第3話 「それでも」
【拝啓 US先生。
私を断罪してください。私は、たぶんガチ恋勢になってしまいました。
昔の私は、ガチ恋勢のことをまったく理解できませんでした。画面の向こうに一方的に恋をしたって報われるわけではない。彼女はあくまでも、不特定多数のファンを相手にコミュニケーションを取るフリをしているだけです。もちろん、そうした様子が魅力的なのは事実ですが、決して自分の方を見てしゃべっているわけではありません。わかっているつもりでした。
彼女が、私の送ったスパチャを読んでくれるとき、私の方を見て話してくれていると本気で思ってしまうのです。とても魅力的で、私と同じ趣味をたくさん持っています。
『もしかして』なんて、そんな気持ちが一瞬頭をよぎり、ひどい自己嫌悪に苛まれました。そんなことあるわけないだろ!
わかっているのですが、それでも期待を捨てきれない自分に絶望しました。これはもう、US先生に介錯してもらうしかない。そう思ってマシュマロをお送りしています。
もしかしたら、私はもう手遅れなのかもしれません。推しが箱内の男性ライバーとコラボすると聞いたとき、胸がざわつき、つい杞憂マロを送ってしまいました。最悪です。
先生、どうか私に現実を突きつけてください。ショック療法でも構いません。
この苦しみから、哀れな獣を救ってください】
マシュマロが表示され、ずんだもんがそれを読み上げる。コメント欄はいつものように勢いづいた。
【うわー】
【悲しき怪物……】
【コロシテ……ロシテ……】
ユニコーンスレイヤーは、読み上げが終わると同時にゆっくりと口を開く。
「あー……」
本来ならば、頭に浮かんでくるはずの言葉が、さっぱり出てこなかった。
「えー……そう、ですね……」
【先生?】
【どうしたw】
「そう、ですね。その……まぁ、お辛いことだとは思いますが……」
いや違う。こうじゃない。普段のユニコーンスレイヤーはこんなことは言わない!
脂汗が浮かんでくるが、画面上のユニコーンスレイヤーは平然とした顔のままだ。咳払いをし、なんとか言葉を探し出す。
「せっかくのご希望ですので、ショック療法を施しましょう」
本来、ユニコーンスレイヤーの角折りは、相手に現実を突きつけることで行われる。だが、稀にマロ主が希望した場合のみ「ショック療法」という極めて露悪的な手段が取られる。
つまり、ありもしない「可能性」。ユニコーンスレイヤー本人も、別に「そこまで思っていない」ことを相手に突きつけるのだ。
例えば、「あなたの推しはあなたをATMとしか思っていない」だとか、「あんなの全部演技に決まってるでしょ」とか、「彼氏がいないわけないじゃないですか」とかだ。別にユニコーンスレイヤーはそこまで思っていない。というか、そんな部分にまで興味はない。あくまで彼が見ているのはVtuberの配信であって、その中身がどうであろうと知ったこっちゃないのだ。
だから、こういう「下衆の勘繰り」的なやつもそんなに好きではないのだが、あまりにも勘違いが甚だしいマシュマロ相手に一度「こういうこと考えたことありますか?」と並べ立ててしまったことがあり、以来「ショック療法」としてこれを求める予備軍も増えてきている。
「えー……マロ主さん」
ユニコーンスレイヤーが言葉を開く。
「彼女は画面の中で笑い、冗談を飛ばし、スパチャを読んでいます。それは演者としての行為であり、パフォーマンスです。あなたが「もしかして」と思ったその瞬間すら、彼女の演技の一部かもしれない……」
鋭い舌鋒を期待するコメント欄が、一気に加速していく。
「そしてそれは決して悪いことではありません。彼女の魅力が、ファンを惹きつけるためのものである以上、あなたがその感情を抱くのは当然の反応とも言えるからです。しかし……」
急転換を示唆するひとこと。ここで言葉を区切ったユニコーンスレイヤーは、しかし、続きの言葉を口にすることができなかった。
しかし……しかし、なんだ?
このマロ主は、自分が痛いことを自覚している。これ以上、何を言えば良いんだ?
