第1話 ユニコーンスレイヤー

【拝啓 US先生。

突然のマシュマロ失礼します。私がしがないVオタです。最近、どうも自分がユニコーンなのではないかと思い、生えかけた角を折っていただきたく今回のマロを送らせていただきました。どうか、容赦のない介錯をお願いいたします。


私の推しは、某有名事務所に所属する中堅ライバーです。もちろん超有名なあの人やあの人には及びませんが、大きな箱の中堅ということなのでそれなりに登録者数も同接数も多いです。ゲーム実況などはあまりしない子で、どちらかと言えばまったりした雑談配信がどがメインの人でした。コラボなどをあまり積極的にするタイプではないこともあり、ゆったりめの配信を非常に楽しんでいました。

しかしです。先日、箱内で超大型イベントがありました。そう、ストグラです。一週間限定でサーバーを立て、箱内のライバーがゲームの世界で自由に交流する企画……。これまでに、多くの杞憂と炎上を招いていたあの企画が、ついに私の推しの箱でも行われるようになったのです。


先述の通り、私の推しはゲーム配信などはあまりしないタイプです。なので、今回の企画にも参加しないだろうと思っていました。事実、これまでにあった似たようなゲーム企画には参加していませんでしたし。

しかし、しかしです。先日彼女は、この企画に参加することを表明したのです。

私の心はざわつきました。コメント欄もです。彼女の話では、まれにコラボする数少ないライバーのひとりから誘われたということでした。しかし、そのライバーが所属するチームは人が多く、中には当然男性ライバーもいます。私の推しは、まったりとしたトークが持ち味のライバーですが、大人数が絡む企画ではその良さが発揮できないかもしれません。むしろ、周囲のノリに合わせられず、悲しい思いをするのではないかとも思い、彼女にマシュマロを送りました。

私は、彼女に辛い思いをしてほしくないだけなのです。私は、ユニコーンなのでしょうか?】


 こりゃまた強烈なのがきたな。


 読み上げられる長文マシュマロ。インターネットの片隅で、ひとりのオタクが思いを綴った文章は、赤いシークバーの最先端から世界に向けて発信される。それ自体は彼が望んだことだとしても、いささか残酷な行いではあった。


【きっつ】

【これは有罪】

【あちゃあ😅】


 コメント欄は、刑場に引き出された死刑囚を弾劾する叫びで埋め尽くされており、みなが一様に刑場の主――ユニコーンスレイヤーの発言を待っていた。


 画面の右端で頷いているLive2Dの立ち絵。額に「角」「折」の2文字が書かれた特徴的な仮面をつけ、不敵に微笑む青年の姿。

 それこそが、まさにユニコーンスレイヤーの姿だった。


「ああ、なるほど……」


 場が暖まったのを確認し、満を持してユニコーンスレイヤーはしゃべりだす。


「あなたが自分をユニコーンだと認めたくない気持ちはわかります」


 最初の入りは穏やかに。ユニコーンスレイヤーの介錯は、序盤はいつも優しい言葉から始まる。


「ですが、角が生えかけているのではありません。もう立派に生えそろっていますよ、マロ主さん。ご自分の頭、鏡で見てみてください。ほら、尖ってるでしょう? それが現実です」


 しかし彼の舌鋒はすぐさまその鋭さを増した。ユニコーンスレイヤーの”介錯”が始まり、コメント欄が加速する。


「さて、あなたの『推しを守りたい』というその美しい建前について考えてみましょう。『彼女が大人数の中で埋もれるのが心配』『彼女の良さが発揮できないかもしれない』『悲しい思いをしてほしくない』。なるほど、実に真っ当に見えます。……しかしそれ、本当に彼女のためですか? 違うでしょう。 あなたのためです。あなたは推しに、あなたが理想とする「守られるべき偶像」であってほしいだけ。彼女が新しい環境で輝く可能性や、失敗するリスクすらも、彼女の選択の一部として尊重できていない。彼女の挑戦があなたの「安心感」という狭い檻から外れてしまうのが怖いだけなんです」


 ここで一呼吸おき、さらにギアを一段跳ね上げる。


「言葉を選ばずに言いましょう。あなたは、推しの人生を自分のものだと思い込んでいる、ただの厄介オタクです。彼女はゲーム企画に参加すると決めた。それは、彼女自身の意思です。それを「あなたの基準」で「彼女に合わない」と決めつけ、忠告という名の干渉をする。その行為こそが、彼女の自由を奪う鎖になっているんですよ。その配信が、彼女の新しい魅力を生み出してくれるとは考えられない――結局あなた、彼女が自分のよく知らない男性ライバーと絡んで、どこか遠くへ行ってしまうことが怖いだけなんですよ。最初から、あなたのものでもなんでもないと言うのにね」


 直後、画面が切り替わり、ユニコーンスレイヤーが日本刀を持って白くてふわふわした何か――マシュマロを、一刀両断するアニメーションが流れる。


「以上、成敗! ハイクを読め」


 コメント欄は拍手喝采であった。


 これが、Vtuberユニコーンスレイヤーの配信におけるいつもの光景だ。彼のもとには、毎日のように介錯を求めるマシュマロやDMが届く。なかには本気で不愉快だからやめろというものもあったりする。そうしたものを配信で取り上げ、ド正論を叩きつけてやるのが、ユニコーンスレイヤーのメインコンテンツだった。


 ユニコーン。


 それは、アイドルや創作物の女性キャラクターに対して過度な処女性を求める厄介ファンを、空想上の生き物になぞらえて揶揄した言葉だ。Vtuberという文化の発達に伴って、やがてその言葉は「女性ライバーが男性ライバーと絡むことを杞憂するファン」に対しても用いられる言葉となった。

 ユニコーンとは愚かな存在である。自分の理想を他者に押し付け、その理想が叶えられなければお気持ち表明する。そうした弱い生き物のことを、彼はひどく軽蔑していた。そしてある時、溜まりに溜まったユニコーンへの嫌悪感を動画にしてアップロードしたところ、それが妙なバズり方をし、いつの間にやら彼はLive2Dの身体を使ってお気持ちマロを成敗するVtuber「ユニコーンスレイヤー」として、その勇名を馳せることとなった。


 彼のもとに届くのは、なにもユニコーンからのマシュマロだけではない。


 反転アンチや指示厨、その他あらゆる厄介ファンたちが、彼のもとにマシュマロやDMを送りつけてくる。おかげさまで、ユニコーンスレイヤーも配信や動画のネタには事欠かなかった。


 ユニコーンスレイヤーは、別に界隈のためを思ってとか、界隈の在り方を正そうだとか、そういった使命感があるわけではない。ただ単に、ユニコーンが嫌いだからその感情に言葉を載せているだけだ。ファンならば、推しの幸せを願うのが当然。なのになぜ、推しが男と絡むことすら許容できないのか。そもそも、推しとその男の間に何かあったとしても、ファンの人生には何も変化がない。どんな不利益を被ると言うのか、まるで理解できなかった。


 リアルのユニコーンスレイヤーがいかなる人物であるのか。暇な大学生かもしれないし、ブラック企業で働くサラリーマンかもしれない。売れない作家かもしれないし、もしかしたら大手事務所のスタッフかもしれない。中身が普通にかわいい女の子、という可能性もある。

 いずれにせよ、真相を語ることはこの物語の趣旨から逸脱するので、さておく。ただひとつ確かなのは、ユニコーンスレイヤーは痛々しい厄介ファンを嫌悪するタイプのVオタであったということだ。


 マシュマロ斬りが終わり、彼の配信は雑談タイムに移行した。同接がガクッと落ちるが、割とどうでも良いと思っている。


「『US先生はコラボとかしないの?』 しないしない。こんな危ないこと言ってる奴とコラボしたがるの、危ない奴だけですよ。しょせんアンダーグラウンドコンテンツですからね。予備軍の諸君も、きちんと自覚するように」


 予備軍というのは、ユニコーンスレイヤーのリスナーにつけられたファンネームだ。「まだユニコーンになっていないもの」という意味である。


「恨みも買ってますからね。昨日も変なマロもらいましたよ。あ、せっかくだから晒しちゃお」

【お】

【追加介錯来る!?】

「追加介錯は面倒だからしません」


 ユニコーンスレイヤーがマシュマロの画面をスクショし、OBS上に表示させる。


【拝啓、角折の介錯人さまへ。

あなたの刃は鋭く、まことに見事なこと。

しかしその刃が斬り裂いているのは、果たして本当に角のみだろうか?


あなたは舞台に立ち、角を折ると称して嘆きを笑いに変える。

けれど、嘆きとは、ただの愚かさの産物だろうか。

それは祈りに似たものだ。

星空を仰ぎ、果てしない夢の先に手を伸ばすような、無力な祈り。

あなたの刃はその祈りをも切り裂き、血も涙もない笑いに塗り替えている。


(後略)】


 こんな感じのポエミィな内容が、だらだらと続いているが、内容は「僕たちだって苦しんでいるんだ!」という幼稚なものにすぎない。ユニコーンスレイヤーとしては、これが本気で送られてきたものなのか、手の込んだ冗談なのかわからず、とりあえずまともに扱うのはやめることにしたのだ。


 コメント欄も【草】【やばいwwww】【中二病か?】だのといった趣旨のものに溢れている。だが、中には【これバンシーじゃね?】というコメントも、ちらほら散見された。


「あ、これが嘆く者バンシィなんですか」


 その名前には、ユニコーンスレイヤーも心当たりがあった。


 嘆く者バンシィとは、様々な女性Vtuberに杞憂マロを送りつける正体不明のリスナーとして、界隈で噂されている人物だ。もちろん名前を名乗ったわけではないが、特徴的な文体から同一人物と見られ、いつしか妙なあだ名がついた。

 ちなみにマシュマロにはブロック機能が搭載されており、ブロックされたことは相手に通知がいかない仕様なので、たいていの場合は対象の女性Vに嘆く者バンシィのマシュマロが届くのは1回だけだ。


「うーん。気味が悪いですねぇ。私もブロック。そして、あなたの話題を出すことも二度とないでしょう。さようなら、嘆く者バンシィさん」


 その後もしばらく雑談は続き、内容は最近デビューしたライバーへと移行していく。


「最近気になってるVですか? うーん、あ。大手で最近新人さんがどんどん出てますよね。景気が良いことです。逐一チェックするほどマメじゃないんですが、しばらく後の大型コラボとかで魅力が出て来ることを期待したいですねぇ」

【最近、アルストロノーヴァが良い感じ】

「アルストロノーヴァって、なんか新しい企業勢でしたっけ。今からだとだいぶ乗り遅れ感ありますけど、そうなんですか?」

【所属ライバーの質が良い】

【可愛くて面白い子多いよ】

「へぇー。見てみようかな。誰が特にオススメとかありますか?」


 実を言うと、ユニコーンスレイヤーはこうしたリスナーとの会話をする時間がけっこう好きだった。もともと、厄介ファンへの嫌悪感が高まって投降した動画がバズっただけであり、彼自身は割と人間としては気の合う仲間とだらだら喋っているほうが落ち着くタイプなのである。


 その日は、リスナーからオススメのVtuberについて聞いて、そのまま配信もだらっと終了した。


 後日、ユニコーンスレイヤーは配信外の時間で、リスナーにオススメされたVtuberの配信を見に行った。


 そこで彼は、運命の出会いを果たすことになる。

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