第5話 しろがねの鏡の中に
ユニコーンスレイヤーは返事ができなかった。いったん保留し、バーチャタイルを抜けた。
いま、リアルの彼はベッドに横たわって天井を眺めている。
彼との会話のログは手元に残っていないが、警察や運営に通報すれば、簡単に足跡を追って計画を止めることができる。
だが、ユニコーンスレイヤーはそうしようとは思えなかった。
自分の中のモヤモヤが晴れない。彼は
その日の夜、ガンサバイブ・プラネットの公式アカウントが、バーチャタイルにガンサバエリアが新実装されるという情報を解禁。それに合わせて、大規模大会の開催を告知した。そこには大手Vtuber事務所から人気Vtuberが多数参戦、もちろん著名ストリーマーやプロゲーマも呼ばれ、その中にはアルストロノーヴァ一期生の名前もいくつか見ることができた。
もちろん、ケラ子もいた。
ケラ子は大会の告知をリポストし、『震える……。がんばりまっす!』とコメント。多くの好意的なリプライをもらっていた。
『いや……さすがに緊張しますよぉ〜……!』
配信枠の中で、舌足らずな口調で語るケラ子。その言葉には、興奮と期待が見え隠れしていた。
Vtuberとして大きく躍進する重要なステップだ。いつもは猪突猛進な彼女も、完全にいつも通りとはいかないらしい。
そうして喜ぶケラ子のすべてが、ユニコーンスレイヤーにとっては辛かった。
気がつけば彼は、マシュマロを開いていた。
【ケラ子さんへ。
いつも配信、楽しく拝見させてもらっています。
このたびは、バーチャタイルガンサバ大会へのご参加、おめでとうございます。🎉🎉🎉
ただ、こうした外部での大型イベントへの参加は、もう少し慎重になった方が良かったんじゃないかなーと思います。ケラ子さんにも大きな機会であることは間違い無いですし、新しいリスナーと獲得末うチャンスかもしれません。しかし、アルストロノーヴァはまだスタートしたばかり。目先の登録者にとらわれず、きちんと腰を据えて地盤を固めていった方が、長期的に見てプラスになるような気もします……(エラそうな口きいてすみません!🙏)
よその男性ライバーさんやストリーマーさんとの絡みも、今のケラ子さんのリスナーが】
「……くそっ!!」
ユニコーンスレイヤーは立ち上がり、机を叩く。自分が何をしようとしているのか、気づいてしまったのだ。
こんなものを送って、いったい何になる。ケラ子が「わかりました! じゃあやめます」とでも言うと思っているのか。
思っていない。ただ、自分が苦しんでいるということを伝えたかった。自分の嘆きを、届かせたかった。
ユニコーンスレイヤーは、自分に送られてきた、
いななきを、響かせずにはいられないのだ。
世界を揺るがすほどの大事変。当たり前だった日常の崩壊。それを共有することが、ユニコーンにはできない。話せば鼻で笑われる。彼らの嘆きは、常に孤独なものだ。
しかし――これは、ダメだろう。
こんなものを、送って良いはずがない。届かせて良いはずがない。
確かに自分は苦しんでいる。だが、そんなことは、彼女の活動には関係ない。
それにそもそも、こんなことをしても、こんなモノを送りつけても――きっと自分は救われない。
『いやぁ〜、めっちゃ楽しみ〜! 私、めどどさんと同じチームになったんですよぉ〜! 実は昔から大ファンで……!』
きらきらした笑顔で語るケラ子の言葉が、突き刺さる。
めどどは、FPS界隈で有名なストリーマーの名前だ。一時期はプロ集団にも所属していたが、現在はメインの活躍の場をTwichとYoutubeに移している。大型企画に参加することも多く、Vtuberの知り合いをたくさん増やしており、Vオタからの認知度も高い。
きっと、ケラ子とも仲良くできるだろうな、と思う。
そして、ケラ子とめどどが絡めば、絶対面白いやり取りがあるだろうな、とも思う。
そもそも彼はチャラそうに見えるが、誠実なストリーマーだし、そもそも既婚者だ。配信上で絡んだからと言ってそれが妙な関係に発展なんてするはずがない。
だがこれは、そういう話ではないのだ。
そんな正論は、なんの慰めにもならない。
ユニコーンスレイヤーにできることはひとつだけだ。
「ありがとう、ケラ子。……たぶん、
昔見たアニメの主人公のセリフを口にして、ユニコーンスレイヤーはその日初めて、ケラ子の配信を切った。
自分を
彼がユニコーンスレイヤーとバ美肉授乳カフェで顔を合わせてから、2週間が経過していた。それはつまり大会の告知から2週間ということでもあり、そしていよいよ、開催が当日に迫っているということでもあった。
バーチャタイルのガンサバエリアは、VRゲームであるという点で従来のFPSとは異なる。つまり、これまでFPSで活躍してきたプロゲーマーやストリーマーの知識が、すべて役に立つわけではないということだ。だが、ゲームの基本的なシステムについては基礎知識があった方が良いのは間違いない。どういうことかと言うと、この2週間の間に、参加者は顔合わせを済ませ、PC版のガンサバイブ・プラネットで練習配信などをしていた。
もちろん、ケラ子もだ。
腸が煮えくり返るような思いだった。
おそらくケラ子は、「全体的にクオリティが低い」というコンセプトのライバーなのだ。それを成功させたのは、興味を抱けるギリギリのラインを見極めて繊細に設定や立ち絵を詰めた運営の力量と、ケラ子自身のキャラクター性。わかっていながらも、まんまとその策略にハマってしまった。
だが、アルストロノーヴァは彼女たちの売り方を間違えた。
よりによって、こんなイベントに放り込むなど。
ガンサバエリアは、このロビーエリアからアクセスが可能だが、現在は運営の招待を受けていないと入室できない。しかし、
リアルでの彼は、ガンサバ大会の話を企画が立ち上がってからずっと、怒りと苛立ちを隠せなかった。端的に言って、FPS企画が嫌いなのである。FPSやMOBAのようなゲームの界隈は割と男性的であり、そこで実力を発揮する女性Vtuberというのは、男性Vやストリーマーと絡むことに躊躇がない。ユニコーンに優しくないのだ。FPSによって古き良きライバー文化が破壊され、延々と練習配信を繰り返すようになってしまったVtuberも少なくない。
だが、軌道に乗りかけた計画を阻止するのは困難を極めた。
「我がただひとつの望み……」
このロビーエリアは、中世ヨーロッパの宮殿を意識した内装になっている。そこにかけられたタペストリーは、15世紀末にフランスで作られた有名なものを、そのままの絵柄で再現していた。題名は「貴婦人と一角獣」。有名なロボットアニメ作品に登場したものでもあり、
「いよいよですね、
参加者のひとりが、緊張した面持ちで言う。
「ああ……。俺たちの嘆きを、全世界に伝える時だ」
ちらりと時計を見た。もうすぐ決行時刻だ。結局、ユニコーンスレイヤーは来なかった。
彼はこの2週間近く、一度も配信をせず、XなどのSNSにも浮上していない。もしかしたら、自己矛盾に耐えきれずに界隈から逃げしたのかもしれなかった。Vを推すという行為自体に嫌気が差し、手を引いた可能性もある。残念ではあるが、それはそれで、ひとつの選択だろう。
そう思っていた時。
「お、おい。あれって……」
「まさか、嘘だろ……!?」
「俺たちを止めに来たんじゃ……」
集まった同志たちがざわつく。
タキシード姿に「角」「折」と掘り込まれた仮面。前回あったときとは明確に違う点がひとつあり、仮面の額からは長い一本の角が、猛々しく伸びて天へと主張している。
「遅れてすみません」
彼は立ち止まり、警戒を解かない周囲の同志たちと見回す。そして、恭しく一礼した。
「どうも、ユニコーンの皆さん。ユニコーンスレイヤーです」
なんだかんだ、ユニコーン界隈では有名人だ。この中には、彼に過激なマシュマロを送って一笑に付されたものも少なくない。空気がピリつくのも当然と言えた。
集まっていた同志たちは警戒を解かなかったが、その中のひとりが、ぽつりと呟く。
「角が生えてる……」
同志たちの間にざわめきが広がる。
「来たか。同志よ」
ユニコーンスレイヤーがユニコーンと化した事実は、彼を知る者たちに大きな影響を及ぼすだろう。人がみな、誰もが心に飼っている潜在的ユニコーンの存在。多くの企業Vも、そこから目を背けることは難しくなるはずだ。彼の合流には、大きな意義がある。
「残念ですが、違うのです。
「なに……?」
だが、ユニコーンスレイヤーはその歓声に応じることなく、静かにかぶりを振った。ゆっくりと歩いて行き、そして、ひとつの扉の前で止まる。
ロビーから、ガンサバエリアへと繋がる扉。
「現在関係者以外は入れません」というメッセージウィンドウがポップアップしたその扉の前で、彼は腕を組み、ユニコーンたちを睨む。
「私はあなた達を止めに来ました。あなた達をこの先へ通すわけには行きません」
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