第3話 どうにもならないのに。
目を開けると、ベッドの天蓋がぼんやりと見える。
天蓋付きのふかふかのベッド。前世の私では知らないふかふか。
オレンジ色の光はすでになかった。
横たわってそれから……どのくらい経ったのだろう? 日が変わったりしてないよね?
そう思いながらそっと上体を起こして、腕を動かしてみる。まだ右手にも背中にも鮮明に痛みが残っている。
うん、痛い。
薄暗い室内を見回してみる。
ベッドサイドの机にはランプとメイドを呼ぶためのベルと水の入った水差し。室内には他の人の気配はない。
ベルを鳴らせばメイドが来るだろうけど……。これは色々とまとめるチャンスよね。
なるべく物音を立てないように、ランプをつけ、ベッドから出て、自分の体を確かめるように足踏みする。少しだけある違和感は、前世のそれなりに成長した体の感覚を思い出したからだろう。急に若返った気になる。
今の私は八歳。前世は……うん、まぁいいや。どうせもう今はリンダ・バーチなんだから。
幸い、リンダ・バーチとしての記憶はしっかりある。
夢の中では別の人になっていたって感じかなぁ。
そんなことを考えながら、部屋の姿見の前に辿り着き、自分の姿を眺めてみる。
八歳らしい幼児体型。特にボリュームもなく痩せ細ってもいない。
肩を過ぎたくらいのストレートな髪。ランプの明かりだとぼんやりとしか色はわからないが、多分灰色がかった黒髪だろう。ヘアカラーもしてないのにこれだからファンタジーは。
顔立ちは華やかさはないものの、そこそこ整っている。若干つり目だけど、切れ長って程でもない。鼻も口も特にこれといった特徴はない。
なんていうか、うん、中くらい。いや、中の中の上?
前世の私の中の中の中のちょっと下よりは断然かわいくなりそうじゃない?
そうよね、メインキャラクターでは決してないけど、名も役割もあるしね。
そうよね、かわいく育つけど、すごく美しかったりずば抜けてかわいかったりするメインキャラクターたちに囲まれるってだけよね。
周りが悪い。
芸能事務所に入れるけど、デビューできないみたいな。アイドルグループに入れるけど選抜メンバーには入れない、みたいな……。補欠ではあるけどレギュラーにはなれない、みたいな……。
私のせいか……?
もっとどうにかなるか……。
いや、それより、これって、この世界って、あのシミュレーションゲームの世界よね。
姿見の前から離れ、机に向かい、引き出しからノートとペンを取り出す。
ここは、エタロマの世界だ。アルベルトもデュランもいるし間違いない。リンダだし間違いない。
ここがその世界で間違いないなら、バッドエンドになってしまったら、私は死ぬ。
死ぬじゃん、私。
アルベルトが頑張ってくれないと死ぬじゃん!
真新しいノートに、思い出せる限りのゲームの設定を書いて、対策を練ることにする。
なんか異世界小説のテンプレっぽいなぁ。こういうのは日本語で書くんだっけ?
