サンタクロースっているんでしょうか?

古木しき

「サンタクロースっているのでしょうか?」

「サンタクロースっているのでしょうか?」

 これは1897年にアメリカの新聞『ザ・サン』にて掲載された社説である。当時8歳の少女ヴァージニア・オハロンから投書されたこの質問に答えるという形で記者のフランシス・ティーチが社説を書いたものである。その内容がサンタクロースはという前提のもと語られるのだが、それだけではなく、目に見えるものしか信じない悲しさと、目に見えないものの確かさ、不変さ、そしてそれを信じることの素晴らしさを説いたものであり、その内容の出来の良さから絶賛され、毎年掲載されるようになった。

 そして100年以上経った今でも絵本や映画として語り継がれている。これが有名になって以降、世界中の新聞や雑誌、ラジオからテレビにまで同じような内容の投書が増えたのは言うまでもない。そのときの担当の記者や、ラジオパーソナリティなどによっては夢をぶち壊しかねない呆気ない回答をする者から、サンタクロース宇宙人論を展開するトンデモオカルト解説者まで現れた。

 そのような話も下火になり、もう大半の人から忘れられるようとしている現代の深夜ラジオにおいて、このような電話が届いた。


「……私は8歳です。名前は……カナと言います。……質問です。サンタクロースはいるんでしょうか? 教えてください」

 このラジオは深夜1時から2時にかけての全国放送で、リスナーの悩みや相談を聞くというものであったが、深夜という性質上、下らない内容が大半であり、ラジオパーソナリティの芸人・三田ティチがその下らない質問にズバズバ痛快に答える人気コーナーであった。年齢層も受験を控える不良的高校生からぼんくら社会人が固定層であり、下ネタや下世話な話のオンパレード。さらに今日はクリスマスということで彼女もできなかった情けない男どもが集っていたが、この質問者は明らかに違った。

「あれ? あ、やぁカナちゃん。夏休み子供電話科学相談と間違えてないかい? しかもこの時間にこんな番組にかけてきちゃあ……ダメだよ? お父さんやお母さんに知られたら叱られるよ?」

電話の向かいのカナちゃんは少し黙ってから、

「サンタクロースっているんでしょうか?」

と、再び繰り返した。

 これはさすがに放送事故もいいところで焦ったディレクターらはどうか穏便に済ませるよう、三田に指示をしたが、いかなるリスナーも大事にする三田はこのカナちゃんともう少し対話してみようと試みだした。

「カナちゃんは8歳だったっけ? たぶんお友達やお父さんお母さんから何か言われたんだろうねえ。でもオレはサンタクロースはいるって思うな。知ってる? ちゃんとグリーンランドってところにはサンタクロースがいて毎年クリスマスに世界中の良い子のところへプレゼントを届けに行くんだよ。でもまぁ、こういう日本のような子供がいっぱいいる国ではサンタクロースは1日で回ることはまず、無理だよね。だからお父さんお母さんに協力してもらって渡しているって話があるんだ」

 三田のベラベラ回る口に感心しているディレクター達だったが、カナちゃんの様子は違った。

「……サンタクロースは悪い子はさらっちゃうんですか?」

 その声は震えていた。

「うーん。そうだねぇ。悪い子にはプレゼントはあげられないし、こんな時間に起きてるような子には罰が当たるかもしれないねえ。カナちゃんも早く寝るんだよ!」

すると、カナちゃんの様子が更に変わった。

「わたし、悪い子だからサンタクロースにさらわれちゃったんだ……」

三田はもちろん、スタッフ全員は耳を疑う。

「え? カナちゃん? カナちゃんは今お家にいるの?」

「……わかんない…です」

 これは事件かもしれない。もしかしたらこの電話をかけてきたカナちゃんは誘拐されていて、なんとか電話をかけて助けを求めているのかもしれない。ディレクターはすぐさま、上と警察に連絡をした。三田にはずっと電話を途切れさせず繋いでいるよう、腕を回して指示。三田もその合図を見て汗をひたりと垂らし、頷く。


