第5話

扉が開かれると、すぐに駆け寄った。



「お母さん!」

病院だということも忘れ、部屋に入るなり思わず大きな声で呼んだ。


然し返答はなく。


広い個室にたった一つ置かれたベッドの上に、母は横たわっていた。

白い布団を掛けられ、沢山の機器を繋がれて。



「お母さん?ねぇ、お母さんってば。返事して?…え?」

駆け寄ったベッドの上に寝かされた母の顔を見て、絶句した。


久しぶりだわ、って化粧をしていた顔には、ガーゼが貼られ、隙間から青紫色の痣が見える。


「何で、」


思わず目を覆い隠したくなる程に痛々しい母の姿に、戸惑いを隠せずにいた。

母が閉じていた瞳を薄らと開け、目が合う。


「あげ…は」

絞り出すような母の声がした。


「お母さん?!ねぇ、どうしたの?!何があったの?!何でこんなに、傷だらけなの…?」

気づけば涙が溢れてきた。



「紅葉の、言ってたこと…聞けば、よ、かった、ね…、でも、今日は、どうし、ても、行かなきゃ、…いけ、なくて、」

母の言葉を聞かなきゃ。そう思うのに、涙で視界が滲んで母の顔ははっきり見えない。


「あ、げはの…おと…さん、会ってた、の。あ、紅葉、ごめ、ん、ね。」


何も口にできず、首を振る。

機械に繋がれた母の手を握る。暖かい。

ねぇ、お願い。生きて。何でお母さんがこんなことになるの?どうにかしてよ。

そう医師に言いたかった。でも、目の前で話す母の話を聞かずには居られなかった。


「大好き、よ…あげ、は…幸せ、に、なりな、さい」


そう呟くように話すと、握っていた手から力が抜けた。

それと同時に、繋がれていた機械から命の終わりを告げる電子音が響いた。


「お母さん、ねぇ、お母さん…!」


全身の力が抜け、泣き崩れた。


何で。何でお母さんが。

何も悪いことなんてしていないのに。

ねぇ、どうして?

あの時、ちゃんと止めれば良かった。今日はやめた方が良いって。

自責の念に駆られ目の前が真っ暗になる。





そこからの記憶はあまりはっきりとはしていない。


処置をお願いし、病室を後にしたまでの記憶は残っている。


うっすらと警察から話を聞いた記憶もある。

信号無視をしてきた車に母は轢かれたと。

雨で視界が悪かったことが原因——そう言われた気がする。

そこから気づけば葬儀が終わり、ただただ呆然としたまま時が流れた。



もう何日食事を摂っていなかっただろうか。

このまま私も——。そんな考えが頭をよぎる。

その考えを打ち消すように、アパートのインターホンが鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る