彼女が変②

お茶をかけてきたエミリの行動を不審に思うビンタロウ。エミリは相変わらず明るい笑顔をビンタロウに向けている。その表情はとても可愛らしく、見ているだけでビンタロウの心を癒やす。エミリの笑顔に免じて多少の粗相は許すことにした。


突如、ビンタロウを強い眠気が襲う。旅行のことを考えるあまり緊張してしまい、前日の夜からほとんど眠っていなかった。エミリに「肩肘を張らなくていい」と言いながら、自分も気を張っていていたようだ。旅館について一安心し、どっと疲れが襲ってきた。



ビンタロウ「ちょっと眠くなってきちゃった……仮眠とるね。あっ、もちろん気まずいからとかじゃないから!昨日の夜、なかなか寝付けなくて」


エミリ「大丈夫?体調悪い?」


ビンタロウ「いや平気!10分も寝ればまた元気になるよ!」



ビンタロウはメガネをテーブルの上に置き、尻の下に敷いていた座布団を折って枕代わりにし、仰向けになる。目を閉じて20秒ほど経ったとき、薄いまぶたの向こう側でうっすらと感じていた天井の照明の光が何かに遮られ、自分の顔に影かかかるのを感じた。薄目を開けるビンタロウ。自身の体の上にエミリがまたがり、顔を目がけてポットのお湯を垂らそうとしていた。


ビンタロウは慌てて頭を右横に移動させる。さっきまで自分の頭があった座布団の上に、ポットから注がれたお湯がびちゃびちゃと跳ねた。



ビンタロウ「何やってんの!?」


エミリ「だってビンタロウくん、眠いって言ったから。眠気覚ましにと思って」


ビンタロウ「違う意味で眠気覚めたわ!」



エミリはビンタロウから離れ、テーブルの上にポットを置く。ビンタロウは飛び起きた。うかつに眠ることもできない。


エミリは自身の座布団の上に再び腰を下ろすと、ビンタロウへ笑顔を向けた。明らかに異常だ。普段は見られないエミリの意外な一面を知るつもりでいたビンタロウだが、これまでの行動は「意外な一面」という言葉で括れるものではない。殺そうとしている。


物静かで礼儀正しいエミリからは想像もできない行動に、ビンタロウの中で不信感がさらに募る。エミリの本性なのか、あるいはエミリの中で何らかの異変が起きているのか。ビンタロウはその可能性を、に確認することにした。



ビンタロウ「エミリちゃん、先に温泉に入ってきたら?夕ご飯までまだ時間あるし、俺もちょっと寝るから、ゆっくり入って来なよ」


エミリ「うん、そうだね。行ってくる」



エミリは旅行カバンの中から自分の下着が入っていると思われるビニール袋と化粧品バッグを取り出し、部屋のタンスの中に用意されていた浴衣と一緒に胸に抱えて部屋から出て行った。


ビンタロウは部屋の外の廊下を歩くエミリの足音が聞こえなくなるのを確認すると、ズボンの右ポケットに入れていたスマートフォンで電話をかけた。相手は、ビンタロウが所属している呪詛ゼミの担当教員である遅念ちねん


5回のコールの後、「もしもしぃ?」という遅念の声が聞こえた。



ビンタロウ「遅念先生、ビンタロウです。突然すみません……ちょっと相談したいことがあって」


遅念「あら、ビンタロウくんが電話してくるなんて初めてだよねぇ?どうしたのぉ?」


ビンタロウ「彼女の様子が変なんです……」



ビンタロウは普段のエミリのことと、旅館に到着してからのエミリの奇行を遅念に伝えた。



遅念「なるほどねぇ。まさに豹変って感じだ」


ビンタロウ「まだ何も根拠はないんですけど、彼女に悪霊が『憑依』してて、変な行動をさせてるんじゃないかと……」


遅念「可能性としてはゼロじゃないねぇ。通常『憑依』の儀式は悪霊が放つ邪気で対象者を呪うために行われる。けど中には邪気の影響を受けない人もいるんだ。ごく少数だけどね。で、邪気を受けない人にも2パターンあって、『心身に一切の変化が無い人』と、『体調に変わりは無いけど精神を操られてしまう人』がいる。ウチのゼミのコココさんが前者のタイプ」


ビンタロウ「じゃあ俺の彼女……エミリちゃんは」


遅念「後者の『体調に変わりは無いけど精神を操られてしまう人』かもしれない。普段はおとなしい人が突然暴力的になるのが典型的なケースだねぇ。このパターンの人はかなりレアだ。もし可能なら、エミリさんをそのまま連れて帰ってきてほしいなぁ。良い研究対象になる」


ビンタロウ「人の彼女を実験用のカエルみたいに言うのはやめてくださいよ!」


遅念「ははははは、冗談だよ。エミリさんの行動が変化したのはその部屋に到着してからなんだよね?だとしたら、部屋のどこかに『降霊』と『憑依』を引き起こす『自動型の儀式』が仕掛けられているかもしれない。エミリさんはその儀式の発動条件を満たしてしまった」


ビンタロウ「今から探してみます。ところで、エミリちゃんを正気に戻すにはどうすればいいでしょうか?」


遅念「前に授業で教えた除霊効果があるアイドルの曲、覚えてる?それをエミリさんに聞かせれば、悪霊を祓えるはずだよぉ」


ビンタロウ「わかりました。ありがとうござます。彼女が帰ってきたらすぐ」



突如ビンタロウの首がキツく絞められ、息ができなくなった。後ろから誰かが首を絞めている。首を右に90度回転させて、背後に視線を送るビンタロウ。浴衣を羽織り笑顔を浮かべるエミリが帯でビンタロウの首を絞め上げていた。

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