あなたの推しは、裏で彼氏を作っているかもしれない。もしかしたらその彼氏が配信している部屋の外で、彼女が飼っている犬と戯れているかもしれない。配信が終わったあと、2人で晩御飯を食べて、そのあとで……。
そんな、いつも通りの言葉を思い浮かべようとすると、その「彼女」の姿がケラ子になってユニコーンスレイヤーの脳裏に投影される。その瞬間、彼は何も言えなくなってしまった。
気持ちがわかるのだ。このマロ主の。
ユニコーンスレイヤーは、サブ垢を作った。ケラ子の配信にコメントやスパチャを投げるためである。というかメンバーシップにも入った。Xではケラ子の活動についての感想を垂れ流すだけのアカウントを作ったし、ポストするたびにケラ子がいいねをつけてくれるのが嬉しくて仕方がなかった。
わかっている。あくまでも、「ライバー」と「ファン」という括りの中でだけで行われるコミュニケーションだ。ケラ子が見ているのは、「ファン」であって自分自身ではない。それは責められることではない。むしろ、ファンを大事にしようとしている彼女の姿勢には頭が下がる思いだ。
だが、それでも、もしかしたら、ファンという境界を超えた先にいる自分自身に気づいてくれるのではないか。そんな思いが、拭い去れないのだ。
ユニコーンスレイヤーは、普段自分がぶつけているものとは真逆の可能性に惹かれている自分に気づいた。
「……しかし、まぁその、あまり期待しすぎない方が良いというか……その……ねぇ? 我々の知らない一面というものも、持っているものですから……」
【今日は切れ味鈍いな】
【調子悪いか?】
「ほどほどにしておくのが良いと……私は思います。ええと、すみません! 実はちょっと熱があって……」
【配信休んだら?】
【無理すんな】
「す、すみません……。マロ主の方もご期待に添えず……。思った以上に辛いので、いったん、ここで止めさせてもらいます……!」
配信停止ボタンを押し、ヘッドセットを外す。ユニコーンスレイヤーはゲーミングチェアの背もたれに身体を預け、汗をぬぐった。
ここまでとは。まさか、ここまでとは。
ちらり、と視線をやると、壁紙に設定した笑顔のケラ子と目が合う。
間違いない。ユニコーンスレイヤーは自覚した。自分には角が生えている。あれほど憎んでいたユニコーン、ガチ恋勢に自分がなりかけている。あるいはもう、なっているのかもしれない。
「(自分は……どうしたらいいんだ……)」
これまで他人の角を散々へし折ってきたユニコーンスレイヤーも、自分の角の折り方だけは知らなかった。
ユニコーンスレイヤーが受けたショックは相当なものだった。彼は、その後の配信予定をいったんキャンセルし、リアルでの用事に没頭しようとしたが、それでも気が付けばケラ子の配信を追ってしまっていた。彼女の笑顔を見れば苦しみから解放され、しかし同時に、満たされない自分という存在に気づく。そんな、抜け道のないサイクルの中に、追いやられているような感覚があった。
ある日のことだ。ユニコーンスレイヤーが解放しているXのアカウントに、こんなDMが送られてきた。
【角が生えたな、ユニコーンスレイヤー】
どきりとした。無視を決め込んだが、翌日も同じ人物からのDMが届く。
【理解したか。俺たちの嘆きを】
【お前はもう、無責任な処刑人ではいられない】
【哀れだな】
送り主は、どうやら捨てアカのようだった。
しばらく考えた後、ユニコーンスレイヤーはこの捨てアカへの返信をする。
【あなたは、バンシィですか?】
以前、自分へ送られてきたマシュマロとは少し文体が違っていたが、それでも似たようなものを感じ取れた。しばらくしてから、返信がある。
【嘆く者とは個人の名前ではない。数多の杞憂民。その意思の総称だ】
クソみたいな存在だなと思った。
そして、まだ自分に一応そう思えるまともな思考能力があることに安心した。
ユニコーンスレイヤーが
あるいは、もしかしたら。
ユニコーンスレイヤーは、自身に対する理解という希望を、他者に求めていたのかもしれなかった。
そんなユニコーンスレイヤーの心の弱さを見抜いたのだろうか。
【会って話をしよう、ユニコーンスレイヤー。本日午後22時、バーチャタイルのバ美肉授乳カフェで待っている】
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