遅念VS火我②
ラップトップPC画面の向こう側で頭を下げる鈴貴。
遅念「お気持ちはわかります。しかし話を聞く限り、私の知識が役に立つかどうか疑問ですねぇ。私の専門は悪霊による『憑依』。少年たちが意識を失った原因が、悪霊を呼び出す儀式によるものならば解決策を導き出せるでしょう。しかし原因が神様にあるのなら、私の専門外です」
鈴貴「そうですか……」
遅念「それに私の力を頼るということは、マスマス様を悪霊と見なしているのと同じこと。村民の方々は快く思わないでしょうし、鈴貴さんご自身も不本意なのでは?」
鈴貴「……ええ。私も幼い頃からマスマス様の話を聞いて育ち、強く信仰している村民の一人です。マスマス様を悪霊だとは思いたくありませんよ。しかし信仰心を理由に何もせず、子供たちが死ぬのを待つだなんて人として耐えられません」
遅念「……」
鈴貴「遅念先生が無理だと言うのでしたら、ご対応いただかなくて結構です。実は、なるべく多くの専門家の知見をお借りしようと別の方にも相談しておりまして。その方からは先ほどお受けいただけると返信をもらいましたから」
遅念「……ちなみに別の方とは?」
鈴貴「
遅念は目を細め、眉間にしわを寄せる。遅念と火我は、悪霊の『降霊』『憑依』を研究する学者同士であり、長年意識し続けてきた。ハブとマングースのようなライバル関係である。
遅念「そうですか。すみません、前言撤回させてください。マスマス様の件、引き受けます」
鈴貴「えっ!?でも」
遅念「火我先生は僕の知り合いです。が、彼は信用なりません。以前僕から彼に仕事を依頼したことがあります。結果は失敗。いや仕事を放り投げて帰ってきました。ですから火我先生に依頼をするのはやめたほうがいい。僕がしっかり対応しますよ」
鈴貴「……ありがたいお話です。しかし火我先生に調査をお願いする方向で話が進んでまして」
遅念「では彼と一緒に僕も調査させてください。そして本件の原因を発見し、少年たちを救い出したほうに報酬をお支払いいただく……これでいかがでしょう?」
−−−−−−−−−−
翌日 AM 7:31
東京駅
新幹線の指定席に座り、窓の外を眺めながら発車を待つ遅念。通路に人が立ち止まる気配がした。遅念の右隣を予約している乗客だろうと察し、チラリと顔を見る。その人物は火我だった。
火我は表情を引きつらせながら、遅念の隣の席に座った。
火我「遅念准教授、なぜキミがこの新幹線に?」
遅念「調査の依頼を受けましてね。これから青森に行くんですよ。
火我「……奇遇だなぁ。私が行こうとしているのも栄毛村だよ。なら目的も同じということかな?」
遅念「そうでしょうね」
黙り込む遅念と火我。遅念が火我のほうを向き、沈黙を破る。
遅念「で、いつまでこの席にいるんですか?火我先生。どっか行ってくださいよ」
火我「ここは私が予約した席だ。目的地までずっとここに座り続ける。イヤならキミが別の席に移れ」
遅念「……そうですか。何から何まで奇遇ですね。栄毛村まで仲良く旅行といきましょうか」
火我は腕を組み、不機嫌そうな表情を浮かべる。
火我「それにしても、時間にルーズなキミが新幹線の発車前に乗っているとは意外だよ」
遅念「この新幹線に乗らないと依頼人との待ち合わせに間に合わないので、時間に余裕を持って来ました」
火我「思い出すなぁ。13年前、キミと初めて会ったときのこと。意見交換をしようと食事に誘ったら、キミは12時間遅れでやって来た。そして『終電だから』と3分で帰っていった。あのときも今日みたいに余裕を持って行動していれば、今ごろ私と良好な関係性を築けていただろうに」
遅念「そうでしたっけ?よく覚えてらっしゃいますね。そんなことに脳のリソースを使うくらいなら、ご自身の研究に充てたらどうです?前に依頼した件、同行したうちのゼミ生から失敗したと聞きましたよ。研究が足りていないのでは?」
左の口角を上げて勝ち誇ったように笑う遅念を見て、火我は奥歯を食いしばる。
火我「何とでも言え。死者の魂を呼び出す儀式の研究は、キミがさじを投げた分野だ。私はキミにはできない研究に取り組んでいる挑戦的な学者。世間にもそう評価されている。だから私は教授になった。キミは准教授。私はキミより格上」
遅念は悔しさから左の拳を強く握る。
遅念「聞きましたよ。火我先生は学生が誰もいない学部の教授になったと。こういうのなんて言うんでしたっけ?……ああ、左遷だ」
火我は横目で遅念をにらみつける。今にも殴りかかりそうだったが、大きく息を吸って気分を落ち着けた。
火我「そうだ。前に私に同行したマドカというキミの教え子、私の研究に興味を示していた。好奇心の強い学生を、キミのように何でも『無理だ』『できない』と否定する学者の下で学ばせるのは惜しい。ぜひキミから、私の学部に編入するよう薦めてくれないか?」
遅念は虎のように鋭い目つきで火我をにらむ。
遅念「マドカさんはウチの優秀なゼミ生です。絶対に渡しません。もし無理やり彼女を引き抜いたら……火我先生、アナタは死体で見つかるでしょうね」
火我「脅す気か?やはりキミは学者ではなく殺し屋がお似合いだな……なんて、冗談だ。今はお互い、目先の依頼に集中しようじゃないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます