彼女が変(全3話)
彼女が変①
群馬県の山中にある旅館『
周囲に娯楽施設は全くないが、宿泊費が安いことと、温泉から山が一望できるおしゃれスポットであることから若い男女に人気の旅館だ。
PM 3:57
2人の男女が、ネットで予約した部屋に到着した。1人は
宿泊する部屋は8畳の和室で、部屋の奥にトイレと洗面台が備え付けられている。
荷物を部屋の隅に置き、畳の中心に置かれたローテーブルを挟んで座るビンタロウとエミリ。ビンタロウはあぐらをかいて「疲れたぁ」とだらしなく愚痴をこぼす。一方でエミリはニコニコしながら黙ってビンタロウを見つめ、正座をしている。
所属している写真サークルで出会った2人。入部した当初はほとんど交流していなかったが、サークルのイベントを通して会話をする機会が増え、親密になっていった。男性と話すことに不慣れそうなエミリは、最初何を言っても素っ気ない返事しかしなかったが、ビンタロウにはそこが魅力的に映った。「おとなしくてミステリアス。でも自分の意思を持っていて、派手ではないけれど写真でしっかり自己表現をしている」。そんな女性がビンタロウのタイプであり、エミリはピッタリ合致したのだ。
ビンタロウがアプローチを繰り返し、3週間前に付き合い始めた2人。これまでは大学の近くで遊ぶことが多かったが、ビンタロウの提案で連休を利用し2人だけで遠出することにした。
ビンタロウ「そんなに肩肘張らなくていいよ。もう誰も見てないんだし、家にいると思ってリラックスしなよ」
いつも物静かで礼儀正しいエミリのことが好きなビンタロウ。しかし自分と過ごす間ずっと気を張っているのは疲れるだろう。せっかく知り合いがいない地に来たのだから、羽を伸ばしてほしい。そんな気遣いから一言声をかけた。
エミリ「ありがとう。じゃあお言葉に甘えてゆっくりさせてもらうね。ふぅ」
エミリは正座を崩し、横座りの体勢になる。ビンタロウからするとまだ気を張っているように見えたが、リラックスは強制するものではない。エミリのペースで過ごしてもらうのがベストだと考えた。
一方で、エミリが自宅ではどのように過ごしているのか知りたい気持ちもあるビンタロウ。2人は今まで外でしか会ったことがなく、人の視線が無い場所ではどう過ごしているのかお互いに知らない。この旅行はエミリの意外な一面を垣間見て、より好きになれるチャンスだとも感じていた。
ビンタロウ「お茶淹れるけど、飲む?」
エミリ「ありがとう。いただく」
ビンタロウは立ち上がり、テーブルに置かれたポットを洗面台まで持っていき、中に水を入れる。テーブルに戻るとポットのスイッチを入れた。そしてポットと一緒に置いてあった2つの湯飲みに緑茶の粉を入れる。お湯が沸き、湯飲みに注いだ。一方をエミリに差し出す。
ビンタロウ「熱いから気をつけてね」
エミリ「大丈夫。私、熱いお茶好きなんだ」
ビンタロウが湯飲みに口をつける。直後、目の前から熱湯が飛んできて顔面にかかった。
ビンタロウ「熱っつ熱ぅあちぃぃぃわぁぁ!」
両手で顔を拭い、熱湯を払うビンタロウ。何が起こったのか理解が追いつかない。視線を正面に向けると、エミリが空になった湯飲みを手に持っているのが見えた。エミリが熱々のお茶をビンタロウの顔に目がけてかけたのだ。
ビンタロウ「エミリちゃん!?何やってんの!?」
エミリ「えっ……お茶かけたんだど?」
ビンタロウ「何でお茶かけるの!?飲むものでしょ!?」
エミリ「そうなの?でもビンタロウくん、家にいるときみたいに過ごして良いって言ったから」
ビンタロウ「普段家で何やってんの!?家族でお茶ぶっかけあってんの!?」
エミリ「そうだけど……」
ビンタロウ「どこの部族なのだよ!?」
エミリはニコニコしながら「ごめんね。でも自分の常識は他人の非常識っていうでしょ?」とビンタロウをなだめようとする。一応謝ってもらったのでそれ以上は何も言わなかったビンタロウだが、エミリの行動に強い違和感を覚えた。
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