人形憑依③

サナエが運転する白いポルシェに乗り、サナエの自宅へ向かうマドカと火我ひが。およそ20分で到着。自動車が高級車という時点で薄々勘づいていたマドカだが、サナエの家は映画でしか見たことがないような西洋風の大きな屋敷。通帳を見なくてもわかるほどの大金持ちだった。


正門が自動で開き、車に乗ったまま広大な庭に入る。屋敷の一画、車を停めておくガレージには他にも高級車が4台。


サナエはガレージの空いているスペースに駐車。そして助手席に置いてたフランス人形を抱えて車から降りる。後部座席のマドカと火我も降り、サナエの案内に従った。


ガレージから屋敷の入口にあたるホールを通り抜け、地下へ続く階段を下る。テニスコートが6つは入りそうなくらい広い、何も置かれていないコンクリートがむき出しの地下室。スケールの大きさにマドカと火我は開いた口が塞がらない。



サナエ「儀式にはそれなりに広い部屋が必要かと思いまして……でもどれくらいのスペースが最適かわからなかったので、とりあえず地下室の壁を壊して1つの部屋にしました。これだけあれば充分でしょうか?」



呆然とする火我は数秒遅れて反応し、サナエに返答する。



火我「あっ、お気遣いありがとうございます。たしかに遅念ちねん教授が考えるような死者の魂の『降霊』には広い空間が必要です。地面に巨大な陣を描け、代償となる大勢の人間が入れるだけの空間が。しかし私の儀式には不要!」



火我はズボンの右ポケットから2枚の布を取り出し、床に広げて左右に並べた。円形の魔法陣らしきものがプリントされた40cm四方の布。



火我「私の儀式はコンパクトかつローコスト!この2つの布の一方に依代よりしろを、もう一方に代償を乗せて儀式を行うのです!」


サナエ「そうでしたか。素人考えですが、火我先生のほうが遅念先生より先進的な気がします」


火我「素人にもそう見えるくらい、私と遅念教授には圧倒的な格差があるということです。では早速、儀式を始めましょう」



サナエは火我の指示で、マドカから見て左側の布の中心にフランス人形を置く。火我はキャリーケースから虫かごを取り出した。中には大量のコオロギがうごめいている。虫かごを右側の布の中心に置く火我。



マドカ「火我先生、まさかそれって……」


火我「儀式の代償だよ。人間の代わりにコオロギの命を使う。この中にざっと1000匹はいるだろう。どんどん繁殖して増えている」


マドカ「特定の人物の魂を『降霊』するには儀式の試行回数を増やす必要がある……その回数は代償の数とイコール……でしたよね?」


火我「遅念教授からしっかり教わっているようだな。そう、試行回数を増やさなければ特定の人物の魂はまず『降霊』できない。私も遅念教授と同じ見解だ。だが代償の大きさが違う。現在私は、虫の命を使って人間の魂を『降霊』することを目指しているのだ。人間より遙かに繁殖力の高い虫は代償としてピッタリだろう?」


マドカ「……できるんですか?これまでに成功した回数は?」


火我「ゼロだ。正しくは今回が初の試みとなる」



成功事例のない儀式を試されることにサナエが不信感を抱くのではないかと懸念し、サナエに視線を向けるマドカ。その表情を見る限り不信に感じている様子はない。むしろ「結果を早く知りたい」と好奇心に満ちたように目を輝かせている。


娘を失い、遅念に依頼を断られ、絶望していた彼女には胡散臭い火我さえも救世主のように見えているのだろうと、マドカは推察した。



火我「サナエさん、この人形に思い入れはありますか?」


サナエ「あります。この子は私が小さい頃、祖母から誕生日プレゼントとしてもらったものです。50年近くずっと大切にしてきました」


火我「それは好都合。『降霊』の儀式には強い思いが必要です。娘さんへの思いと人形に対する思い。その両方を持つサナエさんが祈れば、儀式の成功率は大幅に上がるでしょう」



火我は布の前で両手を大きく開き、目を閉じる。



火我「さぁ、私とともに祈りを捧げてください。娘さんのことを頭に思い浮かべ、『蘇れ』と強く念じるのです」



サナエは火我の後ろで両手を胸の前で組み、目を閉じた。マドカは10歩後退し、儀式の成り行きを見守る。


2つの布から黒い煙のような邪気が立ちこめ、人形と虫かごを包む。『降霊』と『憑依』の儀式が始まった合図。邪気はどんどん濃くなる。



火我「さぁ来ますよ……チヒロさんの魂よ、今こそ、この人形に宿りたまえ!」



虫かごの中でうごめいていたコオロギたちの体がボロボロと崩れ始める。隣でフランス人形が小刻みにガタガタと揺れる。


火我が目を開くと同時に、立ちこめていた邪気は霧散した。両手を下ろす火我。



マドカ「……火我先生……どうですか……?」



フランス人形はピクリとも動かない。人形に何の反応も見られないことを確認し、うつむく火我。



火我「……ダメだ……しっぱ」



サナエが火我を後ろから突き飛ばし、涙を流しながらフランス人形に駆け寄る。そして人形を拾い上げ、強く抱きしめた。



サナエ「ありがとうございます火我先生!チヒロが、チヒロが帰って来た!私のところにチヒロが!やっぱり火我先生にお願いして正解でしたありがとうございますチヒロを蘇らせてくれてありがとうございます」



フランス人形はピクリとも動かない。



サナエ「ごめんねチヒロ全部ママがいけないのママのせいでツライ思いをさせてごめんね痛かったよねごめんねもう二度とチヒロが痛くないようにしたからねすごい先生のおかげだよママのところに戻ってきてくれてありがとうねこれからはずっと一緒にいようね絶対に怖い思いはさせないからねごめんね」



フランス人形はピクリとも動かない。


火我がマドカのほうに歩み寄り、サナエに聞こえないよう耳打ちする。



火我「遅念教授には失敗したと伝えてくれて構わない。だがサナエさんには……」


マドカ「わかっています」



広い地下室にサナエの謝罪が響き続けた。



<人形憑依-完->

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