10.【少女と緋月】


「……あーあ。まんまと君の口車に乗ってしまったね」


 苦々しく笑うロベール。

 刹那、その左肩から右の胴に掛けてパックリと裂けた傷口から、一気に黒煙が吹き出した。

 見れば、なんとヴィクターの剣もまた、ロベールの突きと同時にその体躯へと振り下ろされていたのだ。


「よく耐えたな……」


 足元に突き立てた剣にもたれ掛かりながら、緋く光る鎧に話しかけるように呟くヴィクター。

 辛そうに、左胸を抑えているところを察するに、彼も相応のダメージは負っているようだ。


「相打ちを狙っていたとはね……それにしたって、僕の拳打で砕けない鎧なんて、この世に存在するはずがないんだけどな……」

 

 片膝をつきながら、苦悶の表情を浮かべるロベール。

 それに対し、ヴィクターが己の鎧を手の甲でコンコンと鳴らす。


「この『緋月あかつきの鎧』の特性……"不屈の加護"さ。こいつが喰らった全ての衝撃を減衰させちまうんだ」

「その緋い鎧も、月神の防具のひとつなんだね……まったく、やってらんないよ……」

「とは言え、それを持ってしてもこの威力だ。てめぇは誇っていい」


 力無く笑うロベールを目前に、石畳から剣を抜き、ふぅと呼吸を整えるヴィクター。

 やがて、ロベールを見下ろすと、剣を肩に担ぎ直す。


「さて、あまり時間が無ぇ。取らせてもらうぜ」

「ハハ……己を打ち負かした男と語らう猶予もくれないのってのかい? 容赦ないね、ヴィクター・ラウルス……」


 あまりの激戦にそれまで唖然としていた私は、ハッと我に返り二人の会話に割って入る。


「あ、あの! 今ヴィクターさんが魔王に会ってしまうと、何故、四天王にとって都合が悪いんですか?」


 ヴィクターがチラッと私を見る。

 やがてチッと舌打ちした彼に、ロベールがクスッと笑いながら、私に語りかける。


「君らソルーナの天啓で言うところの"月桂が日輪を食らう時"……それが今日なのさ」

「それは、お告げの冒頭の部分……?」

「そ……お嬢さん、皆既日食って聞いたことあるかな?」


 皆既日食――それは、地上から見た太陽が月とぴったりと重なることによって、昼間にも関わらず辺りがまるで夜のように暗くなるという、極めて稀少な現象のことである。

 かく言う私も、噂程度にしか聞いたことはない。


「ええ、その皆既日食と魔王に、何か関係が?」

「うん……その皆既日食をね、僕らは『失墜の刻』って呼んでいるんだ……あの魔王様の莫大な魔力が、減衰してしまう唯一の時さ」

「その皆既日食が、今日、このダフィーネ島で?」

「そ……カルロから聞いてると思うけど、なんせ魔王様はこの塔から動けないからね……だから僕ら四天王は、失墜の日に反比例して魔力が増幅するこの魔石を持たされてたってワケ……」


 口惜しそうな表情で、ロベール手のひらの満月の石をジッと見つめる。


「それじゃあ、その失墜の刻は、もう間もなく……?」

「うん……魔王様の見立てだと、正午を少し回ったたぐらい、だってさ」


 全て合点がいった。

 お告げの意味も、ヴィクターが先を急いでいた理由も、四天王が命を張る動機も――


「だが、皆既日食はほんのひと時の間だ。それを過ぎれば、魔王はその力を取り戻す。だから俺らは、こんなところでうかうかしてらんねぇのさ」


 ヴィクターが再び剣を構える。

 やはりその挙動には、一切の迷いも感じられない。


「この際だ、てめぇの遺言も聞いてやる」

「うん……じゃあさ、もし、君らが魔王様のとこまで辿り着けたなら、伝えてほしいんだ……」


 かろうじて意識を繋ぎ止めるように、ロベールが声を絞り出す。


「僕を我が子のように想ってくれたこと、感謝の念が尽きません……って」

「……ああ。確かに、聞き届けた」

「ありがと……ああ、それと……」


 やがて天井を仰ぐと、ロベールは一筋の涙を流しながら、笑みを浮かべた。


「ニコラさんにも……『ありがとう、お母さん』って……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ヴィクターさん、少し休んでください。私も多少なら、白魔術が使えます」


