第2話 師匠と俺と彼女
久美子はカワイイ女の子だとは思う……少なくとも外見だけは。
だが、盤上でも現実の世界でも俺は彼女の体力と力にはかなわない。
俺の将棋は序盤の研究で差をつけ、中盤のねじり合いにも強く、凄まじい終盤力で逆転を許さない、というものだった。まさにスキなし、だからこそ七つある将棋のタイトルを保持しているわけだ。
久美子との中盤戦は長い。とにかく長い。長いがゆえ、現実の体力勝負になってしまう。将棋の平均手数は120手ほどだ。だが、久美子と俺の将棋が200手を超える混戦になることは、そこそこ良く起きることだった。
彼女は将棋の棋士でもあるが、空手を幼いころからやっている。だから体力勝負になってしまった瞬間、長時間の勝負で疲労した俺が将棋の内容で押されはじめることになってしまう。
「敏志さんは……私のこと、どう想っている、のかしら?」
久美子はボソっと、核心をつく質問を投げかける。
久美子は空手をやっていてスポーツ万能な少女だ。健康的な外見はとても美しく思える。美少女ではある。だが俺は彼女を女性としては見てはいけないような気がしている。それはきっと、長い間肉親も同然に一緒にすごしてきたから。
「妹……のような存在かな、ずっと師匠の家で内弟子として家族のように暮らしてきたよな?」
「わたしにとっても敏志さんはお兄さんだったよ」
「じゃぁ、兄弟ということにこれからもしようぜ?」
「……そうだね。わたしも真相を知るまでは、そうしようと思っていたよ」
「真相? なんだそれ?」
「そろそろ師匠が待つホテルに着くね。たぶん、今日敏志さんにも、師匠はそれを話してくれると思う」
思わせぶりなことを言う久美子だったが、だが、どんな理由があろうとも彼女との結婚は断ろう……と俺は思った。
都心のホテルはきらびやかだ。ふかふかの絨毯、高い天井とそこに輝くシャンデリアがロビーを飾り立てている。きっと本当に異性と思える素敵な女性が隣にいて、これから婚約を結ぶというのであれば、晴れやかな気分にもなれただろうに。
久美子は俺が婚約者にしたい女性ではない。師匠には申し訳ないがこの縁談は必ず断る。俺は現実の女性には失望している。俺には心に深い傷がある。師匠、ひどい女だ……俺の年上の初恋の女性、山田香苗さん。
矛盾しているような気がする。師匠だって親のような存在だ。だが、師匠がそういって俺の気持ちを断ったように、俺は久美子とは恋人になるつもりはない。
「あ、きたきた。久美子、敏志ぃ、こっちこっち」
荘厳で静寂なホテルのロビーなのに、師匠はいつものように空気を読むことなく、俺と久美子にやや大きい通る声で、俺達に手を振った。
席につくと師匠は、すぐに口を開き言った。
「さて、サトシーはクミーと、子ども作る気になった?」
いつもながら、デリカシーのかけらもない。婚約、結婚をすっ飛ばして、子作りの話題を出すのが師匠らしい。
「いいえ、まったく。そんな気にはなれません」
「だろうねぇ? ね? ひょっとしてだけど。まだ前の女の子のことひきづっているのかな?」
この人、本当に歳上なんだろうか……。一応、年は30代前半だと思う。俺より10歳、年上なのに、師匠は俺には眩しく映る。
「……ええと。その話はやめてもらえますか」
「なんで?」
「なんでって、本人にそれを聞かれても……」
「私は敏志くんのことは、カワイイ弟子だとおもっているよ?」
「……そうやって、また振らないでください」
「んー、じゃぁさ、敏志くんは、私のことはどう想っているの?」
「……ひとりの棋士として尊敬しています」
「なんだ。ほら。そっちだって、いつものように逃げるじゃん! 逃げたよねぇ?」
久美子が割って入る。
「師匠、このひとエロゲやっているんです。私が監修している」
「あ、征服少女ね?」
「いい加減、現実と向き合ってほしいですよね?」
「そうね。でもいいんじゃない?」
「……はぁ。まったく、まさか、ゲームが現実で、我々の世界が非現実だとは……」
久美子はため息をつく。
「そうだよねぇ。衝撃的な真相だよね?」
師匠は久美子から俺に視線を戻す。そして、彼女は僕にとんでもないことを言った。
「ねぇ、敏志くん。そんなにそのエロゲのほうが現実より良いのかしら?」
「……あたりまえじゃないですか」
「なんで?」
「だって、現実はあまりに……厳しいからですね」
「ふーん、じゃぁゲームの世界で暮らせるなら幸せよね?」
「もし、そんなことが許されるなら。そうしてみたい気持ちはありますね」
俺は苦笑した。たわいない世間話をしている、とその時は思っていた。師匠と久美子は真剣に話していたのに……。
「じゃ、行こうか? ゲームの世界に」
「え?」
「銀河企画という宇宙戦略ソーシャルゲームである征服少女を作っている会社にこれから行ってみない?」
「なんでまた……。興味はあるけど」
「そいじゃ、行こうか。ゲーム会社の銀河企画にある真実を知れば、なぜ私が優秀な将棋指しを後世に生み出したいのか? の理由がわかると思う」
「……俺は久美子とは婚約しませんよ?」
「今はそれでいいよ」
師匠はにっこりと笑った。その笑顔が俺に対する好意であるような勘違いを抱いてしまいそうな、一点の曇りもない笑い顔に俺は魅せられる。
師匠は年上だけど、こういう無邪気に感じさせるところがところどころにあって、それゆに俺は勘違いしてしまったのかもしれない。
俺と同じ背丈ぐらいの、女性としては背が高い師匠は、着物が良く似合うだろうと思わせる落ち着いた雰囲気を、しゃべりさえしなければ、感じさせる。
美しいロングヘアで、白と藍色を基調にしたクラシックな洋服を着た彼女は、僕にとて、あらゆる面で憧れを感じさせると同時に、女性として護らないといけないという気持ちにさせられる存在だった。
「ほら、ボーっとしてないで? いくよ?」
俺と久美子と師匠はゲーム会社、銀河企画の会社に向かうことになった。
「はい、香苗師匠!」
ちょっと勇気をだして、下の名前で呼ぶ。
天然の師匠は気づいた様子もない。
「ついてきてね」
と明るい声で応えてくれた。
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