04.【少女と代償】
「この魔人が……元は、人間……?」
困惑する私を嘲笑うかのように、ジョバンニがすましたように口を開く。
「フフ……よろしい。なにせここに足を踏み入れた久々の人間です。特別にご説明いたしましょう」
チラリと真横のヴィクターに目をやる。ムスリと黙りこくってはいるが、どうやら話の腰を折る様子もない。
「まず……そちらのマドモアゼル。もしや魔人が交配で眷族を増やしているとお思いでしたか? ま、そのような物好きも中にはおりますがね」
ジョバンニが私を指さして問い掛ける。当然、そんなもの私が知る由もない。
「違うと言うなら……一体どんな?」
私の疑問に、呆れたようにフッと口角を上げたかと思うと、突然、高揚したかのようにジョバンニが声を荒らげ始めた。
「血……ですよ! 下賎な人間でも、魔人の血液をその身体に取り入れることで魔人へと生まれ変われるのです! そもそも、純血の魔人など、今や我が魔王様を置いてその他に存在しないのですから!」
高笑いを上げるジョバンニ。その声がまるで遠くに聞こえるように、頭がくらくらする。
この魔人が口にした戯言。いや……それが紛うことなき事実であるならば、まさか――
「それじゃあ……私達が今まで散々、敵対してきた魔人は……?」
「ええ、魔王様の高貴な血族となることを選んだ者、つまり我々が血を分け与えた"元人間"です!」
何を信じていいか分からず、ふとヴィクターの兜の中を伺う。
しかし、その冷静な表情に私は全てを察してしまった。
「本当……なんですね」
いくつもの感情が混じり合う。
母や弟の命を奪った
「んで、そういうお前も、ベラベラと御託を並べられるぐらいには、ご大層な魔人様だってか?」
しばらく口を噤んでいたヴィクターが、やっとその憎まれ口を叩いた。
「左様でございます。小生は始祖である魔王様の血を口にした、名誉ある高貴な魔人なのです!」
「ほぅ。魔王から直接、ねぇ」
「フッ、信じ難いのも無理はありません。なにせ、あの御方が血を分けて下さったのはこの世で小生を含め四人、そう、我ら四天王のみなのですから! そしてこれがその寵愛の証、魔力増幅の魔石『上弦の石』です!」
しかし、それを腐すかのようにヴィクター鼻で笑う。
「いやぁ、信じてないワケじゃあねぇさ。ただ、てめぇみてぇな三下が、四天王の座を手に入れるために払った代償ってのが、一体なんなのか気になってなぁ」
「……先程から、いちいち癇に障る方ですね」
またもや不快感をあらわにするジョバンニに、ヴィクターが畳み掛けるように言葉を重ねる。
「その装いの仕立て、恐らくは近年の王都貴族の物だろう。だが俺の聞いた限りでは、そこいらの名のある伯爵や公爵、領国主が魔人になったっつぅ話は聞かねぇ……とくれば、地位を剥奪されて、自らの魂を売るしかなくなった下層の没落貴族ってのが妥当なとこだろうよ」
ヴィクターの
「ええ、そうですとも! 売ってやりましたよ! 魂なんてモノ、金貨一枚にもなりませんしねぇ。それだけじゃあない、領民の命すらも! 全て魔王様にくれてやりました!」
「そんな、まさか己の領民を……魔人に?」
青ざめる私を見て、ジョヴァンニが満足そうにニタニタとあざけ笑う。
「まず手始めに、小生の血を直々に、家臣らに飲ませました。次に、その血を領民ら百人に……そして――ま、その後は、よく覚えていませんがね」
「なんてことを……」
「もっとも、その高貴な血も薄まっていけば薄まっていくほど、どんどん知性や自我を保てないようでして。あの豚共と来たら、自分が人間であったことも忘れて、今も自分の生まれ育った国を潰し回っているんですよ? まったく……愉快ですねぇ!」
「……ハッ、高貴が聞いて呆れるな」
私達が人間同士で血を流し合っていたという事実に、今にも目眩がしそうである。
しかしそれ以上に、胸の奥が焼けるように熱くなるのを感じ、私は思わず短剣を握り締めていた。
「そこまで聞けりゃあ充分だ。そんなにてめぇの血を巻き散らすのがお好みなら、床の染みにでもしてやる」
私の怒りに応呼するかのように、ヴィクターも段平を構える。
その声は、静かだが、どこか怒りに満ちたような荒々しさを感じた。
「まったく、せっかちな方ですね。そんなに死に急ぎたくば、早速叶えて差し上げましょう!」
そう言い終えるや否や、ジョヴァンニはその両翼をはためかせ、腰のレイピアを抜いた。
しかし、次の刹那、その輪郭が揺らいだかのように見えたのも束の間、その姿を私達の視界から一瞬で消したのだ。
「消えた!?」
「いいや、違う。さっきのランタンのカラクリもそうだが、あの糞虫、目にも止まらねぇ超高速で飛び回ってやがるんだ。アンナ、目と口を閉じて俺の背中に引っ付いてろ」
ヴィクターの言うままに、私は慌てて彼の背中に縮こまるように密着した。
「どうです……見えないでしょう、追えないでしょう! これが小生の魔力です! ましてや今日は、四百年に一度の失墜の刻……こんなに身体が軽いのは初めてですよ!」
風を切るような音と、金属同士がぶつかり合うような斬撃音がエントランスに鳴り響く度、身体がビクンと硬直する。
視界を閉ざしていても、それが明らかに、ヴィクターが防戦一方に回っていることが伝わってしまう。
「もう、あの頃の……地べたを這いずり回っていた
超高速で飛行しているせいか、上下左右、四方八方から聞こえてくるジョヴァンニの声に、頭がグワングワンする。
それでも私はきつく、ヴィクターの背にしがみつく。
「小バエが、何を息巻いてやがる。いや、魔王の血を
「おのれ減らず口を……後悔しやがれ!」
化けの皮が剥がれたジョバンニの品の無い怒号。それが私のすぐ背後から聞こえた刹那、ハッとする。
他でもない、その剣先はヴィクターではなく、まさに私に向けられていたのだ。
気付けば私は膝をついていた。
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