 長く続く廊下。ハァハァと息を乱し、その身体を引きずりながら先を歩くヴィクター。

 私の声に振り返ったその表情には、先程までのような余裕はまるで感じられない。


「治癒か……そうだな。頼む」


 やけに聞き分けのいいヴィクターの態度に戸惑いながらも、私は彼を床に休ませ、同じ目線に屈む。


「ヴィクターさん、最後の四天王の魔力は感じますか?」

「……ああ。だがそれほど近くにはいねぇ」

「なら良かった。では、鎧を外して服を脱いで下さい。私程度の魔力では、その上からでは白魔術が行き届きませんので」

「へっ……淑女じゃ、なかったのかよ」

「はいはい、早くしなさい」


 諭す私に、チッと舌打ちしながら、緋月の鎧を外すヴィクター。

 やがてその下のギャンベゾンをはだけさせると、見事に鍛え抜かれた肉体があらわになる。


「肋骨が何本か折れていますね……それに、炎症による腫れも酷いです」

「そうか……思ったほどの損傷でもなくて助かった。緋月の鎧、思った以上にいい仕事するぜ」

「……やっぱりぶっつけ本番で試したんですね」


 ヴィクターの無鉄砲さに呆れ返りながら、彼の左胸の表面をさする。

 本人がこうは言っているが、歩けていたのが不思議なほどの損傷だ。


ってぇ……おまっ、もうちと優しくだな……」

「いいから、動かないでください」


 ヴィクターの抗議を聞き流し、神経を研ぎ澄ます。やがて、ヴィクターの左胸に両手を当てた私は、魔力を集中させ、傷が完治するさまを思い描く。


「……ほぅ、一端いっぱしに使えるんだな、白魔術」

「ええ……父も生傷が絶えない人でしたので」


 白魔術の淡い光がその身体を包んでいく。

 つかの間の静けさの中、ヴィクターが天井を眺めてボーッと思いふける。


「すまねぇ……いつも、守ってくれて……」


 呻きながら、またもヴィクターがぼうっと誰かの輪郭を追っている。

 私は、胸の奥のざらつきを振り払うように、ヴィクターの治癒に注力した。


「……できる限りの施しはしました。具合はどうですか?」


 己の左胸をペタペタと触るヴィクター。ほぅと、何やら感心している様子である。


「お前、この白魔術、正午までにあと何回使える?」

「この程度の損傷なら、もう一度なら治せるかと」


 ふむと少し考えたかと思うと、ヴィクターは腕を組みながら壁に寄りかかった。


「決めた。半刻……いや、その半分ほど寝る。お前も、休めるうちに休め」

「え!? いいんですか? ここ、敵地ですよ?」

「問題無ぇ。最後の四天王も動く気配が無ぇようだしな」

「でも、ヴィクターさんが眠ってる間に何が起こったら……」


 ヴィクターの肩に手を置いたその刹那、ぐらっと彼の頭が私にもたれ掛かる。

 慌ててそれを抱きかかえるも、その拍子に兜の先端が私の鼻っ柱に打ち当たる。


「い、痛い!」


 半べそをかく私をよそに、既にすぅすぅと寝息を立てているヴィクター。余程、気を張りつめていたのだろう。


「本当に、身勝手な人ですね……」


 ヴィクターの頭を抱いたまま、その兜から覗く金色の髪を、軽く指で撫でてみる。

 そうしているうちに、やがて私も意識が遠のくのを感じていた。

 その微睡まどろみの中、私の頭の中に、またまた女性の声が流れ込んでくる。

 先の二人とは違う、大人びた艶やかな女性の声だ。


(妬けちゃうなぁ……あの二人にも、お嬢ちゃんにもね――)

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