呪殺競売②
遅念「では始めましょう。プレゼンはどちらからでも、どんな方法でもかまいません。お願いします」
カエデがタクマのほうに視線を送り、様子を見る。タクマはカエデのことなど意に介さず、遅念の顔を見つめて口を開いた。
タクマ「俺には金がある。メールでは報酬を500万と伝えたが、この女の依頼を蹴ってくれるなら倍の1000万払ってやるよ」
遅念「おお、1000万ですかぁ。魅力的ですねぇ」
タクマに対抗するようにカエデも口を開く。
カエデ「先生、このドブネズミは死んで当然なんです!コイツは何人もの女と不倫しています!しかも定職に就かず、相手の女からお金をだまし取って生活してきました!私も何百万円と取られています!こんなヤツ、この世にいないほうが良いと思いませんか!?」
遅念「なるほどぉ……カエデさんに深く同情しちゃいそうですねぇ。お金か、同情心か」
タクマ「2000万!2000万出す!だからこの女の言うことは全部無視して、俺の言うとおり殺してくれ。この女の依頼を受けても大した金にはならないぜ」
遅念「2000万……んー欲しい……」
カエデ「たしかにお支払いできるお金は先生が満足できる額ではないかもしれません……だからって何の罪もない私を殺すんですか!?タクマが私を殺そうとしてる理由は、他の女と一緒になるためだけなんですよ!?そんな私欲まみれの依頼を引き受けて、心は痛まないんですか!?」
遅念「あー、それはイヤですねぇ。痛みますよ、心」
タクマ「余計なことを……」
カエデ「アンタは金でしか人の心を動せない、薄っぺらい愚図中の愚図人間なのよ!どうせその金も自分で稼いだものじゃないんでしょうけどね」
遅念「ほう。ちなみにタクマさん、さっき言った2000万円はどうやって用意するつもりなのですか?」
タクマ「
遅念「あの伊瀬江尾デパートですか……老舗の大企業ですね」
タクマ「頼めば2000万どころか、その10倍は出してくれると思う。なぁ先生、俺の味方してくれよ」
遅念は左手であごひげを触る。
遅念「残念ですがタクマさん。僕は依頼人が自力で稼いだお金での依頼しか受け付けていないんです。誰かに借りたり、代わりに払ってもらったりしたお金では、いくら積まれてもお受けできません」
タクマ「なんでだよ!?金は金だろ!?誰が払っても価値は変わらねぇ!」
遅念「依頼人が身銭を切る、それによって生まれる覚悟が呪殺には欠かせないんです。他人のお金だとどうしても『失敗しても損はしない』という気持ちが生まれ、呪殺相手への怨念が弱まってしまう。結果、上手く悪霊が『憑依』せず呪殺は失敗しかねない。僕は詐欺師にはなりたくないので、100%成功する条件が整わなければ呪殺はしないんですよ」
タクマ「くっ……そ」
タクマは別の提案をしようと考えるが、遅念が魅力に感じるであろう代案が思い浮かばない。
カエデ「ざまぁ!自力でお金を稼ぐなんてアンタには無理よね!?今まで散々お義父さんに甘えてきて、女に貢がせて、ろくな社会人経験がないアンタには!」
タクマは奥歯を強く食いしばりながらカエデをにらみつける。挑発するように微笑むカエデ。表情だけで争い始めた2人を横目に、遅念はビジネスリュックからカッターナイフを取り出し、右手でカチカチと刃を露出させる。
遅念「タクマさん、他にアピールできることはありますか?このままだとカエデさんの依頼を遂行することになりそうですが」
タクマ「ぐっ……この女、とにかくイビキがうるさい!隣だと眠れないくらい爆音なんだ!ロックバンドのライブ会場かと思うくらいになぁ!」
遅念「う〜ん、それだけでは覆せませんねぇ」
タクマ「そ、それから友達が全然いない!おそらく学生時代にイジメかなんかやってたから今でも同級生に嫌われてるんだろうよ!そんなゴミクズを野放しにしててもいいのか!?」
遅念「タクマさんの憶測だけでは判断しかねます」
わめき散らすタクマを無視してカエデはホットコーヒーを一口飲んだ。その所作からは「圧倒的に自分が優位で、反論する必要など微塵もない」という余裕がにじみ出ている。
タクマ「あとは……ほとんど使わない化粧品を買いあさったり、ゴキブリ退治を俺にやらせたり……」
カエデは口をつけていたコーヒーカップを机に置く。
カエデ「私からこの男について、他に言うことはありません。依頼を行っていただければ、先生にはしっかりと、私の稼いだお金で報酬をお支払いします」
遅念「……わかりました。では決断しますねぇ」
遅念はカッターナイフを逆手に握り、円卓上の藁人形の胴体に突き刺した。
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