一旦CMに入らせ、その間に三田はカナちゃんの情報を聞き出そうとする。

「カナちゃんは住所……お家は言えるかな?」

「……○○県〇〇市の〇〇です」

「おお○○かぁ。うちのスタジオから車でぶっ飛ばせば1時間くらいで着くくらいかな。お父さん、お母さんはなんて名前なの?」

「……お父さんは……マミヤ……ジュンイチ……お母さんは……ハルミって言います……」

「ということはカナちゃんのフルネームはマミヤカナちゃんで合っているかな?」

 少しの沈黙が流れる。

「わたしは、シナミカナって言います……」

 三田とスタジオの向こう側のスタッフ達は顔を合わせる。

「えーと……シナミカナちゃんとお父さん達のマミヤさんとはどういう関係かわかるかな?」

 カナちゃんはどう答えようか悩んでいるようで、暫く時間があった。

「うーん……お父さんはお父さん……です」

三田とスタッフらは困惑した。内縁の夫とという可能性もある。慎重に聞きだしたいところであったが、ここで民放ラジオの欠点がでてしまう。

 新米ADが、

「すみません!もうCM明けちゃいます!」

 イラついた三田は、

「ちょっと! 非常事態なんだよ!なんとか延ばせないの!?」

 新米ADは申し訳なさそうに、

「もう3回分引き延ばしてるんで、これ以上となると……よくわかりません!」

 ディレクターと話を聞いて飛び込んできたプロデューサーが、

「もっと延ばせる! 人気番組だ。もしかしたら誘拐犯も聴いている可能性も考えられる。三田! もっとカナちゃんから情報引き出せないか? カナちゃんの言った住所には警察とうちのスタッフを向かわせる準備もできている!」

 三田は決心づいたように強く頷き、カナちゃんに優しく話しかける。

「カナちゃん……今、お父さん達は何してるのかな?」

「わかりません……」

「あ、じゃあカナちゃん、今どこでどうやって電話かけているのかな? このラジオにかけたってことは近くにラジオがあるってことだよね?」

カナちゃんは少し戸惑いつつも、

「えっと……暗くて……あ、でも上に大きい窓があって……そこから月が見えます。……ラジオはその部屋にあったのを……寂しかったので……電話はわたしのスマホからかけています」

 屋根裏部屋であろうか。ということは一軒家。三田は手もとにあるタブレットで住所付近の地図を出す。確かにここらへんは一軒家の多い住宅街だ。屋根に窓のついているような家もたくさんある。

 待てよ。スマホからかけているのなら、警察にかけたら逆探知して、駆け付けられるのでは?

「カナちゃん? そのサンタクロースはサンタじゃないんだ。とても悪い人かもしれないんだ。警察……お巡りさんに電話をかけられるかい?」

 カナちゃんはまたも沈黙し言葉に悩んでいるようであった。

「お巡りさんはダメって……お父さんお母さんと二度と会えなくなっちゃうってサンタクロースが……」

 これは誘拐犯が警察に通報しないよう、釘を刺しているのか、それとも……。

「じゃあ……このラジオサンタのお願い、聞けるかな?」

「えっ……?」

 カナちゃんは明らかに動揺した声をかすかに出した。



「クリスマスひとりぼっちのお前ら! ごめんな! 俺は今から急遽、サンタになって女の子に会わなきゃいけねえんだ! 今、スタジオを出て某所に向かってんだ! お前らならわかるよな! チャンネルはこのまま!!」

 三田はスマホに替えてスタジオからディレクターら共に出てカナちゃんちへ向かった。スタジオでは他のスタッフが三田からの通話を途切れさせないよう、放送に繋ぎ、ADが代理でその場を繋いだ。


 深夜2時、とある住宅街にパトカーや救急車と並び、ラジオ局の車も停まっている。

「カナちゃーん!ラジオサンタこと三田ティチがプレゼントを届けに来たぞ!」

ラジオサンタこと三田の号令に合わせてカナちゃんは窓に向かって思い切りラジオを投げつけ、窓をぶち破った。その音と場所に警察とラジオ局連中は気づき、その家に突入したのだ。


 カナちゃんは無事保護された。

 誘拐犯はカナちゃんの言うお父さん、お母さんであった。正確には父でも母でもなかったようだが、しばらくの間、この偽両親とカナちゃんは過ごしていたと思われる。彼女の祖父母から行方不明の届け出が出されていたと後の報道で知らされた。


「カナちゃん。サンタクロースはいるんだよ。良い子だろうが、悪い子だろうが、救ってくれるいろんなサンタクロースがいるんだ。俺もラジオサンタとか言ってダメな奴らを時には怒って、時には喜ばせている。でもね、カナちゃん。君の思いきった勇気があったからこそ、サンタクロースは来てくれたんだ」



 その日の深夜ラジオは常に中継され放送時間の2時を回っても特別に延長され、深夜という時間帯の割には異様な聴取率を獲得し、クリスマスにおけるラジオサンタ伝説となった。


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