第4話 これからのことを考えよう。
結局、あのまま泣き疲れて眠ったらしい。子供か。
いやまぁ、今は子供か……。
それでも、ちゃんとベッドの中に潜り込んだり、トイレに行ったり、ランプを消したりはしていたたらしい。
ノートを閉じた覚えはないけど、朝になってルナが入ってきたとき、『ずっとよく眠っておられたようですね。水差しは取り替えました』としか言っていなかったので、多分机の方には近寄らないでくれたんだろう。
もしくは何も言わないでいてくれているか……。
開いたままのノートを閉じつつ、万が一のことを考えて日本語で書いたのは正解だったな。と思った。
ノートをしまい込んだ後、ルナを呼んで身支度を調えて朝食に向かった。
「大丈夫なのリンダ? あら、目がちょっと腫れてない?」
食卓に着く前に母親が飛びついてきた。
ルナから聞いたが、母は昨日、ローレル家でのお茶会を切り上げて早めに帰ってきたものの、私が休んでいたので、そっとしておいてくれたらしい。
「目……腫れてますかね……寝過ぎでしょうか」
「あら、そうなの? よく眠れたなら何よりだわ」
前世で死んだことを思い出して悲しくなって泣きました、とも言えず、当たり障りなく返してしまう。本当のことを知ってか知らずか、優しい返事がくすぐったかった。
野菜スープと白いふかふかパンと茶色い平たいパン、オムレツ、フルーツ。
味はどれも美味しい。前世を思い出してみても食事や衛生面は特に違和感はない。日本人が作ったゲーム世界で良かった。
ただちょっと量が多くないか? と思ったが、昨日の昼以降何も食べてない私への気遣いらしい。
ありがたく完食しようと思う。残すの苦手な日本人精神。
「今日のお昼に治癒師が来て、お茶の時間にはアルベルト様たちが見えられるそうよ、お見舞いですって」
紅茶の入ったカップを口に運びながら母がそうほほえんだ。
「治癒師って、大げさではありませんか? 特に大ごとになるような怪我もありませんし」
「お顔に擦り傷があるでしょ? たんこぶもあるし。手も背中も打ったんでしょう? 木の枝の下敷きになったんだから、他にもどこかに怪我がないかちゃんと診てもらわないと」
前世が頑丈な体を持っていたので、いまいち大事にすることになれていない。
木の枝の下敷きになったこともないし。でも頭とか打ってたら大ごとなのかな?
リンダは特に病弱な設定とかではなかったので、またのんびりとしてしまう。特筆するところもない平凡な感じだったし。
あれ? でも戦闘訓練にはいなかったし、もしかしたら体が弱かったりとかするのかな?
一瞬そう考えたが、母の次の言葉であっさりと否定された。
「確かに大丈夫そうだし、リンダは健康そのものだけど、アルベルト様が治癒師を手配したから断るわけにもいかないでしょ? ティナ様からも頼まれているし」
健康そのものなのは良かったけど……ティナ?
「ティナ様からも?」
「えぇ、傷跡が残るようなことがあったら困るでしょうからって」
「あー……」
昨日のティナの様子を思い出すと、心配してくれてるのね? とはならないし、額面通りには捉えられないけど、まぁいいか……。
「治癒師の支払いはうちが持つのではないですよね? 見返りに何か要求されたりしません?」
「リンダはしっかりしてるわねぇ。支払いはローレル家だけど……あぁ、そういえばリンダに確認しておきたかったのだけど」
「はい」
「リンダ、アルベルト様と婚約したい?」
「いいえ?!」
なんなら絶対に嫌だ。
アルベルトにはハッピーエンドをつかみ取って欲しい、その邪魔はしたくない。
彼は他にいろんな男女と仲良くしないといけないのだ。私との親愛度なんて上げてる場合じゃない。
それに、バッドエンドも困る。闇色の竜の炎に焼かれるのは嫌。
火魔法のアルベルトも、今となっては怖い。絶対に嫌だ。
とはいえ急に、絶対に嫌です、なんて言えるわけもないので、極めておとなしく母に尋ねた。
「なぜ、そんなことを聞くのです?」
笑えないのをごまかすように、デザートのリンゴを口に運びつつ問いかけた。リンゴはうちの領の名産品なこともあって美味しい。
