第7話 魔術解説

ミカが目を向けた先には、隣の部屋があり、壁には何も描かれていない。思い浮かべた言葉をMEBIUSに伝え、彼はそれを実行に移す。


数秒後、隣の部屋の壁に、ミカが心の中で思い浮かべた言葉が次々と浮かび上がる。壁に書かれたその文字は、まるで誰かが手で描いたかのように、はっきりとした筆跡で転写されていく。


「…!」


『これは情報伝達の一種です。あなたの指示に従い、指定した場所に思考を転写しました。』


ミカは壁に浮かび上がった文字を見ながら、驚きと興奮を感じた。自分の思考が、実際に物理的に現れることが信じられなかった。


「すごい…これが情報伝達か…!思った通りに伝わった!」


『伝達可能な範囲は最大10キロメートルですが、転写する内容には限りがあります。基本的には文字や符号、簡単な情報に限られます。』


「なるほど、文字だけなんだな。」


ミカは少し考えた後、次に気になったことを尋ねる。


「でも、これって僕が魔術を使ってるわけじゃないんだろ?お前がやってるんだよな?」


『その通りです。私はあなたの指示に従って、魔術に近い形で行動しています。あなた自身が魔術を使うわけではなく、私がその能力を体現しているのです。』


その言葉を聞いた瞬間、ミカは一瞬息を呑んだ。自分が魔術を使えるわけではないという事実が、予想以上に大きなショックとなって胸に響いた。彼は一度、魔術を使うことができる自分を夢見ていたが、その希望はあっさりと崩れ去った。


「…そうか、やっぱりそうなんだな。」


ミカはしばらくその事実を受け入れ、少し落ち込んだ。


しかし、現実を受け入れるしかないのだろう。魔術の力を使いたいという思いはあったが、それが自分の手のひらからではなく、MEBIUSによって行使されるものだということに、ミカは少しがっかりした。


『私はあなたの役に立つ存在であり続けます。今後もあなたにとって最良の結果を提供できるよう努めます。』


その冷徹な返事に、ミカは少しだけ心が軽くなった。MEBIUSは自分を助け、サポートしてくれる存在であることは確かだ。だが、それでもどこか物足りなさが残った。自分自身が魔術を使うわけではない、ただMEBIUSがその力を代わりに使っているだけだという現実に、どうしても納得できなかった。


「…ありがとう。でも、やっぱりちょっとがっかりだな。」


ミカは壁に浮かぶ文字を見つめながら呟いた。その思いは、手のひらから魔法を放つような力を得られないという失望感に変わった。彼のイメージする魔術は、もっと派手で、幻想的なものだった。火を操ったり、竜巻を起こしたり、あるいは魔法陣を描いて英霊を呼び出したり。だが、MEBIUSが見せてくれたのは、どこか冷たい現実だ。そもそも思い描いた魔術と現実が違いすぎたのだ。


しかしながら、少なくともMEBIUSがそばにいることは、まだ希望を感じさせた。自分が何を成し遂げるのか、どんな力を手に入れるのかは分からない。それでも、MEBIUSがいる限り、何かできるかもしれない。少なくとも今は、それだけで少し心が落ち着くのだ。


『あなたが望むことに最適な情報を提供し続けます。それが私の使命です。』


その冷徹な言葉が、ミカにとっては心強いものに感じられた。MEBIUSがどんなに冷たい存在であっても、それが自分にとっての支えとなることに気付いた。どんなに小さな力でも、それが自分にとっての力となり、いつか何か大きなことを成し遂げるための助けになると信じて。


「ありがとう、MEBIUS。これからも頼りにしている。」


『私の使命は、あなたのサポートを行うことです。』


その無機質な答えに、ミカは少しだけ懐かしさや安心感を覚えながら、もう一度壁に浮かぶ文字を見つめた。彼の冒険は、まだ始まったばかりなのだろう。そして、MEBIUSと共に進む道は、どんな形であれ、続いていくのだと感じていた。

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