第14話 リーナ捜索 3

村はずれの郊外、深い森の中を歩く男が一人。彼の姿は簡易な皮の鎧に身を包み、右手に大きな袋を持っていた。その歩調は重く、疲れたように見えるが、目の奥には冷徹な決意が宿っていた。彼の名はバスタル。かつては戦争を巡る傭兵であり、領主から雇われ、金を得て戦場を駆け巡った。しかし、半年前の戦争で彼は左腕を失い、それ以降は戦場での役立たずとなり、日銭を稼ぐ手段を失ってしまった。


食うに困ったバスタルは、やむを得ず人攫いを生業として始めた。最初は小さな村の子供を一人二人攫い、身代金や奴隷商に売り渡すことで生計を立てていた。だが、次第にその範囲は広がり、より多くの村、より大きな町へと足を延ばしていった。


「今日は、いい獲物が捕れたな。」バスタルは自らに言い聞かせるように呟く。彼の袋の中には、まだ気を失っている子供が一人、無理やり詰め込まれていた。その子は、今まさに誘拐されたばかりだった。無抵抗に運ばれていくその様子は、バスタルにとってはただの仕事でしかない。感情を排除し、目の前の金にだけ集中する。それが彼の今の生き方だ。


だが、今日ばかりは少し違った。途中、森の中を歩いている最中に、不意に異様な感覚がバスタルを襲った。耳を澄ますと、遠くから微かな音が聞こえてくる。それはただの風の音ではない。何かが、動いているような気配がする。


「誰だ…?」バスタルは警戒を強め、足を止めた。腕の無い左側に重心をかけ、反射的に刀を抜こうとするが、思わず腕を止める。自分に残された右手だけでは戦うには不安があった。


その時、突然、森の中の陰からひとりの小さな影が現れた。バスタルは目を凝らし、その姿を確認する。それは、なんと一人の少年だった。目を合わせた瞬間、少年の目が鋭く光り、瞬時にバスタルの動きを鋭く観察している。


「お前…何者だ?子供?」バスタルが担いでいた袋を置き、一歩踏み出すと、少年は動き出し、冷ややかな口調で答えた。




「リーナを返せ。」




その言葉に、バスタルの表情が一瞬曇った。誰かが自分の仕事に干渉してくるなど、これまでなかったことだ。だが、少年の目にはどこか強い意志が宿っているように見えた。


「リーナ?ああ、あの村のガキか。」バスタルは面倒臭そうに言った。「手に入れたばかりだが、金になる。」


少年はバスタルの言葉に動じることなく、さらに一歩踏み出す。目の前に立った彼の小さな体からは、どこかただならぬオーラを感じ取るバスタル。少年の強い意志か?


「坊やの目的は何だ?」バスタルが不敵に笑いながら言う。「この袋の中のガキを助けたところで、何も得られないぞ。」


その瞬間、ミカの頭の中に突如として声が響いた。




『右側側頭部に攻撃が接近』




言葉と同時に、バスタルの鋭い刃が放たれようとした。しかし、ミカはその指示に反射的に動いた。身体がその声に従うように、わずかに左に身をよじる。刃が通り過ぎたその瞬間、もし一瞬でも遅れていたら、頭と身体が分離していた。


「なんだ、殺すつもりでやったのに、勘のいいガキだな。」彼の声には、若干の驚きと、再び冷徹な笑みが浮かんでいる。


ミカは震える心を隠しながら、必死に思考を巡らせた。なんの躊躇もなく自分を殺そうとした目の前の男性、剣を抜いた瞬間もまったく見えなかった。リーナを助けるためには、もっと何かしらの手段が必要だ。


「お前、いったいなんなんだ?なんで俺が攫ったと分かった?」男が鋭い眼差しをこちらに向ける。


ミカは震える声を抑えつけながら言い放った。「ま、魔術師だ!すぐにリーナを返せ!え、衛兵がくるぞ!」


ミカが言うと、バスタルは一瞬その言葉に驚き、動きが止まった。少年はすぐ向かいの木に向かって手をかざした。すると、木の幹に見慣れない文字が浮かび上がった。それはまるで、空気中の気を文字として転写しているかのように、瞬く間に形を成した。


その光景にバスタルの動きが止まる。彼は冷たく笑いながらも、慎重に考えを巡らせた。


確かに、こいつは本当に魔術が使えるのかもしれない。


衛兵が来るとなれば、ここで無駄な戦いをしても得るものはない。だが、すぐには引き下がらない。


バスタルはその場で立ち止まり、じっとミカを見つめながら脳内で素早く計算を始めた。傭兵として戦争を生き抜いてきた経験が、彼に直感的に思いを巡らせる。


(魔術師の伝達は…速い。戦争でも、魔術師の伝達によって作戦が瞬時に全軍に伝わったことを覚えている。もし本当に衛兵がすぐに来るのであれば、このガキの言うことは間違いなく本当だ。本当に衛兵が来ればその時にはもう遅い)


バスタルはそのことを考慮しながら、再び冷徹な表情を浮かべた。彼は戦争での経験を生かし、魔術師の迅速な情報伝達が持つ圧倒的な速度を実感していた。瞬く間に作戦が広がり、意図しないところで状況がひっくり返される恐れがある。特に、魔術師が関わるとなれば、それは確実に変化の兆しを意味する。


「衛兵だと…」バスタルは目を細め、少しだけ冷静に笑った。「あの時のことを思い出すな、魔術師の伝達の速さはよく知っている。だが…」と、一歩後ろへ引きながら



「お前を殺すくらいの時間は残されてるのかな?」低く構える。



バスタルの表情は依然として冷酷だが、彼の心には少しだけ不安が広がった。魔術師の伝達能力が非常に早いことを理解しているからこそ、ここで無理をして暴れるリスクを取ることは避けたいという思いが湧いていた。しかし、まだ引き下がるつもりはなかった。


「3分ってとこか。」バスタルは冷静に言い、周囲を警戒しつつ剣を握りなおした。


『左腕手首部分に攻撃が接近』


MEBIUSが異常なスピードで攻撃を告げる、訓練の成果あってほぼノータイムで攻撃をかわすミカ


「おかしいな。なぜ当たらない?それも魔術師の力か?これでも何人かは殺してきたんだ、魔術師って奴は戦争では厄介者なんでな。」冷徹な声で自分に向けられる声にミカの足が震える


バスタルは思考を巡らせる、今まで沢山人を斬ってきた、傭兵は引退したのは確かだ。だがこんな子供に自分の剣が躱せるほど腕が落ちてるつもりもなかった。


いくつもの戦場を駆け巡ったバスタルは慎重に行動する。時間もない。ここらが潮時だな。と。


「まぁいい、生かしといてやる。ほれ。お前の大切な友達だ。いいか、命が惜しければその場から動くなよ。」


そう言ってバスタルが森の奥へと消えていく。


ミカは範囲索敵を展開し、その範囲内からバスタルが消えるまで警戒しながら構えつづけた。


そしてバスタルの反応が消えた瞬間にその場にへたり込んだ。衛兵との連絡手段なんて知る由もない…とんだはったりだ…、彼はなんて危ない橋を渡ったのかを考えまさに腰が抜けたのだった。


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