「打診されたのよ。ローレル公爵夫人からね」
「アルベルト様の叔母様から、ですか?」
「えぇ、アルベルト様が両親を亡くされてから、塞ぎ込んでいたでしょう? リンダがいると元気になってくれるって感じているみたいよ」
うなる代わりにリンゴをもう一つ口に運んだ。美味しい。結構お腹いっぱいだけど。
「魔法属性もわかりませんし……わかってから、考えますわ」
「もし火だったら婚約する?」
「そうですね、水や氷でなければ」
フォークを置いて、紅茶を飲み干して席を立った。部屋を出る前に当たり障りのない拒否もしておく。
「アルベルト様は素敵な方だと思いますけど、あの方は皆様から慕われる方ですし、私のようなものではとても婚約相手は務まりませんわ」
「リンダは昔から王道とか苦手ですものねぇ。お話を読んでもすぐ主人公より脇役に惹かれるし。だから特にアルベルト様の婚約者になりたいなんてこも、ないとは思っていたけど」
「たぶんそうですね……筋金入りにそうなんだと思いますわ……」
それはもう前世から、オタクにありがちな感じなので、という言葉は口に出さなかった。
治癒師が来るまで、部屋に歴史本を持ち込んでいろいろと確認をすることにした。
それから記憶の照合も。
四英雄のうち、アルベルトは炎の剣を継ぐローレル家の一人息子。そしてアルベルトの魔法属性は火。
本来、魔法属性は学園に入学する十五の年近くで確認をしたりするんだけど、四英雄の家は継承問題もあって確認が早い。魔法が火属性じゃなければ炎の剣を継承できないから。
魔法属性は遺伝しないけど、遺伝しないと言われているけど、実際ローレル家はほぼ火属性が生まれるし、念のために、ローレル家は火もしくは雷、風属性あたりの人と結婚するのよね、水や氷属性の人は敬遠する。
まぁ物語の強制力やご都合主義でローレル公爵家には今後も火属性が生まれるだろうけど、もしかしたら私がアルベルトの婚約者じゃないのは、魔法属性が水なのかもしれない。
ゲームでリンダ自身が婚約してるかしてないかは謎だけど、どうでもいいから語られないけど、完全にアルベルトの婚約対象からは外れていたのよね。
不思議なくらいに外れていた。
四英雄の家の生まれじゃないし、公爵家や侯爵家じゃないけど、裕福な伯爵家で父親は宰相だし、母親は今のローレル公爵夫人と仲が良くてアルベルトとは幼なじみだし、バーチ家には兄がいるから伯爵家を継ぐために私が婿を取るとかでもないし。
昔から兄のアーサーと私は家族ぐるみでアルベルトと仲が良いのよね。
亡くなったローレル公爵夫妻にもよくしてもらった。
アルベルトは主人公のせいか、いろいろと背負わされているというか、家庭事情が少しややこしい。
もともとローレル家の当主はアルベルトの父親、エルト・ローレル公爵だった。それが妻と共に事故で、それはもう闇色の竜とは関係なく事故で亡くなってしまった。
アルベルトは一人息子で、魔法属性を確認したところ火で、次期当主となることは決まったが、まだ十歳にもなっていない。
それでエルト・ローレル公爵の妹夫婦がとりあえずの当主になったのだ。妹も婿入した夫も火属性だったのが幸いした。
現在の当主のレスター・ローレルとアルベルトは血のつながりはないけど、特に仲が悪いわけでもない。
ただまぁ、実の両親を亡くして、やっぱり落ち込んだのよね。
それが半年前くらいのことで、元気にはなってきたものの、いろいろと心配になる気持ちはわからなくはない。
リンダといる時は元気だから、婚約者にというのも
、わからなくはないんだけど……。
学園に入学した時点で、アルベルトには婚約者がいなかったから、リンダじゃダメな理由があるはずなのよね。
なんだろう? 公爵夫人になるのに致命的な怪我とかじゃないと良いんだけど。
アルベルトとくっつきたくなくても、一人で、また一人で死にたいわけじゃないし。
「はい、まったく問題ないですね~ぜんぜん問題ないんですけど、せっかくなので塗り薬は出しておきますね。治癒魔法だけで問題ないですけど、せっかくですからね~」
アルベルトが手配してくれた治癒師の女性はとても朗らかだった。
せっかくだからってなんだ……?
