傷つかない世界③
扉越しに会話を続ける
遅念「キミは団地の住人を『降霊』と『憑依』の儀式で呪殺したようだね?それから会社の同僚を体調不良に陥らせた」
カズヤ「……いけませんか?」
遅念「いや、善悪を議論したいわけじゃないんだ。キミが儀式をやった自室から近い場所にいる団地の住人を呪殺できたのは納得できる。でも、会社の上司や同僚はこの団地に住む人じゃないでしょ?」
カズヤ「……はい」
遅念「『憑依』の対象者との距離が離れるほど儀式の成功率は下がる。儀式であの世から呼び出した悪霊はすでに成仏した霊だからこの世に未練がなく、存在を長時間維持できない。そのため対象者に取り憑くまでにまたあの世へ戻ってしまう可能性が高い。力の弱い悪霊ならなおさら。だから儀式は対象者の近くでやるのがセオリー」
カズヤ「……ですね」
遅念「しかし代償として生き物の命を払えば、この世に滞在できる時間の長い、強い力を持つ悪霊を『降霊』できて多少の距離は埋められる。キミの部屋に侵入した虫や、飼育している小動物なんかを代償に使えばできるだろうね。それでも団地の敷地内程度が限界。5キロも10キロも離れた人間に悪霊を取り憑かせるのは不可能というのが、過去に僕が実験して得た結論だ」
カズヤ「……その論文も読みました」
遅念「キミはどうやって、部屋の中から遠方で暮らす会社の人たちに悪霊を『憑依』させたんだい?」
カズヤ「……特定の人物を殺すために強力な悪霊を『憑依』させる『手動型の儀式』は、対象者との距離が近くないとまず成功しません。先生のおっしゃるとおり動物を代償に使っても1〜2キロ範囲くらいが限界です」
遅念「うん。僕の理論とも合致してる」
カズヤ「……ですが、一定の条件下で不特定多数に力の弱い悪霊を『憑依』させる『自動型の儀式』なら、この部屋にいながら遠くにいる対象者に作用させられるんです……ほぼ確実に」
遅念「そこがわからないんだ。『自動式』は儀式を罠のように設置して、条件を満たした人全員に悪霊を『憑依』させる。でもその儀式は対象者のそばに設置しないといけないというのが僕の認識だ。部屋にいながらどうやって儀式を設置したんだい?」
カズヤ「……簡単です。メールと画像データを使います」
遅念「メールと画像……?」
カズヤ「……『自動型の儀式』に使う術式を撮影し、画像データとしてメールに添付して対象者に送るんです。そのメール自体には何の仕掛けもありません。術式のほうに『画像を開いて術式を見た者に悪霊を憑依させる』という発動条件を組み込んでおきます」
遅念「なるほど……データという形で『自動型の儀式』をメールで送りつけ、悪霊を『憑依』させるのか。メールを使って対象者との距離の問題を解消したと」
カズヤ「……はい。パソコンではなく、パソコンの使用者に異常をきたすウイルスのようなものです」
遅念「どうやってその方法を見つけたのぉ?」
カズヤ「……最初はただの希望でした。部屋から出ずにムカつくヤツを呪えたらなって。それから先生の論文を参考にどんな状況でなら『降霊』と『憑依』が起こせるのか仮説を立てて、ネットで知り合った人間を相手に実践していきました」
遅念は数秒黙った後、右膝を手のひらでパチンと叩いた。
遅念「すごいよぉカズヤくん!キミの研究は僕の先を進んでいる!メールと画像データを使って遠方の人間を呪う……そんなことができるなんて思いもしなかった!」
カズヤ「……」
遅念「ぜひキミの知見を、僕のゼミ生にも伝えたい!」
カズヤ「……今の説明を遅念先生から話せばいいのでは?」
遅念「キミが発見した方法なんだから、キミの手柄だよぉ!僕は他人の手柄をさも自分のもののように話したくはないんだ!研究者としてのプライドが許さない!」
カズヤ「……でも俺、人を殺してますよ」
遅念「儀式と殺人の因果関係を科学的に証明することは不可能。キミが殺したとは言い切れない」
カズヤ「……」
遅念「もちろん無理にとは言わないよぉ。だけどキミの発見を多くの人に知ってもらう機会として、キミが部屋から外に出る機会として、僕のゼミを利用してみてほしいなぁ」
カズヤ「……怖いんです……外に出るのが……この部屋は安全です……ここにいれば誰からも攻撃されない……傷つくことはない……敵がいない、傷つかない、僕だけの世界……」
遅念「社会復帰しろなんて言わない。イヤならまた部屋に戻っても構わない。でも少しだけでいいから、勇気を出して殻を破ってみないかい?」
カズヤも遅念も会話を止める。5分後、扉が解錠される音がした。ゆっくりと扉が開き、カズヤが出てくる。ふっくらとした体型で、髪は脂ぎっている。
カズヤ「……こんな俺でも、学生たちの参考になりますか?」
遅念「うん。でもまずお風呂に入ったほうがいいかなぁ」
部屋から出たカズヤは、タケフミとミホと対面し、今までの行いを謝罪した。タケフミとミホは涙を流しながら、カズヤと抱擁を交わす。そして遅念に、膝にくっつきそうなほど頭を深く下げた。
遅念「部屋の前までで良かったのに」
カズヤ「……外に出るためのリハビリです。今はここまで。やっぱり外は怖い」
遅念「キミのペースで、少しずつでいい。ゼミに来られそうになったら連絡してね。いつでも待ってるよぉ」
遅念はカズヤに背を向け、歩き始める。その直後、鈍い衝突音と何かが割れる音が背後から聞こえた。振り返る遅念。カズヤが頭から血を流してうつ伏せに倒れており、頭のすぐそばに割れた植木鉢が落ちていた。
どこかの部屋のベランダから落ちてきた植木鉢がカズヤに当たったのだろう。遅念はカズヤに駆け寄り、体を揺さぶる。しかし反応が無い。
建物を見上げる遅念。最上階、8階のベランダから乗り出す2人の少女が遅念とカズヤを見下ろして笑っていた。
<傷つかない世界-完->
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