呪殺競売(全3話)

呪殺競売①

真里孔マリアナ大学近くのカフェ店内

円卓を囲む4つの椅子。その1つに座る、濃紺スーツを着た遅念ちねん。同席するのは2人の男女。1人は餅月もちづき タクマという男性。32歳。パーマのかかった黒髪を肩まで伸ばしており、サイズの大きめな灰色のパーカーを着ている。もう1人は餅月 カエデという女性。タクマと同じく32歳。茶髪のベリーショートで、クリーム色のタートルネックを着用。


2人は夫婦であり、遅念に呼び出されてカフェに来た。


タクマは貧乏ゆすりをし、カエデは手元のホットコーヒーのカップを見つめる。両者とも不機嫌であることは遅念にも伝わってきた。気まずい空気が3人を包む中、タクマがカエデをにらみつけながら口火を切る。



タクマ「なんでコイツがいるんだよ」



カエデはタクマのほうを見ずに反論。



カエデ「それはこっちのセリフ。遅念先生、どういうつもりですか?」



2人の視線が遅念に注がれる。



遅念「タクマさんもカエデさんも、私の依頼人です。しかし2人からほぼ同じタイミングで別々に依頼のメールを受け取りましてね。しかもその内容が両方とも『配偶者を呪い殺してほしい』ですから、どちらの依頼を受けるべきか迷っておりまして」


タクマ「……全く同じ時間に送られてきたわけじゃないだろう?」


遅念「ええ。カエデさんのメールがタクマさんより15分早く届いていました」



勝ち誇ったような笑顔を浮かべるカエデ。



カエデ「なら私の依頼が優先されますよね?」


遅念「ですが、ご提示いただいた報酬額はタクマさんのほうが上なんですよねぇ……しかも倍以上。僕は誰かを呪殺する依頼を安い金額では引き受けたくないんです。間接的にとはいえ人を殺すと、しばらく気分が落ち込みますから」


タクマ「じゃあ先生、俺の依頼を受けてくれよ。金なら払う。この女を殺してくれ」


カエデ「なんで私が殺されなきゃならないの!?元はといえばアンタが原因なのに!」


タクマ「お前はもう用済みなんだよ!」



にらみ合うタクマとカエデ。



遅念「双方言い分があると思います。そこで一度全て白紙に戻して、この場でどちらの依頼を受けるか決めさせてもらえませんか?」


カエデ「……えっ!?」


タクマ「どういうことだよ」



遅念は足下に置いていた黒いビジネスリュックを膝の上まで持ち上げると、中から2体の藁人形を取り出し、円卓の上に置いた。それぞれの頭から胴体にかけて縦長の紙が貼られており、タクマとカエデの名前が筆文字で書かれている。



遅念「タクマさんとカエデさん、どちらを呪殺するほうがメリットが大きいか、僕にプレゼンしてください。より魅力的な条件をご提示いただいたほうの依頼を受け、この場で悪霊を『降霊』『憑依』させる儀式、つまり呪殺の儀式を行います」



遅念の提案に驚き、タクマとカエデは言葉を失う。



遅念「今この場には呪殺にピッタリな条件がそろっているんです。タクマさんもカエデさんも、お互いを殺したいほど憎んでいる。その憎しみは強い悪霊を呼び寄せるエネルギーになるでしょう。そして呼び寄せた悪霊を『憑依』させる対象が至近距離にいることも重要。対象者に近い場所で儀式を行うと悪霊を『憑依』させられる確率が大幅に高まります」



タクマ、カエデとも黙り込み、藁人形を見つめたまま遅念の説明を聞き続ける。



遅念「悪霊に取り憑かれたら、24時間ほどで死に至るでしょう。もし僕の提案を承諾いただけるのなら、髪の毛を1本抜いてご自身の名前が書かれた人形の藁の隙間に挿入してください。呪殺には対象者の体の一部が必要なのです。もちろん2人で話し合い、『お互いに呪殺はせず関係を修復する』という判断をしていただいても構いません」



数秒の沈黙の後、タクマとカエデはほぼ同時に自分の髪を1本引き抜き、それぞれの名前が書かれた藁人形の隙間に入れた。



タクマ「上等だよ。やってやる。話し合いなんてするもんか。コイツはマストで殺す」


カエデ「この愚図に天誅を下せるなら自分の命だって賭けてやるわ。先生、よろしくお願いします」

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