「こちらはどうやって使うのです?」
「塗り薬は寝る前に塗ってそのまま寝てください。あ、この飲み薬もどうぞ~栄養剤みたいなものです。朝と夜、食後にでも」
うん、サプリメントだな?
「あの……それ、必要ありますか?」
「お肌がぷるぷるになりますよ~飲み薬は一週間分でお得になります。なんと五日分と同じお値段で」
コラーゲン? 通販番組なの? セール?
「なんせ絶対に傷が残らないようにと、念を押されましたからねぇ……」
「アルベルト様にですか?」
「いいえ、他の方……ですねぇ」
そう言って治癒師はハッと口を押さえる真似をした。そのあとでチラリとこちらを見る。
言いたい。けど自分からは言えない……って感じかな。
「あの、アルベルト様でなければ、どなたが?」
そう水を向けると治癒師の顔はぱぁっと輝いた。良い人そう。人柄は良さそう。裏表なくてわかりやすくて。
「ティナ・マグノリア侯爵令嬢ですね。しっかり絶対に傷が残らないように治療してください、と。何でも、傷が残ったらそれを理由にアルベルト様の婚約者になろうとするかもしれない、とか~」
「しません」
秒でバッサリ切ってしまった。目の前の治癒師が言ったわけでもないのに。申し訳ない。
というかこの治癒師の方はすごく好感が持てる。
「そうですよね~リンダ様はもともとアルベルト様の婚約者候補ですものね、傷なんて関係なしに」
「え? 私が婚約者候補なんてそんなわけないじゃないですか」
目の前の治癒師が言ったことをバッサリ切ってしまった。
申し訳ないくらい強めに否定したが、治癒師はニヤニヤしたままで、どうも、私の否定を受け入れてないように見える。またまた~とつぶやいて微笑みを浮かべている。
私、ここからどうやってアルベルトの婚約者候補を回避するんだろう……。
視界の端に何か言いたげなルナが見えたが、特に何を言うわけでもなかった。
「では、お大事にどうぞ~」
結局、一週間分の飲み薬と塗り薬を置いて治癒師は帰った。
まぁお得でも何でも、私は、バーチ家は一切請求されていないわけだが。
「この後はお見舞いに来るんだっけ? アルベルト様……だけよね?」
治癒師が帰ってルナとこの後の予定を確認する。まぁ遠征中のお父様と学園の寮にいるお兄様がいなくても、お母様がいるから、私が準備することはないが、誰が来るかはちゃんと知りたい。
「そうですね、レベッカ様からお茶の準備を仰せつかっております。リンダ様も含めて四人分ですね」
「……四人分?」
アルベルト以外に二人?
家族同士付き合いがあるからってローレル公爵夫妻が出てこないわよね?
と一瞬余計な心配が頭をよぎったが、ルナがすぐに私の疑問に答えてくれた。
「アルベルト様と、もちろんデュラン・マグノリア様とティナ・マグノリア様です。三人とも責任を感じて、是非お見舞いに来たいと」
「あぁ……」
まぁアルベルトは私と一緒にいたし、ティナは魔法を暴発させた当人だし……ん? デュランの責任ってなんだ?
「デュラン様が責任を? ティナ様の暴発を止められなかったとか?」
「それもあるとは思いますが、リンダ様の上の木の枝を下ろそうとしたときに擦り傷を作ってしまったことではないでしょうか」
???
明らかにわけがわからない顔をしている私に、ルナが手早く状況を教えてくれた。
私の上に木の枝が覆い被さり、アルベルトがルナたちに助けを求めにいった。男手が必要だと判断したルナはローレル家の御者のところまで行って、戻ってきたときには、木の枝は私の上からどいていたそうだった。
「え? デュラン様が? どうやって?」
「石と他の枝をつかってテコで枝をどかせようとしたようなのですが、その際にリンダ様の体を擦ってしまったそうです」
「あー……」
「実際、木の枝をどけてくれはしたのですが」
ほっぺたの傷はティナの風魔法を浴びたときに切れたものかと思っていたけど、よく見たらいくつかの擦り傷もあったのよね……。
どうしてだろうと思ったら……まぁ今はまだ傷は残っているものの、痕は残らないって治癒師に言われたからいいけど。
「それで、責任を?」
「そうだと思います」
うーん。
別に責任なんて感じなくても良いんだけど。
私に責任なんて感じなくて良いから、それよりアルベルトと仲良くしてくれないかなぁ。
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