殺戮オフィス③

翌日 AM 9:03

オフィスの窓際に立ち、全社員の視線を受ける粉本こなもと。その表情は、死人のように生気を失っている。



粉本「今朝早く、営業部の善川よしかわさんが亡くなったとご家族から連絡がありました。死因はわかっておりません」



善川とは、昨日給湯室で病井やまいを恫喝していた女性社員。病井の『降霊』と『憑依』の儀式により悪霊が取り憑き、死亡した。そのことを知るのは社内で病井のみ。


病井は同僚からイジメを受けていた。相手は善川以外にも複数名。その恨みを晴らすために病井は儀式を行っていたのである。


自分に危害を加える人間がまた1人減ったのは、病井にとって大変うれしいことだった。しかし素直に喜べない。理由は粉本の隣に、大粒の涙を流すコココが立っているから。善川の後に儀式で呪い殺したはずのコココが。



コココ「私がいながら犠牲者を出してしまうなんてぇぇぇ本当にごめんなさぁぁぁい絶対にぃぃぃ絶対に犯人を捕まえますからぁぁぁ!」



社員の誰よりも悲しみを表現するコココ。病井に限らず、善川のことを快く思わない社員は多かった。いなくなって清々している者が大多数である。


葬儀は後日行われることが粉本の口から告げられ。社員はそれぞれの業務に移った。


病井は仕事どころではない。コココに悪霊を『憑依』させたはずだが、死んでいない。善川を含めた7人とも、紙と髪を使った儀式で呪殺できた。手順に何か誤りはなかったか、昨日の記憶を辿る病井。


行き着いたのは、「儀式に使った髪がコココのものではなかった」という可能性。別の誰かの髪がコココの衣服に付着しており、それを使って儀式をしてしまった。病井はそう結論づけた。


コココを確実に呪殺するには、生えている髪を直接引き抜く必要がある。昨日知り合ったばかりの人の髪を抜くなんて、本来なら違和感を抱かれてできない行動だ。だが病井はコココのバカさ加減を体感している。明らかに実在しない大会のことを信じるようなノータリンが相手なら、多少強引な理由でも髪を引き抜けると確信した。



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AM 10:52

社員に聞き込みをしていたコココが、オフィスの入口から外へ出る。その様子を見ていた病井は席を立ち、後をつけた。病井のにらんだとおり、コココは女子トイレに入っていく。コココと2人きりになれるチャンス。病井は駆け足で女子トイレに近寄り、閉まりかけた扉を開けた。


目の前に笑顔のコココが立っている。病井は「ヒィィッ!」と驚きの声を上げた。



コココ「病井さん、何か用ー!?連れションするー!?」


病井「ええあの……私もトイレなんだけど……コココさんに伝えたいことがあって」


コココ「何ー!?」


病井「私、占いをやってるんです。コココさんを占わせてくれませんか?社内で起きてる不審死を調べてくれてるコココさんに不幸なことが起きないか心配で……占いで良い結果が出れば、コココさんも私も安心できると思ったんです」


コココ「ほんまですかー!?心配してくれてどうもありがとー!で、どうやって占うん?」


病井「簡単です。コココさんの髪の毛を1本、私が抜きます。それが普通の毛なら悪いことは起きない。枝毛だったら注意したほうがいい」


コココ「えー!オモロー!やってください!」



頭を差し出すコココを見て、心の中で「バカめ」とほくそ笑む病井。コココの髪を1本抜いた。正真正銘、コココの髪だ。



病井「……普通の毛です。大丈夫。コココさんに悪いことは起きません」


コココ「良かったー!これで心置きなく調査できるやん!」



病井は「それでは」と言い残し、コココの髪を右手に握ったまま個室に入った。そして便器の上に座ると、ジャケットの左ポケットから取り出した人型の紙とともに、コココの髪を引きちぎる。バラバラになった紙と髪は、トイレの水とともに渦を巻きながら流れていった。

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