第10話 訓練の日々

喧嘩に負けた日の夜、ミカは自分の部屋でじっとしていた。肩と腹に感じる鈍い痛みが、何度も思い出させる。


あの時、初めてMEBIUSからリアルタイムに指示を受けた。だが情報の速さと多さに対応しきれなかった。


いくらMEBIUSが未来予測に近い助言をくれても自分がそれを処理できなければ何の意味もない。宝の持ち腐れって事だ。


「MEBIUS、教えてくれ、1対1の戦闘の技術やどうすれば勝率をあげる事ができると思う?」


その問いかけに、しばらくの沈黙があった後、MEBIUSの冷静な声が響いた。


『戦闘における勝率を上げるには、まず反射神経を鍛えることが必要です。また、相手の動きを予測し、自分の行動を最適化する能力を高めることが求められます。』


ミカはその言葉に頷いた。予測と反応、これが自分にとって最も重要だということは分かっている。


「それをどうやって鍛えればいいんだ?」


MEBIUSの声が続く。


『まずは、反射的な回避や反撃を鍛えるために、動体視力と速さを意識的に高める訓練を行いましょう。それから、状況判断を速やかにできるように、意識的に素早く行動を決定する訓練も有効です。』


ミカはその言葉を胸に、決意を固めた。このままではまた負けてしまう。どうしても変わらなければ。


「分かった、やってみる。」




翌朝、ミカは空き地に出てきた。目の前には、いくつかの木の枝が紐でくくられ、手元からぶら下げられている。周囲には人影はなく、訓練には最適な場所だ。


目の前の木の枝は、どれも一見して無害に見えるが、ミカは目隠しをしっかりと固定している。視界は完全に遮られたが、今、ミカにとって最も重要なのは視覚ではない。彼はMEBIUSのサポートを受けながら、体の反応を鍛えるのだ。


「準備はできてる…よし、行こう。」


ミカは深呼吸をし、目隠しをしたまま静かに立つ。


その瞬間、MEBIUSの冷静な声が耳に響く。


『訓練を開始します。第一波、左側から枝が接近します。反応準備。』


耳を澄ませると、左側から枝が少しずつ動き、やがて音を立ててミカに向かって迫ってくる。音だけでは正確な位置が分からないが、ミカの脳内ではすでに別の世界が展開されていた。


『範囲索敵開始。』


瞬間的に、視覚が脳内に投影される。目の前に広がるのは、自分を俯瞰したビジョンだ。自分の位置が小さな点として表示され、その周囲にある木の枝の位置が、透明なラインで示されている。MEBIUSの解析によって、枝がどの位置から、どの方向に動いているのかが一目で分かる。


「左だ、左からだ!」


瞬時に、音とビジョンが一致し、ミカは左に身体をひねり、枝を回避するために反応した。頭の中で展開されるビジョンの中で、枝が正確にミカの顔をかすめる瞬間が映し出され、冷や汗が流れる。


『回避成功。次は右側から接近します。』


右側からの音を聞き逃すまいと、ミカは再び脳内のビジョンに集中する。右から接近する枝の位置がビジュアルで示され、ミカの体はその位置に合わせて微調整される。音が近づくのと同時に、身体が反応し、ミカは右に一歩踏み出して枝を避けることに成功する。


「よし、もう一度!」


ミカは少し肩をすくめながらも、次の指示を待つ。


『次は背後から複数の枝が接近します。反応速度を保ちつつ、複数の攻撃に対処してください。』


この時、ミカの脳内には複数の枝の位置が示され、背後から接近する枝が動き出すのが見えた。今度は、音だけでなくビジュアルでもその位置を完全に把握できる。


「いける!」


ミカは一度深呼吸し、背後に迫る枝を避けるために後ろにステップを踏んだ。その瞬間、頭の中で再びビジョンが変化し、もう一つの枝がミカの右脚をかすめたのが見えた。


『反応遅れ。次回はもっと早く動くこと。』


少し遅れた反応に悔しさを感じながらも、ミカはすぐに足元をしっかりと固め、次の動きを準備する。脳内ビジョンで自分の位置が確認できるため、ミカは次の枝の位置を予測しつつ、今度はすばやく右脚を引き上げて回避する。


『良好、回避成功。次は上方向から。』


『上方向?』


ミカは驚きながらも、すぐに脳内ビジョンを頼りに、上方から来る枝の位置を確認した。その方向から来る枝は思いのほか速く、ミカはすぐにしゃがみ込み、枝を頭上でかわすことができた。


「はぁ…はぁ…」


心臓がドクドクと鳴り、汗が額を伝う。しかし、少しずつではあるが、確実に反応が早くなっていくのを感じていた。


訓練は続き、MEBIUSの声が絶え間なく響き、ミカの脳内ビジョンは次々と動きながら、障害物や攻撃の位置を示し続けた。最初は必死に回避するだけだったが、次第にその動きに無駄が少なくなり、反応がスムーズに変わっていく。


訓練を終える頃、ミカは体力的に疲れきっていたが、達成感と共に立ち上がり、再び空を見上げる。


「まだ、もっと早く動けるようにならないと…」


自分の進歩を感じながら、ミカは再び目隠しをして次の訓練に挑む決意を固めた。

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