殺戮オフィス④

翌日 AM 8:57

病井やまいは目を疑った。コココが「おはようございまーす!」と元気に挨拶しながらオフィスにやって来たのだ。昨日トイレの中で、コココの髪を使って『降霊』と『憑依』の儀式を行った。死んでいなければおかしい。


3分後、朝礼が始まった。昨日、一昨日と同じように粉本こなもとの隣に立つコココ。死んだ善川よしかわのことなどキレイさっぱり忘れてしまったのか、満面の笑みを浮かべている。そのバカ面は、この2日間で病井が見てきたコココのものに違いなかった。双子などではない。


朝礼が終わり。椅子に座る病井。なぜコココが死んでいないのか思案する。儀式の手順に誤りはなかった。コココの頭から抜いた髪の毛を使った。なのに死んでいないのはなぜか。いくら考えてもその理由が見つからない。



霧谷きりたに「病井さん、今すぐ会議室に来てくれますか?少しお話がありまして」



病井の背後から人事労務部長の霧谷が話しかける。霧谷の後をついてオフィスの一画にある会議室に入った病井。中心に長机が置かれており、その奥に粉本が座っている。隣には相変わらず笑顔のまま立つコココ。


粉本と対面になるよう病井は椅子に腰掛けた。霧谷は粉本の右隣に座る。



粉本「ウチで起きている一連の不審死。犯人はキミだね、病井さん」


病井「えっ!?な、なんで私が?火我先生」


粉本「昨日、コココさんから報告があった。病井さんが怪しげな儀式のようなことをやっていると」



動揺し目が泳ぐ病井。コココはズボンの左ポケットからスマートフォンを取り出し、病井に画面を見せる。給湯室で紙をビリビリに破り「死ね、死ね」と連呼する病井を背中から撮影した動画だった。



コココ「アタシの先生にこの動画見せたら、ほぼ間違いなく『降霊』と『憑依』の儀式や言うてました。アタシは病井さんが言ってた何とかって大会の練習やとずっと思い込んでたんやけど、どうも違和感があってなー」


病井「……気づいてたんですか?」


コココ「アタシなりに死ぬほど頭使って、この2日間ずーっと考えててん。やっぱ病井さんが怪しいんちゃうかー?って。なんか髪の毛抜かれたし。で、先生に相談してようやく確信できましたわ」


病井「くそっ!ノータリンじゃなかったのか!」


粉本「病井さん、なぜこんなことをしたんだ?」



病井は両目から涙を流し、声を荒げる。



病井「私が社内でいびられてたの知ってただろ!?特に霧谷!お前には何度も相談したよなぁ!?なのに何の対応もしてくれなかった!」


霧谷「たしかに相談された……しかし証拠がなかった。社員たちに聞いても病井さんには『何もしていない』と言って」


病井「気づかないわけないだろ!?そんなに大きな会社じゃないんだから!見て見ぬ振りしてただけだ!違うか!?」


霧谷「……申し訳ない」



頭を下げる霧谷。少し遅れて粉本も深く頭を下げる。



病井「謝って何か変わるのかよ……自分たちの罪悪感を薄めたいだけだろうが!」



病井は立ち上がり、座っていた椅子を持ち上げると、霧谷の頭を目がけて振り下ろす。が、その手が止まる。いつの間にか病井の背後に回り込んでいたコココが、両手で椅子を掴んでいた。



コココ「これ以上はやめときましょ」



コココが椅子を取り上げ、床に置く。その場に崩れ落ち嗚咽する病井。粉本と霧谷は黙って頭を下げ続ける。



コココ「儀式をやった人を罪に問うことはできへんって、先生と友達が言うてました。でも病井さんもイヤな思いしてたんなら、やったことを償う必要はないと思います」


病井「……殺した人たちに申し訳ないという気持ちは一切ありません」


コココ「せやろなぁ。とりあえずこの会社にはもうおらへんほうがええと思いますよー。このまま働き続けるの、無理ですやろ?」


病井「ええ……粉本社長、霧谷さん、私は辞めます。今すぐ出て行きます。ご迷惑をおかけしました」


粉本 「……すまない」



病井は立ち上がりコココのほうを向く。



病井「コココさん、バカな振りをして私を欺いたんですね。将来は探偵になるといいんじゃないでしょうか?」


コココ「バカな振り?してませんよー!アタシはずっと真剣でしたで!」


病井「……私、アナタにも『降霊』と『憑依』の儀式をやったの。でも効果がなかった。なぜでしょうね?」


コココ「んー……わかりません!アタシが柔道3段やから?」



病井は小さく笑みを浮かべ、会議室の入口扉へ向かって歩く。扉を開けて出て行く直前、コココが「病井さん!」と声をかけた。足を止め、振り返る病井。



コココ「今度いじめられたら儀式なんてやらずにアタシのこと呼んでくださいねー!いじめるヤツは地の果てまで投げ飛ばしたりますから!」



−−−−−−−−−−



翌日 PM 0:13

真里孔マリアナ大学 遅念ちねんの研究室

デスクを挟んで向かい合って座り、高らかに笑う遅念とコココ。



遅念「あははははは!じゃあ犯人探ししてる間にコココさんも狙われたってことかぁ!生きて帰ってこれて良かったねぇ!」


コココ「はっはっはっはっ!アタシ無敵なんとちゃうかなー?」


遅念「ごくわずかだけど、悪霊が放つ邪気の影響を全く受けない人がいるんだよぉ。特にポジティブな人」


コココ「それがアタシ!?」


遅念「とても興味深いねぇ……コココさんに『降霊』と『憑依』の儀式をやってもいい?超強力なやつ!本当に効かないのか試したい!」


コココ「イヤやー!教え子にそんなことすんなやー!」


遅念「冗談だよ冗談!あはははははは!」


コココ「今度言うたら地の果てまでぶん投げますよー!はっはっはっはっはっはっ!」



<殺戮オフィス-完->

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