第3話 英雄の目覚め

放課後、ラクシュミ・ヴェーダは学園の中庭にある古い石像の前に一人で立っていた。彼女が手帳を開いて何かを書き込んでいると、背後から重々しい足音が近づいてきた。

 「やあ、ラクシュミ嬢。」

 低い声と共に現れたのはチャーチル・ハワード。サラスヴァティ学園に留学しているイギリス人の上級生で、植民地時代の余韻を引きずるかのような傲慢な態度で知られている男だ。

 「……何の用ですか?」

 ラクシュミは声を低くしながら振り返る。

 「何の用? 君のことが気になっているんだよ。」

 チャーチルは軽薄な笑みを浮かべながら一歩近づく。その態度には明らかな威圧が含まれていた。

 「付き合わないか? 僕と君なら、まさに完璧な組み合わせだと思うけど。」

 「冗談はやめてください。興味ありません。」

 毅然とした態度でラクシュミが拒否すると、チャーチルの表情が一瞬険しくなる。

 「断るのは君の自由だが……その態度、インド人のくせに少し生意気じゃないか?」

 その言葉にラクシュミの体が硬直した。チャーチルはさらに一歩近づき、手を彼女の腕に伸ばそうとする。

 「触らないで!」

 ラクシュミが叫び、後ずさる。その瞬間、背後から声が響いた。

 「おい、何をしている?」

 振り返ると、そこにはムハマド・カルマが立っていた。

 ムハマドは状況を一瞬で理解し、ラクシュミとチャーチルの間に割って入った。

 「ラクシュミに何か用か?」

 ムハマドの目には怒りの炎が宿っていた。それを見て、チャーチルは鼻で笑った。

 「君か。噂のダリットの奨学生が何のつもりだ? ここは君みたいな身分の者が口を挟む場所じゃない。」

 ムハマドの拳がわずかに震える。だが、彼は冷静さを保ちながらチャーチルを睨みつけた。

 「身分だって? そんなものを振りかざして女の子を脅すのが『上級生』のやることか?」

 チャーチルはムハマドの挑発に苛立ち、彼を押しのけようとする。しかしムハマドはその手を振り払う。

 「帰れ、チャーチル。ラクシュミはお前のものじゃない。」

 その言葉にチャーチルはさらに激昂したが、ラクシュミは震える声で叫んだ。

 「もうやめて!ムハマド、十分よ……!」

 ラクシュミの声がその場の空気を変えた。チャーチルは舌打ちをし、肩を怒らせながらその場を立ち去る。


 「ラクシュミ、大丈夫か?」

 チャーチルが去った後、ムハマドは彼女に優しく声をかけた。ラクシュミは頷きながらも、瞳には涙が浮かんでいた。

 「ありがとう、ムハマド。あなたが来てくれなかったら、私……。」

 ラクシュミの声が震える。彼女はその場に座り込み、感情を抑えきれなくなった。

 ムハマドは彼女の隣に静かに腰を下ろし、言葉を選びながら言った。

 「俺がいなくても、君は負けなかったさ。君は強い人間だ。でも、困っているときは遠慮なく頼っていい。」

 ラクシュミはムハマドの顔をじっと見つめ、静かに微笑んだ。その笑顔には、これまで以上に深い信頼と感謝が込められていた。そして、この瞬間から、彼女の心には確かにムハマドへの特別な感情が芽生え始めていた――。

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