そうして、前世のオタク魂のせいか、どこかのんびりした気持ちで、思い出せる限りのゲームの情報を書きはじめた。
『エターナル・ロマネスク~誰がための炎の剣~』
エターナル・ロマネスク、通称エタロマ。
そこそこ名の知れている、シリーズものの戦略シミュレーションゲーム。
味方ユニットたちを育てて、戦略を組んで敵を倒す。戦う相手は遙か昔にこの大地に現れた魔物たちと、魔物の味方をする闇魔法を信仰する邪教徒たち。
最終的な敵は闇色の竜と呼ばれる、闇魔法によって魔物になってしまった竜。まぁ、闇魔法の象徴みたいな扱いされている竜だ。
エタロマの世界では、遙か昔に、闇魔法により動物や竜が闇堕ちして魔物となり、そのとき光魔法を操る勇者と四人の英雄が立ち上がって、魔物と戦い、闇色の竜を封印した。
闇色の竜を封印した後、勇者と四人の英雄はそこに国を興して数百年の平和が続いたが、時間の流れのせいか封印が弱まり、邪教徒たちの仕業もあって魔物が、闇色の竜が蘇った。
その時にまた勇者と四人の英雄の子孫たちが立ち上がって魔物と戦い、闇色の竜を封印した。
この世界はその戦いを繰り返している。
その一つ一つの戦いがゲーム一作ごとに描かれている。
この、誰がための炎の剣はアルベルトたちが四英雄の子孫の代で、炎の剣はアルベルトが継ぐ聖具の名だ。
四人の英雄はそれぞれ闇色の竜を封印したときの武器を聖具として継承していて、アルベルトのローレル公爵家が炎の剣を受け継いでいるのよね。
だから本作の主役はアルベルト。
主役といっても、エタロマはシミュレーションゲーム、ちょっと難しいシミュレーションゲームなので、他の英雄の子孫も育てるし同じくらい大事。
本来のエタロマなら、そう。
四人の英雄の子孫、光魔法を継承している王族のキャラクターたちを育てて、戦略を組んで戦うのが、本来のエタロマなんだけど……。
誰がための炎の剣だけは、ちょっと性質が違うのよね。
携帯アプリ版だからなんだろうけど。大きなマップで長尺の戦闘をすることはほとんどない。
戦略シミュレーションというよりは、アルベルトを主人公とした育成シミュレーションになっている。しかも、恋愛要素もある。もう別物。
キャラクターは最初から関係性がそれなりにあって、特定のキャラクター同士では会話イベントが用意されていた。ライバル関係にあるキャラクターや仲の良いキャラクターを近くに配置するとそれぞれの回避率や命中率がアップする、という仕様はもともとエタロマの初期からある。
戦略組む上で、せっかくならこのキャラクター同士を隣にするか、……くらいのおまけ感覚だったんだけど……、他のエタロマでは。
だけどこの作品だけはそれがすごく顕著で。もうそのおまけがメインで。
しかもすべてアルベルトが中心で、アルベルトとキャラクターの親愛度が高いと、従来のような回避率、命中率アップはもちろん、必殺スキルの発動率も上がるしレベルアップ時のステータスアップ率も上がる。
さらには厄介なことに、他のキャラクターがある程度アルベルトのレベルに引っ張られるようになっている。
つまり、アルベルトが弱いとみんな弱い。アルベルトが仲良くしないと誰の能力アップも作用しない。
携帯ゲームだから視点を固定にしたんだろうけど……。
いろんなキャラクター育てるよりアルベルト一本に絞ろうと思ったんだろうけど……。
改悪だよ……。
いや、それはそれで新規ファンは開拓したんだろうけど、前世の私みたいに戦略シミュレーションしたかった人もいるわけで……。
その戦略シミュレーションは後半に追いやられた。
ゲームは二部構成になっていて、前半は学園で過ごすアルベルトが、学園生活を通して戦闘訓練でレベルを上げたり、キャラクターと会話してイベントして親愛度を上げる。
またこの親愛度を上げるキャラクターは男性三人と女性四人で、女性キャラクターに至っては最終的にゲームクリア時に親愛度が一定以上に達していれば婚約者に選べる。
クリアできればね。出来なかったらアルベルトの婚約自体ないから。
後半の第二部になると、闇色の竜の封印が解けてここからは戦略シミュレーションになる。後半になるともう親愛度は上がらない。それどころじゃない。世界を守るために戦ってるんだ。
ただ、前世の私、後半の最初のところまでしかやってないのよね……。
