遅念VS火我(全4話)
遅念VS火我①
青森県
男児「こんな祠があるから面倒な祈りに付き合わされるんだよ」
3人の男児のうち1人が、金属バットで祠の屋根を殴打する。屋根は崩れ、中の小さな地蔵が露出した。別の男児が地蔵を持ち上げ、放り投げる。残る男児も金属バットを持っており、祠を目がけて振りかぶった。
直後、3人の背後から「コラーッ!」という男性の怒鳴り声が響く。振り返ると、杖をついた白髪頭の老爺が険しい表情を浮かべながら近づいてきていた。
老爺「お前ら、その祠を壊したんか!?ええ!?壊したんか!?」
男児たちは駆け足で森の奥へと逃げていった。
−−−−−−−−−−
4日後 PM 2:15
ホワイトボードの前に立ち、ゼミ生に講義をしていた
遅念「ちょっと時間が余っちゃったなぁ。みんな、何か質問あるぅ?今日の講義に関することでもいいし、他のことでも何でも答えるよぉ」
遅念から見て教室の右奥、一番後ろの席に座っていたコココが手を挙げる。
コココ「先生って、なんで憑依事案を解決してるんー?」
遅念「そういえば話してなかったねぇ。理由は2つあって、1つはお金がほしいから」
ゼミ生たちは心の中で一斉に「大学の教員なら充分もらってるだろ」と呆れる。
遅念「もう1つは、憑依事案を引き受けていれば、昔の教え子に会えるんじゃないかと思っているから。8年くらい前に僕のゼミにいた、キミたちの先輩にあたる子でね。卒業して以降、音信不通になってしまったんだ。当時から『降霊』と『憑依』について熱心に研究してる子だったから、今も近い活動をしてるんじゃないかと思ってねぇ」
男子学生A「恋してるじゃん、先生。いまだにその人を忘れられないんでしょ?」
男子学生B「遅念先生、ロリコン説」
女子学生A「相手が女性とは限らないよ。ショタコンかもしれない」
あらぬウワサを立てられそうになり、あせる遅念。
遅念「もうこの話は終わり!キミたちには関係のないことだから忘れて!……あっ、憑依事案で思い出した。1件相談を受けてて、この後クライアントと話す予定なんだ。できたらこの件の対応を誰かにお願いしたいんだけど……我こそはって人、いない?」
沈黙するゼミ生たち。教卓の目の前の席に座っているマドカが口を開く。
マドカ「来週からテスト期間なので、みんな勉強で忙しいと思います」
先生「そっか……でも調査で青森に行けるよぉ!報酬とは別に旅費も出すからさぁ」
マドカ「遠方だとなおさら厳しいですよ。それに先生も遠出するのが面倒だから誰かに押しつけようとしてるんですよね?」
マドカに図星を突かれ、遅念は黙り込んだ。
−−−−−−−−−−
PM 3:02
遅念の研究室
デスクの上でラップトップPCを開き、PCに接続されたイヤホンを両耳に入れている遅念。画面にはメガネをかけた40代中盤の男性の顔が大きく表示されている。今回の憑依事案の依頼人で、青森県にある栄毛村村長の息子・
鈴貴「先日、村の少年たちが祠を壊したんです。栄毛村近くの森にある祠で、マスマス様という神様を祀っていました」
遅念「マスマス様……」
鈴貴「1200年前、栄毛村を大飢饉が襲いました。雨が降らない日が何カ月も続き、農作物が育たず餓死者が多数。ろくな食事が摂れず免疫力が下がり、病に苦しむ者も急増しました。そんなとき、天からマスマスと名乗る神が現れ、雨を降らし、病をすべて取り去ってくれたという言い伝えがあります。以来、栄毛村を守る神様として祀っているのです」
「どの地域にもありそうな言い伝えですね」という言葉が口から出そうになった遅念。だが言葉として発する寸前で飲み込んだ。他人の信仰心をバカにすることは争いの火種を生むと、これまでの人生の中で重々承知している。鈴貴を刺激しないよう話を続ける遅念。
遅念「そんな歴史ある祠を壊したら大変なことになるのでは……?」
鈴貴「村民は皆マスマス様を信仰してますから大激怒しています。しかし問題はそこではありません。祠を壊した翌日、少年たちが3人同時に倒れ病院に運び込まれまして……今も意識不明のままなのです」
遅念「3人同時っていうのは妙ですねぇ」
鈴貴「マスマス様の怒りで呪われたと言う村民が多いですし、私もそうとしか思えません……が、やはり変なのです。マスマス様の祠は今回以前に2度壊されています。3年前と15年前。2回とも子供のイタズラだったのですが、その子たちには何事もありませんでした」
遅念「なるほど……もしマスマス様がいるなら、かなり寛容な神様みたいですね」
鈴貴「私たちの認識も同じです。マスマス様は何があっても村民に怒りを向けず、ずっと守ってくださる優しい神様なのだと思ってきました。しかし今回は明らかに状況が違います。そこで不思議な現象を研究している方のお力を借りたいと思い、遅念先生にご連絡した次第です」
左手であごひげを触る遅念。このまま会話が進めば、現地での調査を依頼されると予想はつく。しかし青森まで行くは億劫。遅念の頭の中は「どう断るか」でいっぱいになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます