遅念VS火我③

PM 1:57

栄毛村えいげむらの最寄駅に到着した遅念ちねん火我ひが。依頼人の鈴貴すずきと合流し、鈴貴の軽自動車に乗った。火我が助手席に、遅念が後部座席に座る。



火我「鈴貴さん、マスマス様の祠へ向かってください」


遅念「いや、まずは子供たちがいる病院に行ってくれますかぁ?彼らの様子を見せてください」


火我「原因の究明が先だろう」


遅念「子供たちの命が優先です。もしかしたらすぐに回復させらるかもしれません」


火我「……キミはいつから医者になったんだ?」


遅念「呪いを受けた人を治すのも『降霊』と『憑依』を研究する学者の役割ですよ。知ってました?」


鈴貴「で、結局どこに行けば……」



むすっとした表情で黙り込む火我。



遅念「病院へお願いします」



−−−−−−−−−−



20分後

病院に到着した遅念、火我、鈴貴。3人の少年が入院している病室へと向かう。4人用の相部屋で、そのうち3つのベッドに少年たちが仰向けになり、呼吸器をつけて眠っていた。


3人それぞれを観察する遅念。



鈴貴「どうでしょうか?助けられそうですか?」


遅念「3人とも体から微かに邪気が漏れ出てますね。やはり悪霊が『憑依』している。いわゆる呪いを受けている状態です」


鈴貴「悪霊の呪いですか……」


火我「なら遅念教授、キミはマスマス様の正体は悪霊だと言うのかね?」


遅念「まだわかりません。ですがこの子たちを苦しめている原因が悪霊なら、すぐに取り去ることができます」



遅念はズボンの右ポケットからスマートフォンと無線イヤホンを取り出し、イヤホンを一人の少年の耳に付け、音楽を再生する。



遅念「除霊効果を持つ、とあるアイドルの曲を聴かせています。10分もすれば悪霊はいなくなるでしょう」



真っ青だった少年の顔に血色が戻り始める。同じ要領で、他2人の少年に取り憑いた悪霊も祓った遅念。



火我「たしかに子供たちから邪気が消えた……遅念教授、そのアイドルの曲とやらを私にも教えろ」


遅念「企業秘密を競合に教えるわけないでしょう」


火我「くそが!……まぁいい。この場はキミに花を持たせてやろう。だが呪いの原因は私が必ず突き止める!」


遅念「そうですか。ではこの先、僕の出番はないってことですかねぇ?」


火我「そうだ!すっこんで指でもしゃぶってろ!さぁ鈴貴さん、例の祠まで運転お願いします!」



−−−−−−−−−−



PM 3:23

栄毛村南東にある森の中。マスマス様の祠の前までやってきた遅念たち。鈴貴の話のとおり、祠は半壊している。



鈴貴「うかつに触ると危険かと思い。少年たちが壊したときのままにしてあります」


火我「懸命な判断です。どんなきっかけで呪いを受けてしまうかわかりませんからな」



火我は祠に近づき、あらゆる角度から観察する。その様子を5mほど離れて見守る遅念と鈴貴。ひとしきり観察を終えた火我が2人に歩み寄る。



火我「わかりました。少年たちはマスマス様の堪忍袋の緒を完全に断ち切ってしまった……ゆえに呪いを受けたのです!」


鈴貴「まさか温厚なマスマス様がそんなことを……私たち村民をずっと守ってくださってきたマスマス様が……」


火我「祠は過去に2度壊されているのですよね?『仏の顔も三度まで』ということわざがあります。3度目、つまり今回少年たちはマスマス様が許容できる限界点を超えてしまった!間違いありません!」


鈴貴「そうだったのですか!ではどうすれば……」


火我「祠を再建し、また村の皆様で祈りを捧げてください。思いが通じれば、マスマス様も許してくださるでしょう!」


鈴貴「わかりました!建設業者にすぐ連絡して祠を建て直し、今後は祈りを捧げる頻度も増やします!」



火我と鈴貴のやりとりを見て、呆れた表情でため息を吐く遅念。ズボンのポケットから無線イヤホンを1つ取り出し、右耳につける。そしてスマートフォンでくだんのアイドルの曲を再生した。



遅念「子供たちには間違いなく悪霊が『憑依』していた。火我先生の理論に従うと、マスマス様を悪霊だと認めることになりますよ、鈴貴さん」


鈴貴「……たしかにそうですが」


遅念「僕も祠を調べさせてもらいますねぇ。僕の推測が正しければ、子供たちを呪ったのはマスマス様ではない。というか、マスマス様という神様自体、存在しているか怪しい」



祠に近寄る遅念。その残骸をしばらく眺めると、右足で踏んで壊し始めた。



鈴貴「遅念先生!?なんてことを」


遅念「大丈夫です。除念効果があるアイドルの曲を聴いてますからぁ、僕が『憑依』されることはありません」


鈴貴「そうではなくこれ以上マスマス様を怒らせたら……それに修繕費が……」



鈴貴の制止を聞かず、祠を蹴り壊し続ける遅念。



火我「鈴貴さん、このクレイジーサイコ野郎から離れましょう!私たちも呪いの巻き添えを食う!」



火我と鈴貴が逃げ出そうとする直前、遅念は祠を蹴るのを止めた。祠はほとんど瓦礫と化している。遅念は右ポケットからスマートフォンを取りだし、残った石の台座の写真を撮影した。



遅念「原因がわかりましたぁ。すぐ車に戻りましょう。火我先生の言うとおり、ここにいるのは危険です」

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