だって前半でちゃんと親愛度上げてレベル上げておかないと、後半すごく厳しいんだもの……。
後半そうそうに親愛度が一定以上ないと起こらないイベントがあって、そこから進めなかった。
課金アイテムを使えば後半でも親愛度が上がるけど、私は課金をしなかった。
純粋な戦略シミュレーションなら、それならなんとかなるのに……。
しかもリンダに転生するとかさぁ……。
リンダ・バーチは、四英雄の子孫ではない。王族でもない。聖具も使えないし、光魔法も使えない。稀少な魔法を使えるわけでもないし、というか戦闘に参加しない。
リンダは、私は前半しか出てこない、学園でアルベルトがみんなと仲良くするのを手助けする支援キャラクターなのよね。
ただのアルベルトの支援キャラクター。
アルベルトはたくさんのキャラクターと親愛度を上げないといけない。
親愛度を上げるためには、マップ上を移動して対象キャラクターを探して会話する。イベントで相手の好みそうな回答をする。それから学園で行われる戦闘訓練の時に近くに配置する、ペアに選ぶ等の方法がある。
キャラクターを探したり、好きそうな回答をしたり、それを助けるためにリンダはいる。
アルベルトに誰がどこにいるか聞かれたら、居場所のヒントを、好みそうな回答を聞かれたら、そのヒントを、それから現在の親愛度を教えてくれたりもする。
ただただアルベルトを助けるためにいて、戦闘時には出てこないし後半にも出てこない。らしい。
リンダのことはインターネットで調べた。一定の条件で味方になるキャラクターだと思ったから、調べた。
でも違った。
戦闘には参加しないし、隠し攻略キャラクターとかでもなかった。
だけどバッドエンドでは死ぬらしい。
バッドエンドはつまり、闇色の竜に負けた、封印できなかったその場合。
アルベルトたち主人公パーティが闇色の竜との戦いで全滅すると、アルベルトの視点でその後のみんなが語られる。
四英雄の子孫は、行方がわからなくなったり、この国を離れたりと散り散りにはなる。だけど亡くなったりはしない。
四英雄の血が途絶えると他のシリーズとの整合性がとれなくなるからだろう。四英雄と光魔法を使う王族はエタロマシリーズの軸だもの。
特別扱いは四英雄の子孫だけで、その他のキャラクターたちは、亡くなったり力を失ったりする。
「クローディアは光の力を失ってしまったし、生贄になったオリビアは戻ってこない。リンダも亡くなってしまった。
みんな失ってしまった。僕が無力だったから……。
僕はみんなを守れなかった……」
「アルベルト様、私はお側におりますわ……」
「ティナ、僕は必ず強くなるよ。いつか必ずこの国に光を取り戻すんだ。それが、炎の剣を継ぐ僕の使命だから――」
そんな風にさらっと、リンダはなんだかわからないけど死ぬ。
攻略キャラクターで戦闘に参加しているクローディアやオリビアと並んで、たいした説明もなく死ぬ。
もういっそ並べてくれてありがとうだよ。
支援キャラクターで後半出てこないし戦闘に参加しないのに思い出してくれてありがとう。
って! 自分じゃなければそう思えたけど! 自分がリンダとして生まれ変わったんじゃなければ感謝できたかもだけど!
大体なんで死ぬのリンダ?
戦ってないのに……エンディング会話はネットで見たけど、そこまで細かく調べてないしなぁ。
闇色の竜の炎が街を覆い尽くした、とかあったっけ? 街が火事になるとか?
……火事……。
頭の中にサイレンが鳴り響いた。この世界にはない音。
サイレンの音、熱さ、煙の苦しさ、喉の痛み。
急に動悸が速くなり、やたらと喉が乾く。
たまらず椅子から飛び降りるように降りて、ベッドサイドの水差しに向かう。
喉が渇く。動悸が激しい。一気に二杯ほど水を飲み干して、ベッドに腰掛けて小さくなるように上体を折り曲げた。
静まれ心臓。
大丈夫、今は火事は起きていない。
大丈夫、私は生きている。
大丈夫、大丈夫。
ここは火事が起きた、ひとりぼっちのあのアパートじゃなくて、エルトシア王国の王都にあるバーチ家のリンダの自室。
今の私は、リンダ・バーチとして生きている。
涙が溢れてくる。止められなかった。
どうして泣いてるのかもわからないのに。
泣いたって今さら何も変わらないのに。
泣いたってどうにもならないのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます