ユニコーンスレイヤー

ぶりきば(非公式)

プロローグ

 メタバース『ヴァーチャタイル』の1エリア。2人の人影が対峙していた。


 ボロ布のようなマントを身に纏った黒衣の男が叫ぶ。


「そこを退け、ユニコーンスレイヤー!」

「ダメです、嘆く者バンシィ


 仮面をつけたタキシードの男がかぶりを振る。仮面には、「角」「折」の2文字が刻印されていた。


「ケラ子はそこで配信している! しかもガンサバ……FPSだぞ!? プロゲーマーと絡む! ストリーマーと絡む! 他箱の男と絡む! もうすぐ大会が始まるんだ。おまえはそれで良いのか!?」


 嘆く者バンシィと呼ばれた男の叫びは、慟哭に近かった。仮面の下、ユニコーンスレイヤーの表情はわからない。だが、わずかな沈黙の後、彼はうめくような声で、かろうじて言葉を漏らした。


「ケラ子は……ガチ恋営業をしてるわけじゃないでしょう……!」

「そんなことを言っているんじゃない!」


 ユニコーンスレイヤーが、自らを偽って吐き出したセリフを、嘆く者バンシィは一蹴する。


「おまえは理解したはずだ。俺たちの嘆きを……! 俺たちが愛した偶像としてのケラ子が失われるかもしれない。その恐怖を、おまえだってわかったはずじゃないのか!? 俺は許容できない! だから大会をぶち壊す! おまえも己を偽るな! いま、おまえが何をしたいか、お前自身の角に聞いてみろ!」


 叫びを浴びたユニコーンスレイヤーは、己の頭頂部をそっと撫でる。美麗な3Dモデルには、猛々しく天に主張する一本の角が生えていた。


「……一緒に行こう! ユニコーンスレイヤー!」


 嘆く者バンシィの叫びは甘美だった。抗いがたい誘惑があった。すべて、彼の言う通りだった。


 これから、向こうで行われるバーチャタイル初の大規模ゲーム大会。そこには、彼らの推しであるケラ子も参加する。彼女の所属するアルストロノーヴァが、初めて箱外の大型コラボに呼ばれた、記念すべき瞬間だった。


 ケラ子が、絡む。箱外の人間と。箱外の、男と。


 確かに、許容できない。とうてい、認められるものではない。


 推しが幸せならそれで良いじゃないか。


 ユニコーンスレイヤーも長いことそう思っていた。でも違うのだ。そんな欺瞞で誤魔化せない感情もある。

 確かに、推しが幸せならそれで良いと納得できるやつはかっこいい。立派だ。そういう風になれたら良いとさえ思う。だが、そのようなあり方を美徳とされ、いななきをあげることさえ禁じられたユニコーンたちはどうすれば良い? 誰もかれもが、そんなに強くは生きられない。


 美徳は美徳だ。ひとつの生き方だ。他人に強いるものではないはずだ。違うのか?


 ユニコーンスレイヤーは拳を握り、一歩、また一歩と、嘆く者バンシィの方へと歩み寄って行った。




――なぜ、こんなことになってしまったのか。


 ユニコーンスレイヤーは、1ヶ月前のことを思い出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る