恋敵を討つな②
アヤは、
アヤが遅念の依頼を受けてから3日後
PM 4:32
鮫肌中学校4階 3年1組教室
真ん中あたりの席に座るアヤ。右隣の席にブレザー姿のユズハが座る。小柄で黒いロングヘアの少女。友人を呪い殺そうなどと考えそうにもない、おとなしげで穏やかな雰囲気をしている。
教室には2人だけ。開いた窓の外から部活動をしている生徒たちの声が微かに聞こえる。アヤは早速ユズハの説得に取りかかった。
アヤ「遅念先生とかいうオッサンには話しにくいこと、いろいろあったでしょ?私、つい何年か前まで中学生やってたから、あのオッサンよりはユズハちゃんの気持ち、わかってあげられると思う!」
ユズハ「……アヤさんは遅念先生の代理人なんですよね?なら私に友達を殺すのをやめるよう言いに来たってことですか?」
アヤ「うん。でもユズハちゃんが友達を恨んでいる理由次第では、私から遅念先生に頼むのもありかなって思ってる!だから遠慮無く、思ってること全部お姉さんに話してね!」
すでに遅念から何度も断られているユズハを否定するスタンスでは話を引き出せないと考えたアヤ。もちろんユズハに友人を殺させるつもりはないが、彼女の事情を詳しく聞くためにユズハ寄りの立場であることをほのめかす。
ユズハは数秒考え込んで頭の中を整理し、切り出した。
ユズハ「私の友達、ヒヨリとは中3で初めて同じクラスになって、すぐ仲良くなりました。趣味も合うし、食べ物の好みも近くて、毎日一緒に遊んでいたんです。親友だと思ってました。だから私の好きな人のことも相談したんです」
アヤ「じゃあ、そのヒヨリちゃんって子に好きな男を取られちゃったと」
ユズハ「はい。野球部のピッチャーで4番バッターだった、同じ学年のヒロトくんっていう男子です」
アヤ「ヒロトくん……属性が全部陽キャのそれだね。私はちょっと苦手なタイプかもしれないけど、中学時代はやっぱりこういう王道を行く陽キャがモテるんだろうなぁ」
ユズハ「ヒロトくんと私は小学校が同じで、当時から好きでした。でもずっと気持ちを伝えられなくて。それどころか話をしたことすらほとんどなくて……そのことをヒヨリに相談しました。最初はヒヨリが『ヒロトくんと話すチャンスを作ってあげる』って協力してくれていたんですが、ヒヨリがヒロトくんと話す機会が増えただけで……先月くらいから、2人が付き合ってるってウワサが流れ始めました」
アヤ「あららぁ……なるほどねぇ」
ユズハ「私が何年もヒロトくんのことを好きだって知ってて、ヒヨリはヒロトくんと付き合ったんです!私から彼を奪ったんです!だから絶交して……」
アヤ「殺した証拠が残らない『降霊』と『憑依』の儀式をやろうと」
首を縦に振るユズハ。
ユズハ「遅念先生に断られた後、自分で儀式のやり方を調べて、いくつか試してみました。でもヒヨリはいつまでたっても死なないし……」
ユズハはうつむき、言葉を止める。
アヤ「ありがとう!よ〜くわかった!ユズハちゃん、ヒヨリちゃんとヒロトくんのことはキッパリ忘れよう!そして二次元を愛そう!」
ユズハ「二次元……?」
アヤ「アニメとかマンガとかのキャラを愛すの!三次元の人間は裏切るけど二次元の人間は裏切らない!二次元は良いよ〜!公式だけじゃなく同人でもグッズとか小説とかあっていろんな楽しみ方ができるから!私は百合同人誌を集めるのが大好きで」
ユズハ「私そういうの全く興味ありません。というか嫌いです。ただの現実逃避じゃないですか。現実世界を生きられないから架空の世界に逃げてる惨めな敗北者。だからアニオタとか見てると殺したくなるんです」
アヤ「……そうだよね。好き嫌い分かれるよね……私は殺さないでくれるかな?」
アヤの『自分の世界全開マシンガントーク』も、ユズハには通用しない。装甲車に弾丸を撃ち込んでいるかのようだ。アヤはアプローチの方法を変えることにした。
アヤ「ユズハちゃんが自分でやった儀式は成功しなかったんだよね?」
ユズハ「はい」
アヤ「私、大学で『降霊』と『憑依』の儀式を勉強してるから少しは詳しいんだけど、儀式は複数の条件がしっかり揃わないと成功しないの。場合によっては大きな代償が必要になることもあって、中学生が一人でやるのは難しい」
ユズハ「……」
アヤ「特に重要なのは、悪霊を『憑依』させる相手への恨み。それが足りないと儀式は成功しない。ユズハちゃんの儀式が上手くいかなかったのは、本当はヒヨリちゃんを殺したいほど恨んでいないからじゃないかな?」
ユズハ「……」
アヤ「心の奥底では今でもヒヨリちゃんのことを大切な友達だと思っていて、これからも仲良くしたい。だから儀式は成功しなかった。違う?」
ユズハ「……いいえ、違います。私はユズハのことを殺したいと思っています。もし儀式が上手くいかないのなら、包丁で直接刺し殺すまでです」
アヤ「ユ、ユズハちゃ」
ユズハ「今日アヤさんに来てもらったのは恋愛の相談をしたかったからではありません。私の儀式を見ていただき問題点があるかどうか、専門家としての意見をもらいたかったからです」
アヤ「な、何を言ってるの……?」
ユズハは黒板の上に取り付けられた時計を見る。時刻は午後5時になろうとしていた。
ユズハ「そろそろ始めます」
スカートの左ポケットから小さなチャック付きビニール袋を取り出したユズハ。中には髪の毛が1本入っている。ユズハは右手の親指と人差し指で髪の毛をつまむと、口の中に入れてゴクリと飲み込んだ。
直後、教室の後ろ側の扉が開く。学ランを着た短髪の男子生徒が入って来た。ユズハは椅子から立ち上がり、机の間を縫って教室の後ろまで歩く。状況が飲み込めないまま、アヤがその後を追った。
足を止め、男子生徒と向かい合うユズハ。
ユズハ「ヒロトくん、来てくれてありがとう」
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