第2話 可能性のけだもの
『どもども〜! 太古からの訪問者、ケラトサウルスのケラ子でぇ〜す!』
画面の中ではしゃいでいるのは、清楚な感じでもなく、かと言って飛び抜けてキャッチーな要素があるわけでもない、可愛いことは可愛いが、どちらかといえば地味な印象を受ける、そんなVtuberだった。
コンセプトに一貫性もない。ケラトサウルスというマイナー寄りの恐竜を選んでいる割には恐竜にあんまり詳しくなさそうだし、なんで人間の姿になっているのかという説明もなければ、古代ネタを生かしたトークなんてほとんどない。
立ち絵もクオリティが高いとは言い難かった。ビジュアルはややワイルドな恐竜娘といった感じ。元気で難しいことを考えられなさそうな感じが、声質に合っていると言えば合っている。しかしLive2Dとの相性が悪いのか、本人のテンションの高さに比して表情がほとんど変わらないという体たらくだ。
同接数はそれなりに多かった。
ユニコーンスレイヤーは少し困惑していた。新興レーベルの新人ライバー。物珍しさで食いつく層がいるのはわかるが、リスナーが勧めるほどのクオリティを担保しているとは、とうてい思えなかったのだ。
しかし、
「(なぜか、グッとくるものはある……)」
この日、ケラ子はゲーム配信をしていた。往年の横スクロールアクションの傑作。「クリアするまで終われません」という、初心者が走りがちなややしんどめの企画だった。さぞかしゲームスキルに自信があるのかと思いきや、1−1のクリボーにすら殺されてしまう始末である。キャラがジャンプするたびに「よっ!」だの「ほっ!」だの声を出し、立ち絵がダイナミックに左右に揺れていた。そしてしょうもないミスで残機を減らすたび「へあぁぁあ……」と情けない悲鳴を漏らす。
「(いやむしろ可愛い……かもしれない……)」
クオリティの低いビジュアル、クオリティの低い設定、そしてクオリティの低いゲームセンスと舌足らずな喋り方が相まって、見守りたい気持ちと安心感が湧いてくる。ケラ子の「なんとなく全体的に雑な感じ」にまとまっている姿に、ユニコーンスレイヤーはいつしか夢中になっていた。
配信時間がどんどん伸びていくが、一向のクリアに至る道筋は見えていない。ケラ子が情けない悲鳴をあげ続ける中、ユニコーンスレイヤーはリアルの用事のため、名残惜しみながら席を立つことになった。
用事が終わって帰ってくると、まだやっていた。配信開始から、かれこれ11時間近くが経過している。シンプルに驚いた。しかもなんと、ラストステージ1歩手前まで進んでいる。コメント欄には、【がんばれ!】【いけるいける!】というポジティブなものから、【まだやってて草】【おお、そこまで行ったのか!】というものまで様々だ。だが、当のケラ子本人のテンションはまったく変わっておらず、相変わらずジャンプするたびに謎の掛け声が出ていた。
【がんばれ】
そんなコメントが流れてくると、よそ見する余裕なんかほとんどないだろうに、ケラ子は焦りながらも元気に叫ぶ。
「あ、あ、あざまっす! がんばりまっす!」
ケラ子が操作するキャラは、相変わらず精細に動いていたとは言い難い。おそらく、幾度かのラッキーとケラ子の不屈の精神が、彼女をここまで連れてきたのだろう。そう思うと、なんだか胸が熱くなるような感覚があった。買ってきたハーゲンダッツの蓋を開けることも忘れて、ユニコーンスレイヤーは画面に張り付く。一瞬たりとも目が話せなかった。
そしてついにラストステージの地を踏むケラ子。
『う、うおー! いくぞー!! ……へあぁあ!?』
自らを鼓舞し、操作キャラが右に向けて突っ込んでいくが、そのまま火の柱にぶつかって死亡する。へろへろの悲鳴。
【あーあ】
【 知 っ て た 】
【学習しろw】
一気に加速するコメント欄。しかしケラ子はめげない。
「応援あざまっす! がんばりまっす!』
そんな挑戦を何回繰り返しただろうか。残機は0。ここで死ねば、ステージは強制的に1からやり直し。手に汗握る展開だ。ケラ子はともかく、リスナーの疲労はピークに達しており、ここでやり直しになるとすれば(リスナーの)心が折れることは容易に想像できた。
