02.【少女と覚悟】

「ヴィクターさん、もう少しゆっくり歩いて下さいよ……その格好で、なんでそんなに速く歩けるんですか!」


 いくら息を切らしても、彼は振り返りもしない。むしろその背中は、島の中央へとどんどん遠ざかっていく。


「なんだって俺がお前に合わせなくちゃあならねぇ? そもそも着いてくんな、俺には遊んでる暇なんぞぇんだ。とっとと帰れ」

「これは、自暴自棄なんじゃありません……どうか、話だけでも聞いてください!」 

「分かった分かった、明日聞いてやる。だからとっとと帰れ」

「嫌です! 無理にでも帰らせようっていうなら、二度とこの島には迎えに来てあげません。たとえ魔王を倒しても、帰りはその装備で泳いでくださいね!」


 ヴィクターは溜め息をつきながら、馬鹿馬鹿しいとも言いたげに首を横に振る。

 しかし私は、構わず問いを投げた。


「先程、"神憑りの聖女のお墨付き"って仰いましたよね? その防具は……」

「……こりゃ『月神つきがみの防具』っつぅ、焔の一族のみが契約できる代物だ。これが無ぇと魔王とは闘り合えねぇ。だからお前はとっとと帰れ」

「漆黒を纏いし焔の者……あのお告げの人物が、本当に実在したなんて!」


 私の感動など意にも介さず、舌打ち一つ、彼はうんざりした目をこちらに向けた。


「だから言ってんだろ、お告げなんて大層なもんじゃねぇ。"勇者しか月神の防具を扱えねぇんだからさっさと魔王を倒せ"って脅しみてぇなもんだ。だから、お前はとっとと帰れ」

「そんな伝説の防具、どうやって手に入れたんですか?」


 私の問いに、彼の足が止まる。

 そして、やっと追いついた私をまた一瞥いちべつすると、ぽつりと呟いた。

 

「覚えてねぇんだ」

「はい?」

「俺には、ここ三年の記憶が無ぇ。気が付いたら、ソルーナ大聖堂の祭壇に突っ立ってたんだ……この三つの防具を、大事そうに抱きかかえながらな」


 彼は虚空を見つめながら、どこか物悲しそうに打ち明けた。


「一体、何があったんですか?」

「大司教によれば、強すぎる契約を三つもしたもんだから、脳ミソが焼き切れちまったらしい」

「そんな……その大司教さんは、空白の期間について何と?」

「この防具を揃えるために、世界中を駆けずり回ってたらしい。まぁ、その苦難も達成感もすっぽり抜けちまったってんだから、なんとも味気ねぇ話だがよ」


 なんとも腑に落ちない様子で、彼はふっと乾いた笑いを漏らした。

 しかし次の瞬間、ふいにこちらを真っ直ぐに見据える。

 

「で、お前……まさか塔まで着いてくるつもりか?」


 ドスの効いた声色が私をたしなめる。

 しかし、その威圧感にたじろいながらも、その視線を真っ向から受け止めながら答えた。


「はい……私、少しでもヴィクターさんの、魔王討伐の力になりたいんです。たとえ拒まれても、魔王の最期を見届けるまでは帰りません!」


 束の間の静寂。

 やがて、彼がゆっくり口を開く。


「残念ながら……お前は、魔王とは立ち会うことすらできない」

「……どうしてです?」

「魔王の放つ魔力だ……『不可侵の呪い』なんて呼ばれていてな。奴に近付く程に、その魔力に当てられて、やがては命を焼かれちまう」

「近付く、だけで……?」

「ああ。そして、その呪いに抗えるのが、この月神の防具ってわけさ。三つ揃って、ようやく耐えることができる。つまり、その、今までの討伐隊は……」


 言い淀む彼の言葉に、胸が詰まる。

 不可侵の呪い――なるほど、魔王の顔を見た者が誰一人としていないはずである。

 挑むことすら許されない無慈悲な力……父はさぞ無念だったであろう。

 そしてきっと、一見このぶっきらぼうに見える男は、私を気遣い、その事実を告げることを躊躇ためらっていたのだ。


「分かったろ。お前を守れる保証は、ハッキリ言って皆無だ。だから……帰れ」


 更に強い口調で、再び彼がたしなめる。

 だが、私とて半端な気持ちでこの地に立ってはいない。

 

「そう言うヴィクターさんこそ……たった一人で、魔王に勝てるんですか?」

「お前に比べりゃあ、百倍勝算はある」

「でも、もしあなたが倒れたら……世界の、私たちの想いは、どうなるんですか? だから、たとえほんのわずかでも力になれるなら……私を連れて行ってください!」

「お荷物背負って勝てる相手じゃねぇって言ってんだよ」


 その目が、私の細い腕に向けられる。


「わ、私だって、この数年間を、ただ無駄に過ごしていたわけじゃありません! 剣術は父に教わりましたし、魔法だって勉強して……」

「勉強……ねぇ」


 ヴィクターが、呆れたように鼻を鳴らす。


「そ、それに……いざとなったら、ヴィクターさんだけは私が守ります。こう見えて、身体だけは頑丈なんですから!」

「身体だけは、頑丈……?」


 真っ直ぐ食い下がる私を見て、彼は少しの間、考え込む。

 そして少し考えると、先程よりも長めの息を漏らした。


「……もう勝手にしろ、弾除けにでも何でも使ってやる。ま、俺のそばにいれば、防具の加護を少しばかりは受けられるかもしれないしな」

「は……はいっ!」


 思わず顔が明るくなる。

 すると彼は、苛立ったように舌打ちをした。


「ただし、邪魔になると判断したら、問答無用で舟にぶち込んで突き返す。いいな?」


 少し認められたような気がして、思わず笑みが零れる。

 そんな私の様子を見て、彼は再び空を仰ぎながら、独り言のように呟いた。


「俺を守る、か……」

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