちらを見ないし。
「その、そのお花は、お見舞いでしょうか?」
自分から言いたくなかったけど、仕方ない。だってずっと見えてるし。
アルベルトの手には二つの花束、黄色とオレンジの、バラやガーベラの花束。
そしてティナの手にはピンクと紫の……これはデンファレと、トルコキキョウ。
お花にはそんなに詳しくないからちょっと怪しいけど、とてもきれいな花束。
「あぁ、うん。お見舞い。リンダの部屋に飾ってくれる?」
「もちろんです、ありがとうございます」
アルベルトが差し出す花束を私が受け取り、そのままルナに預ける。
そうしているとティナが立ち上がって、私の方に近寄り花束を差し出した。
「わたしからではありませんわ。お兄様からです」
「え?」
「ご自分で渡してください」
そう言ってティナはデュランに花束を押し付けるように渡し、そして無言で私に差し出された。
「ありがとうございます……」
ティナかデュランかわからないけど嬉しいし、前世の私はお花なんてそうそうもらったことがないから、戸惑ってしまう。
花束から目線をあげると、ティナが私の頬をじっと見ていた。
「……その頬の傷は、治りますの?」
「あ、はい。治癒師にはあとに残るような傷はないし健康そのものだと言われましたわ」
「そうですか……」
心なしか、がっくりしたように見える。
昨日と違うな? 顔に傷が残ってそれでアルベルトに婚約を迫らないか心配してなかった?
昨日と違う態度に戸惑っている私に気づく様子もなく、ティナは誰にともなくつぶやくように言う。
「昨日は勘違いして申し訳なかったですわ。木の枝を擦って傷を作ったのであれば、お兄様の責任でしたわ」
あー……そういうこと? アルベルトが責任を取らなくていいことに気づいたのね。そもそも誰かに責任を取ってもらおうとは思わないけど……。
そう考えていた私のベッドの横で、急にデュランはひざまずいた。
「本当に申し訳ありません、リンダ様」
「え? いえ、大丈夫です! あの、そのようなですね、その」
ひざまずくないでって言えばいいの? 立って! だとちょっと違う気がするし! なにこれどうしたらいいの?
「あの、その、私も悪かったのです。私は魔法が使えませんし、魔法の練習をしてるなんて気づかなくてですね」
「え? もしかしてリンダ様……魔法が使えませんの?」
ティナが驚いたように口に手を当てる。言って少し馬鹿にしたような口をきいた。
「あ、いえ、まだ魔法の属性もわかりません。訓練をしてないだけです」
この世界の魔法が使えないは、魔力なしを指すんだよね……。
魔法属性は遺伝子ないが、魔力は遺伝すると考えられていて、魔力なしだと貴族としては肩身が狭い。
国を興した勇者と四英雄は全員魔法を使っていたから、その人たちは王族と貴族になったから、魔力を持たない人は平民、って扱いなんだよね。
「訓練を……されないのですか?」
「したいとは思っているのですが……」
この世界の貴族で魔法が使えないのは侮蔑の対象だからね。なかったらどうしようとは思うけど、ゲームでは学園には魔法の授業があったから、きっとモブみたいなリンダなら普通程度の魔力はあるだろう。
「まだ魔法の練習をしてないのですか? いつするんです?」
「したいのですが……父も忙しいですし、兄も学園の寮にいますし、家に一人の母を連れ出すのも申し訳なく、みてくれるものがおりませんで」
私がそう言ったのとデュランが立ちあがるのは同時だった。
「でしたら、俺が見ます」
「え、でも申し訳ないですし……」
「信用できませんか? 実際ティナの魔法をみていたにも関わらず、暴発させてリンダ様にケガをさせたわけですし」
「いえ、そんなわけでは、ぜひ見ていただきたいです」
そんな言い方されたら断るの、悪気するじゃないの……。
「わたしも行きます! アルベルト様もご一緒にいかがでしょう?」
「もちろん僕も行くよ」
そんなふうに、メインキャラクターたちは盛り上がり始めた。微笑ましいなぁ……。
あ、そうか、私はアルベルトと皆を仲良くさせるためにいるんだものね。
これは早速、役割を果たすチャンス! 早いうちから仲良くなって悪いことはないでしょうし。
それにせっかくこの世界に生まれたなら、魔法属性知りたいし、魔法も使ってみたいのよね。
どうか魔力がありますように。
あとできれば、できることなら、火属性じゃありませんように。
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