03.【少女と魔人】

「近くで見ると、一層大きいですね」

「ああ。古塔というよりは、もはや要塞だな。山でもくり抜いたのか?」


 麓から見上げた塔は、来る者を拒むかのように禍々しく、黒々と空を裂いていた。


「そして、これが還らずの塔の……」


 目前には毅然きぜんとして構えられた城門。

 その、父の命を奪ったであろう鉄扉てっぴを前に、思わず声が上ずる。


「門を開けるぞ。覚悟はいいな?」

「え、でもこんな大きな扉、簡単には──」


 私が言い終えるのを待たずして、突然、何かの爆音が私の耳をつんざいた。例えるなら、大砲を彷彿とさせる、火を噴くような爆発音だ。

 何が起きたのか分からないまま、視線を扉に向けると、そこには、見事に風穴の空いた鉄の門と、段平を構えた彼がいた。


「開いたぞ。立てるか? 立てねぇなら置いていくがな」


 思わず地にへたりこんでしまった私に、彼が呆れ顔で手を差し伸べる。

 おそるおそる門へと目をやると、そこには鉄扉が……否、鉄扉だったものが穴を穿うがち、まるで私をせせら笑うかのように、大きく口を開けていた。


「た、立てますってば! 少し驚いただけです! だって、あんな大きな音……」


 一呼吸置いてから、改めて砕けた門を見つめる。


「それに……これは"門を開ける"とは言いません! "穴を空ける"です!」

「結果的にあいたもんはあいたんだからいいじゃあねぇか。七面倒臭しちめんどうくせぇ奴だな」


 文句を垂れながらも「ん」と突き出す彼の手を掴み、立ち上がる。

 何はともあれ、いよいよ還らずの塔への足を踏み入れるその時が来たのだ。


「やはり塔の外と中じゃあ、不可侵の呪いの濃度が違うようだな。まだ門口かどぐちだってのに、肌がピリピリしやがる」


 先にその一歩を踏み出した彼が舌打ちをする。

 続いて私も、門の中へと恐る恐る片足を入れてみる。


「これが、不可侵の呪い……」


 門の外とは明らかに空気が違う。その酷い息苦さに、バクバクと動悸がする。


「辛ぇか?」

「いえ……大したことはありません」

「やはり俺の傍にいれば、ちぃとは月神の防具の加護を得られるようだな。でなけりゃあ今頃、お前はとっくに膝をついてるはずだ」


 たった一歩でこれでは先が思いやられる。

 総大将は自城の天辺と相場が決まっている。

 私は果たして、そこにどこまで近付けるのか――先刻切ったばかりの啖呵たんかが今にもしぼんでしまいそうで、自分が情けなくなる。


「ほら、もっと防具の近くに寄って加護を浴びとけ。そしたら少しゃあマシになんだろ」


 そう言うと彼は私の肩をぐいっと引き寄せた。身体と身体が密着する。


「ちょっと! 強引な……」


 言いかけて、チラリと覗く兜の中の意外にも整った顔立ちに思わずドキリとする。

 その不意打ちも相まってか、私は思わず慌てふためく。


「も、もう少し淑女に対する扱いってものがあるでしょう!」

「淑女? ハッ……お前、いくつだよ?」

「十七です! もうすっかり大人ですよ!」

「笑わせんな、俺より十は下じゃあねぇか。淑女ってのはもっとこう、献身的な……」


 何かを言いかけて、彼が放心したように押し黙る。

 まただ。またあの目をしている。

 先刻もそうだ。彼は、きっと何かを思い出そうとしている。空白の数年間の欠片を手繰り寄せようとしているのだ。


「何か、思い出せそうですか?」

「……いや、わりぃ。敵陣で呆けるなんざ、俺の方こそ覚悟が足りねぇな」


 彼は舌打ちすると、己の兜のてっぺんをゴンゴンとその拳で小突いた。


「こっからはおふざけ無しだ。次おちゃらけたら引っぱたくぞ」

「わ、私は初めから真剣ですよ!」


 ふっと笑みを浮かべる彼に、私も表情を緩める。

 そして彼に寄り添いながら、二歩三歩と歩みを進めたその時だった。


「おや、もうむつみ合いはお済みですかな? なんとも微笑ましい光景でしたので、もう少し眺めていたかったのですが」


 だだっ広い大玄関に、どこからともなく声が響いた。

 それと同時にランタンの火が次々と灯り始める。


「ランタンがひとりでに……?」

「いや。どうやら、アレの仕業のようだ」


 ヴィクターの目線の先の突き当たり、上階へと伸びる階段の麓に、その声の主は立っていた。

 貴族のような優雅な装い。

 しかし、灰色の肌に鋭い牙、尖った耳。背中には黒い翼──それは紛れもない、魔人だった。


「こんな小娘相手に睦み合いだと? 心外だな。こいつは俺の弾除け、言わば装備だ」

「誰が装備ですか」

「ふむ、やはり大変、仲睦なかむつまじいようで。小生も心和む思いにございます」


 ニッコリと品良く微笑む魔人に対し、こちらの勇者はチッと低俗な舌打ちをする。


「お初にお目にかかります。小生は、魔王様にお仕えする近衛このえ兵、四天王が一人、ジョヴァンニと申す者。どうか、ご機嫌麗しゅう」

「なんだい、さすがは魔王さんだな。俺がこの島に乗り込んでくることなんざ、すでにお見通しだったってワケか」

「無論にございます……ああ、ご安心くださいませ。この階には小生の他、敵影はございません。よろしければ、ご一服どうぞ」


 こちらの駄弁をよそに、流暢りゅうちょうに私達をもてなそうとするその男に、私は酷く違和感を感じた。


「本当に、この人が……魔人?」


 私が父から聞いていた魔人とは、本能のままに荒れ狂う、まさに獣のような存在だ。

 しかし、このジョバンニからはどこか高潔さすら感じてしまう。


「さて、無粋とは存じますが……小生の使命は、言わずもがな。魔王様に仇なす者を粛清することにございます。しかも、よりにもよって今日という日を選ぶとは……貴女方が気の毒で仕方ありませんよ」

「だったらなんだ。玄関番風情ふぜいが俺の足を止めるな、この没落貴族が」


 ヴィクターのその一言に、ジョヴァンニとやらの顔から笑みがフッと消える。


「小生が……没落貴族、と?」


 その反応に、くくっと込み上げるように笑うヴィクターが追い打ちをかけるようにジョヴァンニを罵る。


「おおかた、地位も名誉も失くして、にっちもさっちも行かなくなった挙句に魔王に尻尾振るしかなくなったってとこだろ」

「貴族? 地位? ヴィクターさん、どういうことです?」


 私の問いに答える気があるのか無いのか、ヴィクターはニヤリとほくそ笑むと、沈黙しているジョヴァンニを指差して言い放った。


「こいつらな、元は人間だ」

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