11.【少女と昔日】


「おい、起きろ。いつまで寝腐ってやがる」


 顔面に感じる違和感に、ハッと目を覚ます。

 それもそのはず。目前ではヴィクターがその右手で私の両頬を掴んでこねくり回している。


起きましたおひまひた もう起きましたよほうおひまひたひょ!」


 ヴィクターの手を慌てて払いのけて飛び起きる。

 なんとも気恥しい。かくいう私も、敵地で眠りこけてしまっていたなんて……


「ヨダレ、垂れてんぞ?」


 ヴィクターが己の口元をトントンと指差す。

 それを見て、私は咄嗟に手の甲で口元を拭った。

 しかし、その様を見て彼がフッと笑う。


「嘘だっつの」


 クククと笑うと、ヴィクターは再び先を歩き出した。


「本当に、デリカシーのない人……」


 溜め息をつきながら、私もその後を追う。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ちけぇぞ」


 長い廊下の突き当たり、ヴィクターがその扉の先を見据えたように言う。

 次の相手が、最後の四天王。そしてそれは恐らく、ロベールが散り際に名を口にしていたその人物。


「ヴィクターさん……『ニコラ』って……」

「ああ。この先には、魔王を除けばそいつしか居ねぇはずだ。だとすりゃあ、その最後の四天王が『お母さん』とやらなんだろうよ」


 己の母と重ねそうになり、掻き消すように首を振る。

 駄目だ。情にほだされてはいけない。


「開けるぞ」


 おごそかに、重い鉄扉をギィと開けるヴィクター。

 やがて、その向こう、視界に飛び込んできた景色は、薄明るい鉛色の空が背面に広がる大きな空中庭園であった。


「ふぅん、アナタがノーブルの子孫ね。言われてみれば、どことなく面影があるわ」


 その声に、ハッと視線を空中庭園の奥に移す。

 すると、なんとそこには、一見すると息を呑むような美しい女性が、高柵たかさくふちに腰掛けているではないか。


「もっと近くで、その顔を見せてちょうだい」


 彼女は、ブリオーをひらりとはためかせながらバルコニーに降り立つと、カツカツとヒールを鳴らしながらこちらへと歩み寄ってきた。


「この女性が、最後の四天王、ニコラ……」

「あら、随分と可愛らしいコを連れているのね。アナタ、お名前は?」

「アンナ、です……」

「そう、アンナさん。魔王様にお仕えする近衛兵、四天王が一人、ニコラです。よろしくね」


 名乗る私に、ニコラがにっこりと微笑む。

 そのやり取りに、ヴィクターが私の後頭部を掌ではたく。


「なに和気あいあいとしてやがる。相手は四天王だぞ」

「あ、いえ、つい……」


 クスクスと笑うニコラ。それを見て、やはり面白くなさそうにヴィクターが舌打ちをする。


「んなことより、てめぇ、俺の先祖を知ってるような口ぶりじゃねぇか。てこたぁ、四百歳越えのバアサンってことになるな?」

「あら、品性まではノーブルに似なかったのね。アナタのご先祖様はとっても紳士的なお方なのに」

「そりゃどうも。品性じゃ世界は救えないんでね」

「あら、救った先の世界を治めるのは、やはり品性よ?」


 またもクスクスと笑うニコラにヴィクターが再び舌打ちをする。


「ヴィクターさん、ノーブルさんって、もしかして……?」

「ああ、世間にゃあ俺ら一族の姓、つまりラウルスで通ってるがな、四百年前、魔王を討った俺の祖先の名は『ノーブル・ラウルス』だ」


 ノーブル・ラウルス。

 確かに、父からすらも、その名を聞いた覚えがない。


「やっぱり『勇者ノーブル』の方が響きがいいわよねぇ。子孫がこれだもの、ラウルスでくくられたらその名が泣くわぁ」

「やかましいぞババア」


 食ってかかるヴィクターに、口元を押さえ「はいはい」と肩をすくめてみせるニコラ。

 彼がこうもあしらわれるとは、実に新鮮である。


「アナタ達、とても愉快ね。ずっとお話していたいくらいだわ」

「ハンッ、正午を過ぎるまで、の間違いだろ?」


 ヴィクターのひと言に、フゥとニコラの顔が悲しげに曇る。


「そうよね。アナタには時間が無いものね」

「ああ。だがてめぇを討つ前に、ロベールとかいうチビから遺言を預かってる」


 遺言。その言葉に反応したのか、何かを言いかけて、グッと唇を噛み締めるニコラ。


「……言ってちょうだい」

「ありがとう、お母さん……だとよ」

「お母さん、か」


 フゥと溜め息をつくと、少し物憂げな表情を浮かべるニコラ。


「ヴィクターくん……少しだけ私のお話、聞いてくれる?」

「……正午までは付き合わねぇぞ」


 ヴィクターの皮肉にクスッと笑うと、ニコラは頭上の厚い雲を眺めながら語り出した。


「ワタシね、実の子を捨てて、家族も裏切って、魔人になったの」

「……そうかい」

「そして、実の子のように可愛がっていたロベールも、ワタシたちのために、散ってしまった……」

「……そうだな」

「そっけないわねぇ。私のこと、軽蔑したかしら?」


 情けなく笑うニコラを、ヴィクターがハァと呆れ顔でいさめる。


「んなの、てめぇにとっちゃあ、家族と離れてでも守りてぇモンがあったってだけの話だろうが。ったく……四百年以上も生きといて、今更だろ」


 先程のニコラを真似てか、ヴィクターもまた、呆れたように肩をすくめてみせる。


「フフッ、四百年ってね、アナタが思うよりあっという間よ……でも、ありがとう。ヴィクターくんにそう言ってもらえたら、なんだか許された気がするわ」

「馬鹿か。てめぇらのやってることは、誰からも許されやしねぇよ。だから、今ここに俺がいるんだろうが」


 ヴィクターが背からゆっくりと剣を抜く。

 それに応えるように、もう何も言うまいとばかりに鋭い眼光を向けるニコラ。


「そうね……その通りだわ。それでも、ワタシの"守りたいもの"のため……ここは、なにがなんでも通さない……!」

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