ケラ子の操作キャラクターは飛んでくる火球を掻い潜り、あるいは飛び越え、一心不乱に前へ進んでいく。リスナーは【お願いだからもっと慎重に!】と悲鳴をあげる始末だ。
そして、ついにケラ子はボスキャラクターの頭上を飛び越え、お姫様を救うことに成功する。
『う、うおー!? やったー!?』
コメント欄はこれ以上ないほどの盛り上がりを見せ、凄まじい勢いで流れていく。スーパーチャットが飛び交い、ケラ子はぺこぺこと頭を下げていた。
『あ、あざまっす! あざまっす!!』
ユニコーンスレイヤーも、つい祝福のコメントを入力しようとして、思いとどまる。
自分のような悪い意味での有名人が、こんなところに痕跡を残してはいけない。
「(おめでとう……!)」
心の中でそう呟き、ユニコーンスレイヤーはケラ子の配信を見守っていた。
「彼女は素晴らしいですね」
その日の配信で、ユニコーンスレイヤーはケラ子について触れた。
「なんというか、あそこまで応援したくなるライバーに出会ったのは初めてかもしれません。全体的に拙い感じはありますが、それゆえに感じる安心感というか……。とにかく素敵な子です」
【おおー】
【堕ちたなw】
【先生もガチ恋勢になっちゃう!?】
「ははは。私はガチ恋はしませんよ」
ユニコーンスレイヤーには、自信と確信がある。
これまでだって彼は、数多くのライバーを推してきたのだ。清楚系もいた。ぼっち営業もいた。ガチ恋許可勢もいた。しかしいずれのライバーにも、ユニコーンスレイヤーは一定の距離を置き、彼女たちが男性と絡む瞬間、過激ファンが「男の影がちらついている」と指摘する瞬間(下衆の勘繰りだろ、と思ったが)も、ずっと穏やかに見守ってきた。推しの幸せを願うのが純然たるファンのあり方であり、それ以上を望むべきではないのだ。
それにケラ子は確かに可愛らしいが、どちらかといえばこれは、動物やマスコットに対して抱く感情に近い。あまり恋愛対象になるようなキャラクターには思えなかった。見守っていたい、という気持ちだって、拙い彼女が成長するのが楽しみだという感覚だ。
だから、ユニコーンスレイヤーは自分がケラ子にガチ恋することは絶対にない、と言い張ることができた。
その日も、彼は自慢の舌鋒で生えかけたユニコーンの角を叩き折り、配信はおおいに盛り上がった。
翌日、ユニコーンスレイヤーはマシュマロをチェックし、次の配信の準備を整えていた。作業BGMになるものを探そうとYoutubeを開き、そしてふと、目についたものをクリックする。
ケラ子の初配信のアーカイブだった。
「こ、こんがお〜! たっ、太古からの訪問者! けっ、け、ケラ子です〜っ!!」
最初は特有の挨拶あったのか。デビュー1ヶ月経たないうちに形骸化してるけど。
初配信はそんなに長いものではない。新興レーベルであるアルストロノーヴァの一期生としての決意表明。好きなゲームややりたい配信。ファンネームやファンアートタグの決定など、ごくごくありふれたものだ。しかし、そのひとつひとつにケラ子は全力で向き合っているのが、ユニコーンスレイヤーにはわかった。ついつい作業の手を止めて見入ってしまい、結果、ほとんど進まなかった。
その翌日、ユニコーンスレイヤーは引き続き次の配信の準備をするためにパソコンを起動したが、まっさきにYoutubeを開き、ケラ子のアーカイブを流し始めた。
さらに翌日、ユニコーンスレイヤーはリアルの用事で外出した。帰りに池袋で激辛ラーメンを食べ、そしてふと、ケラ子ならきっと面白いリアクションをするんだろうな、と思った。
さらに翌日、立ち寄ったコンビニでVtuberのコラボ商品を購入した。いつか、ここにアルストロノーヴァが名前を連ねるといいなと思った。
さらに翌日、一日中ケラ子のことを考えていた。
さらに一週間が経った頃、パソコンのモニターの前に置いたケラ子のアクスタ(Booth販売の公式グッズ)を置き、壁紙に設定したケラ子の公式アートを眺めながら、下手くそな歌ってみた動画をBGM代わりに流していたユニコーンスレイヤーは、ふと自分の状況を顧みた。
「(……沼ったか?)」
自問するまでもないことだった。
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